「――秀人か」

 低くしわがれた声がした。

 無意識に背を伸ばす。

「……はい」

「入れ」

 障子に手をかける。軽く息を吸い込んだ。

「失礼致します」

 障子を開けると、やや広めの部屋が秀人の視界に広がった。

 明かりのろうそくがゆらゆら揺れている。秀人はその場に膝をついた。

「……夜分遅くに、申し訳ありません。村長」

「構わぬ」

 白髪の老人――村長は感情の読めぬ黒い瞳を秀人に向けた。

「良から話は聞いた」

 わずかに顔がこわばる。冷や汗が出る。

「顔を上げよ、秀人。…楽にするがいい、少々長い話になりそうだ」

 顔を上げる。部屋は薄暗かったが、夜目のきく秀人は不自由なく見わたすことができた。

「村に危機が及ぶ、か…。そんな言葉、聞かされるとはな」

 村長は白いあごひげをなでた。

「何ゆえ、そのようなことを言う?」

「……理由は、良殿に申し上げたはずですが」

 村長の口角がわずかに上がる。笑ったのだ。

「あのようなもので、わたしが騙せると思ったか」

 下唇をかむ。汗が、額を伝って落ちた。

 分かっていた。どうあがいても、この老人の目は欺けない。

 自分の言ったことは、ただのごまかしであると。

 村長に分からぬはずはない。

 全てを知っているのだから。自分の全てを。

 彪刃も知らぬ、秘密を――。

「……もう全て、終わったことだ、秀人。分かっているだろう」

 目を伏せる。村長の瞳を見返すことができなかった。

「もう、そのことは忘れろ。互いに、その方がいい」

 息を吐き出す。額にじとりと汗がにじんでいる。

「…はっ」

「うむ」

 村長がうなずき、身じろぎした。

「もう、行っても良いぞ」

「村長」

 秀人は顔を上げた。

 立ち上がろうとした村長の動きがぴたりと止まる。

「もう一つ、話があります」

 村長が眉を寄せる。

「……申してみよ」

「昼過ぎに娘が出て行ったきり、帰らないのです」

「どういうことだ」

 村長の目が鋭く秀人を見つめる。

 秀人は腹に力を込め、村長を見返した。

「わたしは、森で娘の身に何かあったのではないか、そう考えております」

 背後で物音がした。

 すぐさま振り返る。

「誰だ」

 相手を威圧するような低い声。村長はもう一度口を開いた。

「出てこい」

 そろりと障子が開いた。はっと息を呑む。

「――蘭様!」

「お前だったか」

 村長は静かに蘭を見据えた。

「盗み聞きとはたいした趣味だな」

「……も、申し訳ございません……」

 蘭は力なく頭を垂れた。

「……あ、あの」

 弱々しい声音で、蘭が問う。

「今の、彪刃の話…本当ですか」

「さがりなさい、蘭。お前は部屋に戻れ」

「父さん、でも」

「反論は許さぬ」

 冷たい声だった。蘭の肩がびくりと動く。

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