第2章 攻防

 目を開ける。光が目を刺激する。眩しい。

 ――どこだ、ここは?

 口の中がざらざらする。体のあちこちが痛む。

「おぉ、起きたか」

 呼びかけられる。

 あの男がいた。そばの木にもたれかかるようにして座っている。

 ――外の、人間。

「お前……っ」

 とびかかろうとしたが、体が動かない。

 手、足、両方ともロープで縛られ、木に結ばれている。

「すまない、悪いが我慢してもらえないか」

 あの男とは違う声。彪刃は顔を上げた。

 人のよさそうな金髪の男。

 ――騙されるな。

 頭の隅で警報が鳴る。

 こいつも外の人間。心を許してはならない。

「お前、現状はわかってるか?」

 現状?

 その言葉を、口の中でゆっくりとつぶやく。

 停止していた思考がやっと動き出す。先ほどの様子が脳裏にくっきりと浮かび上がる。

(そうだ、わたしは――)

『忍びの村へ、案内してもらう。そうすれば、お前を放してやる』

喉元にナイフを当てたまま、男はそう言った。

『簡単だろう?』

 動くことができなかった。指先の自由すら利かない。

 自分の命か、忍びの皆の命か――。

 言外に、そのどちらかを選べと告げているのだ、この男は。

体の中を憤りが走った。頬が熱くなる。

 ――人間じゃない。

 自分の目的のためなら、手段も選ばない。

 命が失われることさえ、厭わないというのか。

『……へぇ』

 男が、笑った。

『あんたみたいな奴でも、そんな顔するんだ』

『……どういう意味だ』

『そのままさ』

 喉元のナイフが、急に離れた。

 唐突に、後頭部に衝撃が走る。

 目の前が暗くなる。

『……悪いな』

 その言葉を最後に、記憶はない。

 大きく息を吐く。後ろの木に、もたれかかった。

「……思い出したか?」

「あぁ、大体」

 軽く目をつむる。少々疲れていた。

「お前らは忍びの村を探していて、わたしからその情報を聞き出そうとしている。だから、わたしは気絶させられて今この場所に運ばれてきた。そういうことだろう?」

「理解が早くて何よりだ」

 男が軽く笑う。

「もう一つ付け足しといてやる。お前がすんなり忍びの居場所まで案内してくれるんなら、お前は無事に解放される」

「素敵な条件だ」

 目を開け、二人を一瞥する。

「だが、断る」

「何故?」

 間髪をいれず、男が聞く。

 彪刃はすっと目をそらす。

「関係ない」

「大有りだ。忍びの村へ行って、使命を果たさないと俺たちは帰れないんだからな。……言ってる意味、わかるか?」

「十分なほどに」

「なら、これも理解できるよな」

 不意に、男の手が彪刃のあごをつかんだ。

 あごを引こうとするが、できない。あごに指が食い込んでくる。

「俺たちが使命を遂行できるかどうかは、お前にかかってる」

「…それがどうした。はなせ、痛い」

 かすれた声が出る。男の目が細くなる。

 透き通った紫。きれいな瞳だと思った。

 けれど、危険だ。理屈じゃない。本能で感じる。

 美しさの中に、とてつもなく大きな、何かが潜んでいる。

 ――見てはいけない。

 見たら、惑わされる。引き返せなくなる。

 この瞳に、とらわれてはいけない。

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