第5話 えっ……私って可哀想?


 それから、2年が経過した。仕事をいつものようにこなしながら、土日の休みは外にもいかず執筆に没頭。かと言えば、そんなに進むわけでもなく、つい、テレビやDVDに、他のヨムヨム小説に、漫画に手が出る。そして、手が出ればつい没頭して読んでしまう。掴めるか掴めぬか……恐らく掴めぬであろう栄光。そんなものに、真っ直ぐに必死に向かうことは異常だ。私には到底なしえぬ芸当。

 小説を書くものなんて、みんな同じなんだろう。人によっては家族だっているかもしれない。そんな繋がりなど全て捨て去ってしまったかもしれない。プライベートを充実しながら作家になろうと夢を見るもの、プライベートを犠牲にして作家を目指す者。各々選んだ道は違えど、時間は誰にも平等に流れていく。


 才能というものは残酷だ。各々に別々の才能を与える。そして、自分の才能に気づき、それを駆使して生きるの人なんて本当に一握りなんだろう。その才能は、磨かねば光らない。私たちは自分と言う石を磨き続ける。我こそは本物だと磨き続ける。それがいつか輝くダイヤモンドになることを信じて。もはや、それがただの石ころであっても、私たちは磨き続ける。泣きながら、あきらめきれずに。


 コンテストも5回目を迎えた。それから、私は書き続けた。あれから、江口とは連絡を取っていない。そんな暇がなかった。そんなことより自分の作品を面白くすることに傾けた。コンテスト3回目も、4回目も、結果は駄目だった。

 今、思えば1番結果がよかったのはコンテストの1回目だった。それでも、宣伝廚に立ち戻ることは無く、書き続けた。これでいいのかと迷いながら。自分の失ったものを横目で見ながら。


「結婚しました」

 大学時代の友達が、メールを送ってきたのはそんな時だった。嬉しさがはちきれんばかりの文章。それは、アレか。今なお、独身を貫き通している私への当てつけか――っといかんいかん。そんな陰険になった想いを必死に打ち消して、友達へ電話をかける。

「もしもし……ああ、花? 元気してた」

「元気元気、久しぶりだねぇ。結婚おめでとう」

「うん、ありがとう」

 その真っ直ぐな『ありがとう』にまたズシンと心が重くなる。

「でねっ、ごめん。私は式に行けないんだ。ちょっとここは仕事が忙しくてさ」

「ええっ……仕事なんて休めるでしょう?」

「うーん、ごめんねっ。何とかしたいんだけどこの時ちょうど東北に出張が入ってて」

 大抵はこれでみんなあきらめてくれる。もちろん、祝いたくないわけでは無い。でも、勘弁してくれ。今、私があなたを見ると、きっと私はあなたに嫉妬する。そんな目で私はあなたを見たくは無い。

「そっか……わかった。ねえ、花? 最近どう」

「えっ? どうって」

「ほらっ、花も、そろそろじゃん? 花なんていい奥さんになると思うんだけどなぁ」

「やーめーてーよー、私なんて全然そんないていないよ」

 そうおどけて見せるが、心にまた重荷がズシリ。

 きっと、私はみじめって思われてるんだ。可哀想って思われてるんだ。悪気のない友達の言葉が妙に悲しかった。

「あっ、ごめん。仕事あるからきるわぁ。凄い人使い荒いんだうちの会社」

「そっかぁ、羨ましいわ。私なんて、全然仕事なんて頼られてなくて。花は凄い」

「あはは、人使い荒いだけでそこまで褒められるんだったらうちの上司に感謝しないかんねぇ。じゃあ、きるね、本当におめでとう。じゃあね」

 そう慌てて切った。

 ちなみに今は土曜で休日で家でパソコンで執筆してる。思わずため息が漏れる。1回大きく背伸びをして、再びキーボードを叩きはじめる。


 私にとってのリアルは、もうここしか残されていない。このパソコン上だけの世界が最後の私のリアルなんだ。いいじゃないか、みじめだって、可哀想だって。私のその世界は本当の私じゃない。

 神よ……執筆の神様。普段私は神を頼らない。信心深い方じゃないし、こんな時だけ頼られるなんて神様もえらい迷惑な事だろう。でも、今回は……今回だけはどうか私を作家にしてもらえないだろうか。才能なんてない。若くもない。起承転結だってプロットだって書けない。陰険で、必死で、見苦しくて、卑怯で、それでも私なりに歩んできたこの道に、1つの答えを貰えないだろうか。

 金輪際、私に何も訪れなくてもいい。今回だけでいいから。いいじゃないか、奇跡の1つや2つ。減るもんじゃないだろう? あんたは神様なんだから。必死で祈った者には奇跡が起きるんだろう? なら、私にちっぽけな奇跡の1つぐらい起こしてもいいんじゃないか。


 それでも神様が私に微笑んでくれることは無かった。 

 

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