④
「……良かった。きれいな水だ」
ハルベル・バーチェスは顔をほころばせた。空になった水筒に水を汲もうと川べりにかがみこむ。
川の水面に自分の顔が映った。
――紫の髪。
とたんにハルベルは顔をしかめた。
ハルベルは自分の紫の髪が嫌いだった。大陸では珍しい色。そのせいで幼いころからずいぶんな差別を受けてきた。
ハルベルは額にかかった髪を軽く払い、澄んだ水に水筒の口をつけた。
「……ハルベル!」
不意に、後ろから名を呼ばれた。
ハルベルはかがんだまま振り返り、駆け寄ってくる一人の男をじろっとにらんだ。
「おせぇぞ、リアード」
「すまない。……その、はぐれた二人がいないかと思って探してたんだ」
リアードと呼ばれた男は、表情を曇らせる。
「あいつらのことか? もう諦めろよ、こんな森の中じゃ絶対にみつからねぇ」
「まぁ、それはそうなんだが…」
リアードは言葉をにごらせる。ハルベルはため息をつき、水の入った水筒を振った。
「おい見ろ、水が手に入ったぞ」
「本当か?」
「ほらよっ」
ハルベルが水筒を投げてよこす。リアードは取り落としそうになったものの、何とか受け取った。
「川があったのか。……きれいな水だろうな?」
「おう。当たり前だ」
ハルベルは立ち上がり、周囲の木を見渡した。
「……ここに入って五日になるけど、村らしきもの、あったか?」
「いや。……やはり我々を敵視しているらしい」
ハルベルがうなずく。
ハルベルたちも忍びの村を探しにきた者の一人だった。本当は四人だったのだが、連れの二人はどこかではぐれてしまったのだ。
「でも、妙だな」
「やっぱりそう思うか?」
「確実に変だろ。魔物が生息しないこの森に入って、帰ってくるものが誰一人としていないなんて」
「まぁ、確かにな」
リアードが険しい表情になる。
「お前はそのことについて、どういう風に考える?」
「どういう風にって……」
ハルベルは鼻で笑った。
「決まってるだろ。忍びが村を守るために、外から入ってくるものを次々と排除してるってことじゃないのか?」
「ハルベル!」
リアードが叱咤の声を上げる。ハルベルは肩をすくめた。
「はいはい、どうせ違うって否定するんだろ?お前はいつもそうじゃねぇか」
「わたしは」
「別にお前の意見が聞きたいわけじゃねぇよ」
ハルベルは面倒くさそうに手をひらひらと振る。リアードはハルベルを睨んだ。
「お前……自分の言っていることがわかってるのか」
「十分にわかってる。分かってねぇのはむしろ、お前のほうじゃねぇか?」
「……なんだと?」
「俺たちが探してるのは、昔自分の背負うものに耐え切れなくなって逃げたものってこと、忘れるなよ。すんなりと元には」
「黙れ!」
リアードがハルベルの言葉をさえぎる。
「私たちの国にには、もうこれ以外の選択肢はない!」
「そんなの、何回も聞いた。わざわざ繰り返す必要もねぇ。…でも、国のためを思うなら、いなくなった人間を切り捨てたほうが何人もの命を救える、それを覚えておいたほうがいいぜ」
「……何が言いたい」
「忠告さ」
さらりとハルベルが告げる。リアードはため息をついた。
「相変わらず、お前は言い方がきついな」
「隠しようのない真実ってやつをそのままいってるだけだぜ?」
「そんなこと、分かってる…」
リアードがつぶやく。ハルベルは葉の間からのぞく空を見上げた。
「そろそろ昼だな」
「昼食時か。……狩りに行くのか?」
「おう。お前はここで待ってろよ。大物をとって来てやる」
ハルベルはにっと好戦的な笑みを浮かべた。
「……狩りもいいが、ほどほどにしろよ」
「分かってる。ほどほどに、な」
ハルベルは気をつけろ、というリアードの声を背に、川の流れに沿って歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます