⑦
「剣は、扱えるか」
「剣?」
無意識に剣の柄に触れる。
「使える。それがどうした?」
少女は、ためらうように視線を落とす。
眉をひそめる。
「おい――」
「殺せ」
低い声が、ささやく。
ぱちぱちと火花が散る。剣の柄を握り締めた姿勢のまま、止まる。動けなくなる。
「今、何て」
声が喉につかえる。うまく出ない。
「わたしを、殺せ。そう言った」
少女の目は、変わらず何の感情もうつしていない。静かにハルベルを見返す。
(――この目)
わずかに、目を見開く。体がこわばる。
知っている。
この瞳、確かに、会ったことがある。
感情の消えた目。俺を、絶望へと突き放した目。
あいつを殺した、殺戮者の目。
動悸が激しくなる。
「何、言ってるんだ」
リアードが立ち上がった。
声がかすれている。
「死ぬなんてそんなこと、軽々しく口にするもんじゃない」
「村のありかが分からなくなるからか」
少女が薄く笑った。冷たく、突き放すような笑み。
「お前らは使命を果たすといった。ならば、わたしにも果たさせてもらう」
「君の、使命?」
少女の目に鋭い光が差す。
「外の人間から村を守る」
「だから、殺せと」
「村には行かせない」
少女がきつくリアードを睨みつける。
瞳に、敵意が浮かんでいた。頬がわずかに紅潮している。
二回目だ。少女の、こんな顔を見るのは。
かさかさの唇をなめ、息を吐き出す。
こいつは、違う。
あいつとは……違う。
あいつは、決してこんな表情をしない。
息を吸い込む。
「なるほどな」
低くささやく。少女の肩がわずかに上がる。
「どうりで、そんなに頑なだったわけだ」
薄く笑う。腰の剣をそろりと抜く。
「使命のために死ぬ…何とも美しい死に方だな」
指先で刃をゆっくりとなぞる。少女は無言のままだ。
「たとえ美しい死でも」
少女を見据える。少女の、目を。
「死は、苦痛を伴う。それが、分かってるか」
少女が視線をそらす。
「……殺せ」
ハルベルの目が、すっと細くなる。
「――それが、お前の答えか」
口元を歪め、笑う。剣が地に転がる。
「……残念だ」
一瞬だった。
ハルベルの体が音もなく動き、少女の喉元をつかんだのだ。
少女が目を見開いたまま、動かなくなる。
「鈍いな」
耳元でささやく。少女の肩が、わずかに震えた。
「抵抗しないのか?」
少女の喉がゆっくりと上下する。
「殺して……くれるんだろう」
「あんたのお好みじゃねぇけどな」
「どのみち、同じだ」
ハルベルがくっくっと小刻みな笑いを漏らす。
「いい度胸だ」
指先に力を込める。
手の平に、熱い肉の感触が伝わる。熱く、湿っている。
少女が身をよじった。表情が苦しげに歪む。
細い体が、ぴくりと痙攣する。
「苦しいか?」
少女の双眸が、ハルベルを見る。
虚ろな瞳。淀んだ沼を思わせる瞳だ。
薄い唇が、わずかに動く。
殺せ。
声はない。けれど、聞こえた。
低く、鮮明に。ささやくような声が耳の奥で響く。
殺せ。
少女の唇が、もう一度動く。
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