「……ハルベル」

 密やかな声が、闇を伝う。視線をわずかに上げる。

「何だ」

「水を沸かしただけの湯だが、いるか」

 椀が差し出される。

「おう」

 受け取る。湯が椀の中で揺れた。

 一口、口に含む。

「あいつは?」

「寝たみたいだ」

 リアードも椀を口に運ぶ。

 ハルベルはちらりと少女を見た。小さな寝息を立て、木にもたれかかっている。

「……へぇ」

 椀に視線を戻す。炎の光が反射し、煌いた。

「寝てるときだけは、子供らしい顔してんのな」

「……お前な」

 リアードが顔を上げた。目が合う。

「もっとマシな言い方はできないのか」

「普段のあれがどうやったらガキに見える」

「子供じゃないか。小さくて可愛い」

 ハルベルはゆっくりと二回、瞬きをした。

「お前……正気か」

 リアードが動きを止め、眉をひそめる。

「それはどういう意味だ?」

「頭は大丈夫かってことだよ」

 リアードは眉間にしわを寄せたまま、ハルベルを睨んだ。

「失礼だな。わたしは正常だ」

「いや、絶対老眼だと思うぜ。一度視力検査したほうがいい」

 湯をもう一口含む。

 リアードは木にもたれ、軽く目をつむった。話題を変える。

「ハルベル、わたしたちの連れ……あの二人は、どうしたと思う」

「あの二人か」

 口調が重くなる。ハルベルは視線を落とした。

 外の人間から村を守る。

 あの少女はそう言った。確かに、そう言い切った。

 だとしたら。だとしたら、あの二人は……。

「もう死んでる」

 喉に声が絡まる。かすれた、低い響き。

「その可能性が、高くないか」

 束の間、沈黙があった。

 リアードが小さくかぶりを振る。ゆっくりとした動作だった。

 弱々しい声音でつぶやく。

「そんな……そんなこと」

「考えられないか? 十分にあり得る」

 リアードは目を伏せ、祈るように手を組んだ。息を吸い込む。

「可能性は……ある」

 リアードの声が闇に響いた。

 小さくて弱々しいのに、はっきりと耳に届く声だ。

「しかし……そうだとすれば、この子は」

 少女に視線を向ける。

「何故この子は森をうろついていた? 森は危険だと分かっていたはずなのに」

「あぁ……」

 目をつむる。脳裏に、狩りの光景が浮かぶ。

 少女は血を恐れていなかった。

 あの手つき――どう見ても、初心者ではない。

 悪寒がした。体の中を、冷たい風が吹いていく。

「まさか」

 思わずつぶやいていた。

「まさか、こいつが」

 少女の体ががくんと揺れた。

 毛布が滑り落ちる。少女の体がわずかに傾いだ。

 立ち上がり、毛布を拾い上げる。

「しっかりかぶっとけ」

 つぶやき、毛布をかける。少女はぴくりとも動かない。

 ハルベルは眉を寄せた

 ――様子がおかしい。

「おい、お前」

 少女の細い腕をつかむ。冷たい。

 少女の息の音が大きくなる。額にじっとりと汗がにじんでいる。

 ハルベルは足に装着しているナイフを抜いた。ロープを切断する。

 少女の体が倒れこんでくる。

「ハルベル? どうした?」

 リアードの声が動揺する。

 ハルベルは少女を地に寝かせつつ、声を張り上げた。

「様子が変だ、水をもってこい」

 少女の顔には血の気がなかった。

 体を温めなければならない。ローブを脱ぎ、少女にかぶせる。

「大丈夫か」

 呼びかける。反応はない。

 ――こいつ、病気だったのか?

 少女の呼吸に異常はない。少し荒いが、正常だろう。

 だとすれば、何だ? こいつに何がおきている?

「やめ……ろ」

 少女がつぶやく。低い、低いうめき。

「おいお前、どうした?」

「嫌だ、やめ……やめろ」

 少女の手が、腕をつかんだ。指がくいこんでくる。

「しっかりしろ!」

 叫ぶ。

「目を覚ませ!」

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