時渡り

白鳳

第1話 選択

 

 どちらを選択しても、後悔する。それだけは明確だ。

 掴んでいる手を離せば、俺は助かる。先輩は助からない。

 掴んでいる手を離さなければ、俺の信念は守られるが先輩と俺は助からない。

 どちらを選んでも先輩は助からない。それも明確だ。

 なら、どうするか……

 …………

 先輩の決断の方が早かった。

 先輩の選択は、俺の手を離して、俺を助けることだった。

 先輩は俺の手を離し、俺の命を助け、俺の目の前から消えた。

 先輩が残したものは、俺の命と彼の笑顔と果たされない約束。



             ***********



 自分の悲鳴と共に目を覚ました。右手が虚空に何かを求めているかのように延びている。掴んでいるのは闇だ。全身が鉛のように重い。呼吸は乱れ、冷や汗が体中を覆っている。たまに襲う悪夢。毎日であれば、酒を飲んで死んだように眠るなどの対策が打てる。この夢は不意に訪れるからやっかいだ。何度見ても慣れない。

 喉がカラカラで声が出ない。ベッドサイドの飲み物を取ろうと上半身を起こす。慣れた事だから部屋が暗くても問題ない。と、先ほど、闇を掴んだその手で水を入れているカップを探すが、いつもの場所に飲み物がない。

「はぁ……置くの忘れたのか……」

 ため息混じりにつぶやく。

「いや、ちゃんと用意しているぞ。ほら、ちゃんと持て」

「…………」

 帰ってくるはずのない返事に動機がより一層激しくなる。この部屋には橘直道たちばななおみちひとりのはずだ。扉はもちろんロックしているので誰も入ることはできない。もしかしてまだ、目が覚めておらず夢を見ているのか……。

「おーい、聞こえてるか?」

 侵入者が丁寧に心配してきた。咄嗟に枕の下に隠してあるナイフを取り出す。はずだった。

「捜し物はこれか?」

 そいつの手には慣れ親しんだナイフが握られていた。寝ている間に取られたのか。ちょっとした物音でも起きるのに、枕の下を調べられて、目を覚まさないなんておかしい。

「お前、何者だ」

 背筋を冷たい汗が流れている。俺の緊迫した空気と侵入者の人をバカにしたような空気が部屋を満たす。

「ん? 俺がわかんないのか? 悲しいなぁ。俺だよ、俺」

「分からないから聞いている。簡潔に答えろ」

 そいつのいる方を睨み見る。少しず暗闇に慣れてきたのか、おぼろげに侵入者の顔がわずかに見て取れる。

「俺はお前だ」

「ふざけるな!」

「ふざけてないよ、ほら」

 ベッドサイドのライトが突然付いた。侵入者が付けたのだ。俺は無我夢中でそいつに飛びかかり、後ろ手に拘束した。彼からの抵抗はなかった。侵入者の顔を見るべく乱暴に髪を掴み、こちらを向かせた。ライトに照らし出された痛みに耐える顔には見覚えがある。

目の前にいる侵入者は、だった

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時渡り 白鳳 @hakuhou

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