第7話 この作品は絶対に面白い


 翌日……病院。

「だからぁ、うつ病なんですって! 診断書ください!」

 恥を忍んで頼んでいる。何とか都合してくれ。


          ・・・


 門前払いだった。医者が言うにはこんな元気なうつ病患者はいないと言う。ため息をつきながら、仕事場へ行く。


「おい、花! やっと来たか。これ、これなんだけどな……」

「課長……一生のお願いがあります」

 いかにも神妙な演技をして、言う。

「な、何だよ。珍しく真面目な顔して。どうした?」

「あの……10連休貰えませんか?」


 その後、滅茶苦茶怒られた。


 むしろそのせいで残業になり、なお帰るのが遅くなる始末。やはり、仕事はやりながら作品を仕上げていくしかない。

 いい。みんな一緒だ。アマチュアなんて各々生きていくために最低限仕事をこなさなくちゃいけない。その中で、全力を尽くせば、それすなわち全力であるという事だろう。

 さて、やっと帰ってこれた。『マリアを殺せ』の主人公は男。こいつは幼少の生い立ちのせいでゲリラ部隊に所属していたという過去を持つ。当然戦争中に大量に人を殺していたが、今では1流ボディーガード会社に所属している。そんな中、会社の上司から突き付けられた命令『立花マリア』を殺せ。

 立花マリアは高校生の女の子。外側(がわ)は綺麗で、比較的裕福な家だが普通の女の子だ。そんな中、次々とマリアの名前の女の子が処刑されていく。

 主人公は、マリアを殺すのか、それとも……

 物語としてはそんな感じだ。ベタっちゃベタだがそれでもいい。要するに、自分がワクワクするかどうかだろう? 細かい設定にこだわらず、自分が書きやすい物語であればいい。この話は直感的に書けるような気がした。

 あとは書くだけだ。結果は江口に任せればいい。


 再び執筆作業に没頭した。睡眠時間などほとんど取らなかった……いや、興奮して眠れない。こんな日には決まっていい話が書けるものだ。

 神様に祈る? どうか、私を作家にしてください? 阿呆か。3年たって私はまた阿呆になっていた。すがって貰えるものなんてたかが知れている。

 獲るんだよ夢を。掴むんだよ作家と言う目標を。そのために私はずっと書いていたんだ。10年以上書いていたんだ。何のために今まで頑張って来たか、答えは書いた先にある。もう、私の答えは後ろにはない。後ろになんか転がっていないのだから。精一杯やった? 全力でやった? 阿呆が。それで駄目ならもっとやるんだよ。もっと精一杯、全力を何回も何回もやるんだよ。そんな生き方でいいじゃないか。そうやって前のめりで生きて前のめりで死んでいく。そんな阿呆が1人ぐらいいたっていいじゃないか。


 結局その日の睡眠時間は2時間だった。次の日も次の日も……ろくに眠れない日が続いた。だんだん体には変調をきたし、仕事中にも眠くなる時が来る。それでも、気力だけは衰えず、寝ても覚めても小説の事を考える日が続いた。

 グルグルグルグル……主人公の気持ちを考え、立花マリアの行動を予測した。まさしく自分が主人公になってさまざまな困難を乗り越えるために、一生懸命に頭を振り絞る日々が続いた。


 結局、どれだけの時間を掛けても小説に大きく変化は無い。それは私が長年培った経験則だ。推敲をすれば、小説の面白さはある程度あがる。しかし、それは飛躍的に上がるようなものでは無い。もちろん小石は小石のままだ。前述もしたが念じれば金になるような錬金術では無い。

 なら、面白い小説を作るためにはどうしたらよいのだろうか。私の結論は1つ。熱だ。熱を込めて書く。それで、小説がダイヤになるか道端の小石になるかが決まるのだ。もちろん、元々ダイヤの素質が無ければ駄目だろう。だが、それはいい。それは私が考えることじゃない。

 私の仕事は自分がダイヤモンドだと思い込み、自分が書く作品に情熱を傾けるだけでいい。ただ、それだけでいい。

 もっと燃えろ。熱狂だ。熱を込めて書き上げろ。以前にも1回やったじゃないか。粗削りだったそれは、どこまでも未熟だったそれは、それでも幾人かには届いたではないか。今、その自信を胸に恐れず立ち向かっていけばいい。あの時感じた未熟な自分を、今までずっと磨き上げてきたんだろう? ここで、最高の熱を持っていい作品を書くんだ。私は私の世界に向かってこれが私だと堂々と叫べるようなものを書くんだ。書くんだよ。


                ・・・


 1ヶ月後、江口さんに『マリアを殺せ』を提出した。その時は小癪にも忙しぶって「後で読む」とか言い出したので、「ふざけんな! 私の命だ! 今すぐに読め」と大声で怒鳴った。面白いんだよこの作品は! 黙ってお前は読めばいい。


 絶対だ。絶対にこの作品は面白いんだ。面白いんだよ!


 

 


 

 

 

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