第4話 首を長くして待っていろ


 江口さんに原稿を渡して、1ヶ月が経過した。未だ、返事は無い。あんのクソ髭面編集者……私の息子(作品)監禁しやがっていったいどういうつもりだ。

 もう、我慢できない! 電話だ電話……いや、待て。さすがにこっちから電話したら失礼すぎるか。いや、もうただでさえ失礼千万は承知なんだがハッキリ言ってこれ以上の失礼は悪印象を決定づけるんじゃないか。そう、失礼はいいが、失礼すぎるのは困る。私は彼と喧嘩するためにやってるんじゃないんだ。ともに天下を牛耳ろうと言う同志に憎悪で接するのはあまりにも悪手だ。


 私が差し出した『マリアを殺せ』は現代の日本が舞台となっている。やはり題名は作品の顔だ。インパクトのある題名がいいと思ったので敢えて『殺せ』という題名を使った。対になるのが、マリア。安寧の象徴。組み合わせるとイマイチパンチが無くなってしまうようにも思うのでもっといい題名が見つかればもちろん変更するが。先の経験を培ってリアルタイムで書き上げるような話を作ってみたいと思っているが、さて江口さんの反応はどうであろうか。


              ・・・


 さらに1週間が経過。あのクソメガネ編集者! もう我慢ならず。名刺をもらった番号に電話をかけ始める。

「はい、こちらヨムヨム出版ですが」

「あの……私、作家の花と申しますが、編集の江口さんはご在社でしょうか?」

 緊張しながら、話す。門前払いを喰らわぬように、作家志望じゃなく、作家と称した。でろよ、江口! 偽江口洋介! てめえ、絶対に出ろ! 絶対にだ。

「はい、ああ。あんたか。どうした?」

 ど、どうしただと……脳みそ腐ってんのかこいつは。そう罵倒してやりたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢した。

「どうでした? 私の『マリアを殺せ』は」

「うーん……微妙だった」

 こ、こいつ……殺す。マリアの前にお前を社会的に抹殺してやる。

「わかりました! あんたの事、私忘れません。ヨムヨムサイトに恨みつらみを全部書いてやる。第3次万歳アタックだ。2時間後楽しみにしててください! では」

 そう言ってブチッと電話を切った。


 江口……とうとう私を怒らしてしまったようだね。あることないこと、全部書き込んでやる。特にあんたの事はヨムヨム出版で誰かが特定できるように詳細に――


 その時、再び携帯が鳴った。

「……はい」

「冗談じゃーん、花ちゃんは真面目だなぁ」

 そんな猫撫で声を駆使する40代。髭面の江口。

「……ふぅー。で、どうでした? 私の作品は」

「まあ、内容自体は悪くなかったよ。着眼点も悪くない」

「ほ、本当ですか?」

 ホッと胸が撫で降りる。

「お前、何か勘違いしてないか? 俺は褒めてんじゃない。けなしてんだよ」

「……えっ?」

「いいか、プロはな。そんな事言われたら絶対にキレるぞ。『悪くない』ってことは『よくない』ってことだ。お前の作品はそこそこどまりの駄作だってこと」

 言われながら、スッと腹に言葉が入ってくる。

 ……やばい、反論ができない。

「そもそも、作家たる定義ってなんだ? 金が獲れるからプロか? 違うね、俺たちの世界ではたとえプロになったって売れない作家は作家じゃない。それは、ゴミだ。ならば、プロの作家ってのはなんだ? 自分の最高の作品を持ってくる奴がプロだ。奴らには妥協が無い。そうやってそこそこって言われて喜んでるようだったら、例え運よく作家に引っかかったとしてもすぐに処分場に持って行かれる粗大ゴミだ。そんな性根だったら、あきらめた方がいいな」

 そう一方的に言われて電話を切られた。


             ・・・


 しばらく思考が停止していた。言いたい放題言われた。これ以上ないってくらい言いたい放題。私は何の反論もできなかった。

 また、振り出しに戻っていた。未完成でも、未熟でも、作品が面白そうだったら何とかしてくれるなんて。

 私は阿呆か。どこぞの大作家様にでもなったつもりだったのか。編集に何を期待していた。自分がこれ以上ないくらい面白いと思わせる。運よく作家になれても、立ち位置は底辺のまんまだろう。いや、作家の実力が高い分今よりずっと下の位置だ。そんな中、信じられるのは自分の実力だけ。ならば、自分が少なくとも絶対に面白いと思わなきゃ駄目なんだ。そういう世界なんだ。


 ちくしょう……あんなクソ江口にそんな事を諭されるんなんて。

 ……でも、私は悪くない。いつだって、そうだったじゃないか。間違えない奴なんていない。間違えたら、それを修正すればいいだけだ。江口め。偽江口洋介め。今に見ていろ。絶対にギャフンと言わせて見せる。あんたが面白いって唸るぐらいの作品を私は絶対に作ってみせる。

 だから、待っていろ。首を長くして待っていろ。

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