1-7 ごめんなさい
浩人が鞄を持って歩き、里佳が自転車に乗っていた。
「おまえなあ、変なこと言うなって言っといただろうが」
「写真のこと色々言い過ぎちゃってごめん」
里佳はうつむいた。
「そうじゃなくてさ。あの奥さん見てわからなかったか。昨日、親父と来た時に聞いたんだけど、脳卒中で倒れてからずっと左半身が不自由なんだって」
「えー、全然わからなかった」
「話の間、座ったままで立たなかっただろ」
「そう言われてみると。アルバム準備してたのかと思ってた」
「まあ、そういうことだよ」
「そうなんだ。なんか、私、悪いこと言っちゃった?」
「旅行のことな」
「旅行のこと?」
「そう、旅行のこと」
浩人にそこまで言われても里佳はピンと来ていなかった。
「おまえ、旅行お好きなんですかって聞いただろ。あれな、あの奥さん、脳卒中で倒れてからどこにも旅行とか行ってないんだってさ。倒れてからは近所出歩くのも旦那さんがクルマで送ってたって」
「そうだったんだ」
「だからさ」
浩人はじれったそうだった。
「旦那さんが札幌で亡くなられて本当はすぐにでも行きたいらしいんだけど、娘さんが帰ってくるまでどうにもこうにもならないんだって」
「そうなの。私、悪いこと言っちゃったんだ」
「娘さんの高校受験の頃って多分倒れた時だろうな。それから旅行は行ってないんだよ、きっと」
「ああ、なんか私、本当に悪いこと言っちゃった」
里佳の口がへの字に曲がった。
「おいおい、泣くなよ、こんなところで」
「泣かないけど、泣かないけど。どうしよう、私」
「どうしようもないよ。もういいから。止めなかった俺も悪いから」
「ごめん、自転車借りていい?」
「はあ?」
「私、謝ってくる」
言うなり、里佳は自転車の向きを変えた。
「おい、やめろよ。あ、待て」
止めても無駄だった。残された浩人は呆れたように里佳の後ろ姿を見送った。スマホを取り出すのはやめた。どうせ言っても聞かないだろう。
「おいおい……」
こんな話を三国にどう説明したらいいのか。
浩人は途方にくれたように空を見上げてから向きを変え、櫛田葬儀店に向かって歩き出した。
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