少女の目が、細くなった。

「――そこか」

 瞬間、少女の姿がかききえた。

 驚愕に目をみはる。

 ――どこへ行った?

 立ち上がり、剣を抜く。あたりに視線を走らせる。

「……どこを見ている?」

 耳に、冷たい息がかかった。

 どんっと鈍い音がした。背に、骨に衝撃が伝わる。

 膝からくずおれる。手から剣が滑り落ちる。

 息が詰まる。苦しい。

 胸を押さえ、あえぐ。首をひやりとした感触がつたう。

「……動くな」

 抑揚のない声。平坦で、重い。

 空気が肌に突き刺さる。

「お前……忍び、か」

「余計なことをしゃべるな」

 首に当てられた剣がいっそう強く押し付けられる。

 軽く咳き込んだ。呼吸が苦しい。

「死にたくはあるまい…質問に答えろ。何のためにここへ来た」

「答えたら、命だけは助けてくれるのか?」

 薄く笑う。喉元の剣が、ひくりと動いた。

「答えろ」

 大きく息を吐き出す。鋭利な刃が肌をなでる。

 心臓の鼓動が大きくなる。

 ――どうする?

 どうすればいい?

 このまま、振り切って逃げるか。

 しかし、それは……可能か?

 唇をかみ締める。

 無理だ。

  先ほどの少女の瞳――正直、ぞっとしたのだ。

すべての感情を排した目。何の感情もうつさず、濃い闇だけがひろがっている。

 そんな目をしていた。

 鳥肌が立った。感情を捨てたものは、どこまでも非情になれる。

 ――人を殺すことさえ、厭わない。

「……一つだけ、いいことを教えてやる」

 あごを上げ、少女を見上げる。

「人を確実に殺すときは」

 少女の眉がわずかに動く。ハルベルはそろそろと足元へ手を伸ばした。

「相手と極力、余計な話をしない……一気に決めろ」

 ズボンのすそを探る。こめかみを、冷たい汗がつたった。

 少女は、ハルベルの言葉に集中している。まだ、気がついていない。

「でないと――」

 指先が何か硬いものに触れる。思わず、口元が歪んだ。

 少女が眉をひそめる。

「……何がおかしい?」

「いや、別に。……ただ」

 汗ばんだ手で、柄を握る。

「あんたも、やっぱり子供なんだなと思って」

 少女の体が大きくのけぞる。

 ハルベルに足払いをかけられたのだ。そのまま地に倒れこむ。ハルベルは足に隠し持っていたナイフを片手に、立ち上がった。余裕の笑みが浮かぶ。

「形勢逆転、だな」

 すぐさま少女が跳ね起きる。腰を低く落とし、すでに体勢を整えている。

「……そうとは限らない」

 ハルベルの体が滑るように動いた。

 拳が少女の腹部にめり込む。少女がくぐもったうめきをもらす。

 その手から、剣が落ちる。

 少女の目に、一瞬動揺が走った。ほんの一瞬、わずかな隙が生じる。

 それだけで十分だった。身を翻し、腕をねじ上げる。喉元にナイフを当てる。

「動くな」

 耳元でささやく。

「動いたら、殺す」

 感情を抑えた声で言う。少女が横目で睨みつけてくる。

 明らかな敵意が、瞳の中に凝縮されていた。

「……何の真似だ」

「やられたらやり返す。俺の主義だ」

 密やかに笑う。

「……それだけじゃないだろう。何故殺さない?」

 少女のあごが、くっと上がる。

「……ちょっとやってもらいたいことがあるからな」

「やってもらいたいこと、だと?」

 少女が瞬きする。ハルベルはうなずいた。

「お前、忍びなんだろう?」

「……だとしたら、何だ」

「案内してもらう」

 少女の動きが、ぴたりと止まる。

「……何?」

「忍びの村へ、案内してもらう。そうすれば、お前を放してやる」

 笑いかける。

「……簡単だろう?」

 少女は、硬直したままだった。

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