第6話 比較。
作戦変更を余儀なくされた営業マン。このまま『将』を射止めようとコミュニケーションを図るが、どうも噛み合ない。それもそのはず。私たちの購入動機がちょっとずれているのだから。おそらく、最後までそれに気づかなかったに違いない。
一通りモデルルームを観察してから、また1階に降りて、価格の話になった。
「この部屋ですと、毎月のローンはどうなりますか?」妻が尋ねた。
「頭金にもよりますが、仮に0円で組んだとして、このぐらいですね」営業マンが資料を見せてくれた。
「これに、月々の管理費や修繕積立金が加わるわけですね?」
「そうです。こちらの部屋は、庭の使用料がかかりまして、それに駐輪場代を加えますと、、、、こうなりますね」
家計はすべて妻が握っている。これでやっていけるのかどうか、私にはわからない。妻の険しい表情から我が家の財政事情が伝わって来た。
「ちょっと厳しいわね・・・」
「こちらのタイプはマンションの中でも高い部類に入りますからね。他の部屋のお見積もりもご用意しますか?」
それは必要なかった。私たちにとって、両隣に部屋がある『中住戸』は選択肢にないのだから。
「ありがとうございました。本当に勉強になりました。ちょっと現地を見てから、また連絡します」
「あかわいんさん。よろしければ、ライフプランナーを紹介いたしますよ。ローン返済などわかりやすく解説してもらえますが・・・」なんとか繋がりを保持したい思いでの提案であることはわかった。
「それも、電話で相談します」
外は真っ暗になっていた。
「今日はもう遅いから、明日にでも現地を見てみよう」私は提案した。
「そうね。でもちょっと期待しすぎてたかもね。あの部屋」
妻はモデルルームはかなり気に入ったようだったが、模型からみた部屋のロケーションに難を示したようだった。
現地の視察はふたり一緒に行けるタイミングがなく、それぞれ別の時間に行くことになった。
二日後、仕事から帰宅すると妻の方から話を切り出して来た。
「谷口さんから電話があったよ。302号室と401号室はどうかって」それらのタイプは平均価格帯の物件で月々の負担が軽くなるのだ。
「ないね」私は即答した。
「あたしもそう」妻も同じ考えのようだ。
「建設現場行ってみた?」
「うん。ちょっと見て来たよ」
マンションはまだまだ完成にはほど遠い状態で、3階ぐらいまで躯体ができていた。コンクリートはむき出しで、覆いもかけられていたが、なんとか1階の様子を観察することはできた。
「あの庭付きは場所がよくないね」
「そうね。閉塞感があるのよね」
3方向が囲まれたような形になっており、せっかくの庭付きなのに、なぜか開放感を感じられなかった。
「A棟B棟全部覗き込んでみたけど、気に入ったのは、あの南西の角部屋だけだね」
「そうそう。1階なら、あそこが一番日当りが良くて開放感があったわね」
妻と私の価値観は同じだったようだ。
「どうする?ライフプランナーさんを紹介してもらう?」
「でも、もう、いらないでしょ?あの部屋の間取りと庭は素敵だけど、場所がね、、、、」
こうして購入機運はたち消えた。
そもそも、当時、私たちの住んでいたマンションは、10年前に新築で入居。分譲タイプで東京都の家賃補助付き賃貸物件だから月々の負担は軽い。3LDKの角部屋で4階。前方、側面に高い建物はなく、見晴らしは充分。毎夜のTDLの花火を小さいながらも鑑賞できるし、晴れた日は富士山も眺望できる。スカイツリーは建設過程をずっと観察できたし、日当りも良好、風通しも良く、収納も充分にあって、スーパーは目の前。駅から近くはないが、遠くもない7分の徒歩圏内。管理会社の担当は1代目は可もなく不可もなかったが、2代目の管理人さんはいつも一生懸命で、自転車の片付け、清掃をしっかりとしていて、駐車場の吹きだまりに落ち葉が溜まることはなかった。小さな公園が付属していて、それとは別に、建物内に広場がついている。子供たちにとっても安心の遊び場だ。10年住んだがくたびれ感はほとんどない。住環境としては揃いすぎていて、それに勝る物件などそうそうお目にかかれない。
第3戦の軍配は、妻でも営業マンでもなく、住まい(当時の)に上がった。営業マンにとっての本当の敵は、住環境なのだ。
ここまで私はまったくいいところがない。
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