「剣は、扱えるか」

「剣?」

 無意識に剣の柄に触れる。

「使える。それがどうした?」

 少女は、ためらうように視線を落とす。

 眉をひそめる。

「おい――」

「殺せ」

 低い声が、ささやく。

 ぱちぱちと火花が散る。剣の柄を握り締めた姿勢のまま、止まる。動けなくなる。

「今、何て」

 声が喉につかえる。うまく出ない。

「わたしを、殺せ。そう言った」

 少女の目は、変わらず何の感情もうつしていない。静かにハルベルを見返す。

(――この目)

 わずかに、目を見開く。体がこわばる。

 知っている。

 この瞳、確かに、会ったことがある。

 感情の消えた目。俺を、絶望へと突き放した目。

 あいつを殺した、殺戮者の目。

 動悸が激しくなる。

「何、言ってるんだ」

 リアードが立ち上がった。

 声がかすれている。

「死ぬなんてそんなこと、軽々しく口にするもんじゃない」

「村のありかが分からなくなるからか」

 少女が薄く笑った。冷たく、突き放すような笑み。

「お前らは使命を果たすといった。ならば、わたしにも果たさせてもらう」

「君の、使命?」

 少女の目に鋭い光が差す。

「外の人間から村を守る」

「だから、殺せと」

「村には行かせない」

 少女がきつくリアードを睨みつける。

 瞳に、敵意が浮かんでいた。頬がわずかに紅潮している。

 二回目だ。少女の、こんな顔を見るのは。

 かさかさの唇をなめ、息を吐き出す。

 こいつは、違う。

 あいつとは……違う。

 あいつは、決してこんな表情をしない。

 息を吸い込む。

「なるほどな」

 低くささやく。少女の肩がわずかに上がる。

「どうりで、そんなに頑なだったわけだ」

 薄く笑う。腰の剣をそろりと抜く。

「使命のために死ぬ…何とも美しい死に方だな」

 指先で刃をゆっくりとなぞる。少女は無言のままだ。

「たとえ美しい死でも」

 少女を見据える。少女の、目を。

「死は、苦痛を伴う。それが、分かってるか」

 少女が視線をそらす。

「……殺せ」

 ハルベルの目が、すっと細くなる。

「――それが、お前の答えか」

 口元を歪め、笑う。剣が地に転がる。

「……残念だ」

 一瞬だった。

 ハルベルの体が音もなく動き、少女の喉元をつかんだのだ。

 少女が目を見開いたまま、動かなくなる。

「鈍いな」

 耳元でささやく。少女の肩が、わずかに震えた。

「抵抗しないのか?」

 少女の喉がゆっくりと上下する。

「殺して……くれるんだろう」

「あんたのお好みじゃねぇけどな」

「どのみち、同じだ」

 ハルベルがくっくっと小刻みな笑いを漏らす。

「いい度胸だ」

 指先に力を込める。

 手の平に、熱い肉の感触が伝わる。熱く、湿っている。

 少女が身をよじった。表情が苦しげに歪む。

 細い体が、ぴくりと痙攣する。

「苦しいか?」

 少女の双眸が、ハルベルを見る。

 虚ろな瞳。淀んだ沼を思わせる瞳だ。

 薄い唇が、わずかに動く。

 殺せ。

 声はない。けれど、聞こえた。

 低く、鮮明に。ささやくような声が耳の奥で響く。

 殺せ。

 少女の唇が、もう一度動く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る