1-6 アルバム
浩人は昨日、三国と一緒に村田家を訪れていた。
札幌で急逝した村田和郎の妻、村田麻子は、昨日と同じように涙も見せず淡々とした表情でアルバムをテーブルに並べた。
「すみませんね。昨日おっしゃっていた遺影の写真、出しておけばよかったんですけど」
「いいえ。今日は遺影の他にもお写真をお預かりいたしますので」
「娘が是非にって言うんで。使っていただけるようないい写真があればいいんですけど」
昨日は三国と並んで座ったソファに、今日は浩人と里佳が並んで座っていた。里佳が誰なのか、浩人は特に何も言わなかった。麻子からも何も聞かれなかった。
「遺影はこちらのお写真で間違いございませんか?」
アルバムを広げた浩人は一枚の写真を示した。
「これです」
麻子は大きくうなずいた。
「故人様のご意向ということでよろしかったでしょうか」
浩人は三国に何度か教わった通りの手順で確認していた
「そうなんですよ。こんな古い写真でなんですけど、本人が遺影にするならこの写真を使ってくれって何度もくどいぐらい言ってましたから」
モノクロの写真だった。
「素敵なお写真ですね」
里佳が写真に顔を近づけた。
詰襟の学生服に身を包みぴっちりと撫でつけた髪で目を輝かせた若者が写真の中からこちらをまっすぐに見つめていた。希望に満ち溢れた表情だった。今で言う自撮りのような大胆な構図で背景は斜めに切り取られている。列車の古い座席が写っている。大きな窓の向こうは真っ白で何も写っていない。
「これは、どちらですか?」
里佳が麻子に聞いた。
「北海道なんです。札幌から函館まで行く途中。この写真はあのヒトが大学に受かって上京する時に撮った写真なんですよ。だから半世紀前。写真は自分で引き伸ばしたって言ってました」
昨日、三国と一緒に聞いたのと同じ説明だ。それでも浩人は何度もうなずきながら聞いていた。
「窓の外が」
里佳はまだ何か聞こうとしていた。
「ええ、真っ白ですよね。これ、外は吹雪いてるらしいんですよ」
麻子は思い出したように別のアルバムを開いた。
「この写真、その写真と同じところなんですよ」
列車の座席に座る若き日の麻子の向こうの窓には「わしのす」という駅の看板がはっきりと写っていた。
「函館本線ですね?」
すかさず里佳がつぶやいた。
「そう。よくご存知ね」
「八雲駅の隣ですね」
目を輝かせ始めた里佳の肘を浩人がそれとなくつついた。
「お詳しいのね」
麻子は笑顔を見せた。
「あのヒト、私に吹雪いてる北海道を見せたいってずっと言ってたんですよ。雪の北海道が本当の北海道だって。私はそんなの寒いから嫌だって言ってたのに。でも、私と一緒に行くとなぜか必ず晴れて。降ってもほんの少し。北海道には何度も行ったのに結局いつも快晴なんですよ。あの人には晴れ女だって散々言われて。そのうち飛行機で行くようになったから列車には乗らなくなっちゃって。娘が高校受験の年までは毎年行ってたんですよ、北海道。スキー旅行に」
「旅行、お好きなんですね」
まだ言う里佳を浩人は何とか止めようとしていた。
「ええ。昔はあちこちよく行きました。北海道だけじゃなくて、どこに行ってもいいお天気。家族で旅行に行くと必ず晴れるの」
麻子は写真に目を落としたまま顔を上げなかった。
「旅行のお写真はスライドに入れたほうがよろしいでしょうか」
里佳を止めるには自分が話すしかないと気がついた浩人がなんとか頑張った。
「ああ、そうね。本当にあちこち行ったから。でも、スキーは北海道ばっかりね。娘の友香と一緒の写真もあるの。スライドは友香の希望だし、幾つか入れていただいたほうがいいかしら」
麻子は顔を上げなかった。アルバムに並んだ写真をいとおしむように眺めていた。
何か話し出そうとする里佳を浩人は手で制した。
「色々とお伺いしてすみません。こちらのお写真は大事にお預かりいたします」
三国から渡されていた風呂敷を広げアルバムを包む。それを革の鞄に慎重に詰め込んだ。
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