第3話 作家にしてくんないなら書きますよ
前回の続き
「じゃあ、私の作品を御社で書籍化してくれると言う話ではないと?」
そう尋ねると、江口さんは大きくため息をついた。
「あのね、花さん。あんた、コンテストに落ちたんでしょ? だったらなんでそういう発想になるかなぁ。あんたが望むように複製アカウントだって除外したよ。今後もあなたの言うように公正なコンテストが開かれるように誠心誠意努力する。約束するよ。でも、それまでだ。それ以上は無い。第1実力が足りてない。何より第2回目のコンテストがそれを証明しているじゃないか」
痛いぐらいの正論で攻めてくる悪魔編集者の江口さん。マズイ……非常にマズイ流れだ。このままでは、ただ文句を言われて地元へ帰ることになる。そんな事は許されない。そんな事は許されるはずがない。
[わかってもらえたかい? そこでだ、今度の掲載を取り消して貰えないかな。あなたが自主的にだ」
その江口さんの物言いに、不穏な空気を感じた。何か……様子がおかしい。これは、恐らく突破口があるか。
「……いやです! 私は書きつづけます」
そう答えた。きっぱりと。
「な、何を言ってんだあんたは!」
「むかつきました。ハッキリ言ってあなたのその物言いは人に依頼するものでは無い。人が人と接するときには、誠実であれ私は母からそう教わりました。不誠実な者の頼みは断固として聞きません」
そう言い切った。母親がそんな説法といてくれた覚えはないが自分が堂々と吐ける暴論を武装。ここは、ひいちゃだめだ。何か、この会合の裏には何かがある。
「ぐっ……こんなことをして作家になれると思ったら大間違いだぞ!」
「じゃあ、なぜですか? あなたはなぜ私の作品をBANしないんですか?」
そう尋ねると、江口さんの表情が一瞬ゆがんだ。
間違いない。ヨムヨム運営上層部の中で派閥争いが起きている。どういう理由か知らないが、かなり上の人が私の作品を気に入ってくれてるのだ。もしかすると、役員クラス。そして、反対する役員もいるのだろう。だっから、直接頼みに来たのだ。
「こんなことしたって無駄だぞ。作品はヨムヨムで書籍化されることは無い」
「私、書きますよ。ここでの事も」
そう言うと、編集者江口さんの表情が一変した。
よしっ、ここで一気にたたみかける。
「困るでしょう? 私はあなたのその態度も惜しげも無く堂々と書きますよ。そうすれば、あなた困るでしょう?」
江口さん、卑怯なやり方でまったく申し訳ないが弱みを見せた方が悪いのだ。あんたが誠心誠意お願いに来たのなら、私がこれを書くのも躊躇する。でも、あなたは私にゾンザイな態度を見せてきた。それは書かれるのは困るはずだ。そもそも、私の前にのこのこ現れた。それ自体の行為が困る可能性だってある。
「君は……卑怯だろう! こんなやり方で作家になって嬉しいか? みんな正々堂々とやってんだよ。君が正々堂々と戦えって説いたんだろうが。今更、そんなゲリラ戦みたいな事をするのか?」
江口さんが苦々しげに吐き捨てる。
「ゲリラ戦上等です。正々堂々と? 勘違いしないでほしいです。私は、決して正々堂々となんて戦っていない。私は今までずっとこうやって戦ってきました。8年ですよ、8年。もう、手段なんて選んでいる場合じゃないんです。だいたい、あなたが要件を最初からいえばこっちも落胆せずに済んだのに。期待持たせて作品消してくれ? 冗談じゃない。何のためにオシャレして名古屋まで来たと思ってんですか! 私は作家になるためにここまで来たんです!」
迫力で負けてはいけない。声は震えているかもしれないが堂々と謳いあげろ。劣勢な時ほど堂々と。
「ぐっ……」
「だいたい、何も大作家にしてくれなんて言ってません。私の作品を見て貰えればいい。いっぱいいるでしょう売れてない作家なんて。それでいい。それでいいから私をそこの末席に加えてくれればいい。後は何とか頑張りますから」
江口さんが沈黙した。
・・・
しばらく、沈黙が続いた。何を迷ってんだ。私と一緒に天下獲ろうぜ。あんた、こんな必死な作家見たことあるか? 絶対に必死にやれば何とかなる。もし私が、1億部突破したら、あんたに高級寿司でも何でも奢ってやる。何を迷う? だいたい、腐れ作家を1人担当に加えるだけだ。あんたには大してデメリットも無いだろう。頼むー、頷いてくれ。もう、私は手詰まりだ。ハッキリ言ってドンと手詰まりなんだ。
「……わかった。作品は」
え、江口さん……いや、江口様。
「ありがとうございます! これです。これを読んでみてください。今書いている新作です。題名は『マリアを殺せ』です」
そう言って、私は新作の原稿を江口さんに差し出した。
「ジャンルは?」
「現代ドラマ、長編です」
現代ドラマは、ここヨムヨムサイトこそ不人気かもしれない。だが、書店ではトップクラスに人気のある部門だ。当然、ヨムヨムもこの市場は手にしたいに違いない。
「……1回読んでみて、また連絡する」
そう言って江口さんは差って行った。
席に座って震える手で、ミルクティーをがぶ飲みした。
やった……チャンスを手に入れた。正真正銘泥臭くダーティーな手だ。圧倒的に卑怯すぎる手段。だが、私は切符を手に入れた。地べたを這いずりながら夜空の星を見上げていた。決して届かないと延ばすのをあきらめようとした時、もらった銀河鉄道の切符。待っていろ、月のウサギよ。宇宙に瞬く星空どもよ。
私はこれで作家になる。絶対に私は作家になるのだ。
まだだ、私の夢はまだ終わらんよ。
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