第8話 栄光を掴み取る者


 2時間が経過した。江口さんは黙ってひたすら読んでいた。私はその表情を殺さんばかりに見つめる。

 ――おい、どうなんだよ。どうなんだよクソが。いいから早く言えよ。

 そんな風に心で何度も何度も怒鳴った。


           ・・・


 やがて、江口さんが原稿を置いた。

「ふぅ……ご苦労さん」

 そう言われた時、心臓が止まりそうな気がした。どっちだ……どっちなんだ。面白かったのか、面白くなかったのかどっちなんだ?

「あの、江口さん」

「……花さん……いや、これからは先生と呼ばんといかんのかな」

 渾身のガッツポーズを繰り出した。人生の中で、今までそんな事をした経験は無い。

「あっ、ありがつございます。ありがとうございます」

 気づけば何度も何度も繰り返していた。もう涙と鼻水でエライことになっているがそんな事は全く関係ない。

「おいおい、これからだぜ。始まりはこれからだ。本当の戦いはこれからだ」

 私が江口さんに抱きついたから、江口さんは照れているようだ。何度もこれからと繰り返す。ついでにネクタイで涙と鼻水をぬぐう。

「ふぅ……」

「落ち着いたか……ったくなんだよ。ってお前っ! 俺のネクタイどーしてくれんだよー!」

「ネクタイなんざ私の初原稿でプレゼントしたげますよ。そんな安いネクタイじゃなくてとびっきり高い奴。とびっきり高くて江口さんに似合わないような趣味のいい奴!」

  そういうと、不機嫌そうに睨む江口さん。よく見ると愛嬌のある顔をしている……かな。

「まあ、今だけだからせいぜい喜んでおけよ。真の地獄はこれからなんだからな」

「小さい小さい。だから、あんたしがない編集者なんですよ」

 あっ、あたし今調子に乗っちゃってる。

「な、なんだとこの野郎!」

「私が目指しているのは世界です! 打倒JKローリング。目指すは坂本竜馬、世界の海援隊ですよ。あんたもこの花号に乗れば連れてってやりますよ。世界にね」

「き、貴様……たかが1作品連載をあげるくらいで調子に乗りすぎじゃないか?」

 いいんです。私はこの日の事を忘れない。


             ・・・


 結局、私は今なお仕事をしながら連載に締切にひいひい言っている。江口さんの地獄の意味が少しだけわかって相変わらず後悔と絶叫の日々が続いている。相変わらず仕事が忙しく、更に締切と言う絶対に守らなければいけない戦いが発生している。それでも、何も思い浮かばず、机の上でキーボードを叩きつけ、発狂し、江口さんに弱音をガンガンぶちまけて怒鳴られる。

 それでも、私は前に進んでいく。いつだって前に前に。たまには後ろを振り返るが、その時には少しだけ自分の歩いて来た道を誇れている気がする。


 これが、未来の物語。私が描いた未来の物語だ。


 以上、未来編終わり。

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