⑥
少女の目が、細くなった。
「――そこか」
瞬間、少女の姿がかききえた。
驚愕に目をみはる。
――どこへ行った?
立ち上がり、剣を抜く。あたりに視線を走らせる。
「……どこを見ている?」
耳に、冷たい息がかかった。
どんっと鈍い音がした。背に、骨に衝撃が伝わる。
膝からくずおれる。手から剣が滑り落ちる。
息が詰まる。苦しい。
胸を押さえ、あえぐ。首をひやりとした感触がつたう。
「……動くな」
抑揚のない声。平坦で、重い。
空気が肌に突き刺さる。
「お前……忍び、か」
「余計なことをしゃべるな」
首に当てられた剣がいっそう強く押し付けられる。
軽く咳き込んだ。呼吸が苦しい。
「死にたくはあるまい…質問に答えろ。何のためにここへ来た」
「答えたら、命だけは助けてくれるのか?」
薄く笑う。喉元の剣が、ひくりと動いた。
「答えろ」
大きく息を吐き出す。鋭利な刃が肌をなでる。
心臓の鼓動が大きくなる。
――どうする?
どうすればいい?
このまま、振り切って逃げるか。
しかし、それは……可能か?
唇をかみ締める。
無理だ。
先ほどの少女の瞳――正直、ぞっとしたのだ。
すべての感情を排した目。何の感情もうつさず、濃い闇だけがひろがっている。
そんな目をしていた。
鳥肌が立った。感情を捨てたものは、どこまでも非情になれる。
――人を殺すことさえ、厭わない。
「……一つだけ、いいことを教えてやる」
あごを上げ、少女を見上げる。
「人を確実に殺すときは」
少女の眉がわずかに動く。ハルベルはそろそろと足元へ手を伸ばした。
「相手と極力、余計な話をしない……一気に決めろ」
ズボンのすそを探る。こめかみを、冷たい汗がつたった。
少女は、ハルベルの言葉に集中している。まだ、気がついていない。
「でないと――」
指先が何か硬いものに触れる。思わず、口元が歪んだ。
少女が眉をひそめる。
「……何がおかしい?」
「いや、別に。……ただ」
汗ばんだ手で、柄を握る。
「あんたも、やっぱり子供なんだなと思って」
少女の体が大きくのけぞる。
ハルベルに足払いをかけられたのだ。そのまま地に倒れこむ。ハルベルは足に隠し持っていたナイフを片手に、立ち上がった。余裕の笑みが浮かぶ。
「形勢逆転、だな」
すぐさま少女が跳ね起きる。腰を低く落とし、すでに体勢を整えている。
「……そうとは限らない」
ハルベルの体が滑るように動いた。
拳が少女の腹部にめり込む。少女がくぐもったうめきをもらす。
その手から、剣が落ちる。
少女の目に、一瞬動揺が走った。ほんの一瞬、わずかな隙が生じる。
それだけで十分だった。身を翻し、腕をねじ上げる。喉元にナイフを当てる。
「動くな」
耳元でささやく。
「動いたら、殺す」
感情を抑えた声で言う。少女が横目で睨みつけてくる。
明らかな敵意が、瞳の中に凝縮されていた。
「……何の真似だ」
「やられたらやり返す。俺の主義だ」
密やかに笑う。
「……それだけじゃないだろう。何故殺さない?」
少女のあごが、くっと上がる。
「……ちょっとやってもらいたいことがあるからな」
「やってもらいたいこと、だと?」
少女が瞬きする。ハルベルはうなずいた。
「お前、忍びなんだろう?」
「……だとしたら、何だ」
「案内してもらう」
少女の動きが、ぴたりと止まる。
「……何?」
「忍びの村へ、案内してもらう。そうすれば、お前を放してやる」
笑いかける。
「……簡単だろう?」
少女は、硬直したままだった。
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