「……良かった。きれいな水だ」

 ハルベル・バーチェスは顔をほころばせた。空になった水筒に水を汲もうと川べりにかがみこむ。

 川の水面に自分の顔が映った。

 ――紫の髪。

 とたんにハルベルは顔をしかめた。

 ハルベルは自分の紫の髪が嫌いだった。大陸では珍しい色。そのせいで幼いころからずいぶんな差別を受けてきた。

 ハルベルは額にかかった髪を軽く払い、澄んだ水に水筒の口をつけた。

「……ハルベル!」

 不意に、後ろから名を呼ばれた。

 ハルベルはかがんだまま振り返り、駆け寄ってくる一人の男をじろっとにらんだ。

「おせぇぞ、リアード」

「すまない。……その、はぐれた二人がいないかと思って探してたんだ」

 リアードと呼ばれた男は、表情を曇らせる。

「あいつらのことか? もう諦めろよ、こんな森の中じゃ絶対にみつからねぇ」

「まぁ、それはそうなんだが…」

 リアードは言葉をにごらせる。ハルベルはため息をつき、水の入った水筒を振った。

「おい見ろ、水が手に入ったぞ」

「本当か?」

「ほらよっ」

 ハルベルが水筒を投げてよこす。リアードは取り落としそうになったものの、何とか受け取った。

「川があったのか。……きれいな水だろうな?」

「おう。当たり前だ」

 ハルベルは立ち上がり、周囲の木を見渡した。

「……ここに入って五日になるけど、村らしきもの、あったか?」

「いや。……やはり我々を敵視しているらしい」

 ハルベルがうなずく。

 ハルベルたちも忍びの村を探しにきた者の一人だった。本当は四人だったのだが、連れの二人はどこかではぐれてしまったのだ。

「でも、妙だな」

「やっぱりそう思うか?」

「確実に変だろ。魔物が生息しないこの森に入って、帰ってくるものが誰一人としていないなんて」

「まぁ、確かにな」

 リアードが険しい表情になる。

「お前はそのことについて、どういう風に考える?」

「どういう風にって……」

 ハルベルは鼻で笑った。

「決まってるだろ。忍びが村を守るために、外から入ってくるものを次々と排除してるってことじゃないのか?」

「ハルベル!」

 リアードが叱咤の声を上げる。ハルベルは肩をすくめた。

「はいはい、どうせ違うって否定するんだろ?お前はいつもそうじゃねぇか」

「わたしは」

「別にお前の意見が聞きたいわけじゃねぇよ」

 ハルベルは面倒くさそうに手をひらひらと振る。リアードはハルベルを睨んだ。

「お前……自分の言っていることがわかってるのか」

「十分にわかってる。分かってねぇのはむしろ、お前のほうじゃねぇか?」

「……なんだと?」

「俺たちが探してるのは、昔自分の背負うものに耐え切れなくなって逃げたものってこと、忘れるなよ。すんなりと元には」

「黙れ!」

 リアードがハルベルの言葉をさえぎる。

「私たちの国にには、もうこれ以外の選択肢はない!」

「そんなの、何回も聞いた。わざわざ繰り返す必要もねぇ。…でも、国のためを思うなら、いなくなった人間を切り捨てたほうが何人もの命を救える、それを覚えておいたほうがいいぜ」

「……何が言いたい」

「忠告さ」

 さらりとハルベルが告げる。リアードはため息をついた。

「相変わらず、お前は言い方がきついな」

「隠しようのない真実ってやつをそのままいってるだけだぜ?」

「そんなこと、分かってる…」

 リアードがつぶやく。ハルベルは葉の間からのぞく空を見上げた。

「そろそろ昼だな」

「昼食時か。……狩りに行くのか?」

「おう。お前はここで待ってろよ。大物をとって来てやる」

ハルベルはにっと好戦的な笑みを浮かべた。

「……狩りもいいが、ほどほどにしろよ」

「分かってる。ほどほどに、な」

 ハルベルは気をつけろ、というリアードの声を背に、川の流れに沿って歩き出した。

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