第7話 人狼事件
「安堂さんは、先月、新宿で人狼が出た事件を知ってますか?」
風守カオルは目を輝かせながら、安堂光雄を見上げた。
彼女の身長は160センチぐらいで、175センチの安堂光雄だと少し上目遣いになる。
猫科の動物のような身のこなしのカオルは黒いジャージ姿とはいえ、なかなか可愛かった。なんせ、まだ、13歳の女子中学生である。JCである。
いかん、少し背徳的な気持ちなったが、彼女あくまで大尉で自分は中尉である。
部署は若干、違うとはいえ、上官に対して不適切な態度を取るわけにはいかなかった。
「人狼事件は知ってるよ。かなりニュースになったからね。でも、都市伝説の類いじゃないのかな?」
安堂光雄は、風守カオルの意向もあって、言葉遣いは女子中学生に対する普通のものだった。
公安新宿支部から地下鉄の秘匿ルートを伝って地上に出たふたりは、新宿駅から歌舞伎町方面に歩いていた。
風守カオルの知り合いである、
実はその道場については、安堂光雄も以前、公安にいた頃、少し通っていたことがあるのだが、場所については少し曖昧になっていた。
その道すがら、最近、ニュースにもなった『新宿人狼事件』の現場を通りかかるというので、安堂光雄としても興味津々であった。
「実は今回の事件は神沢少佐も関わってて、人狼に遭遇したみたいてすよ」
「本当かい? それは初耳だな。あの人ならいかにもそういうことありそうだな」
何てこと言って話を合わしたが、神沢優については今日、会ったばかりであり、そんなエピソードを知らなくても無理はなかった。だが、いかにもありそうな話だった。
その時、すでに深夜24時は回っていたし、風守カオルの護衛兼送迎役として命を受けた安堂光雄は、今日の波乱万丈な出来事を思い返しながら、歌舞伎町に足を踏み入れた。
「秋月流の道場はこの先だよね?」
安堂光雄はスマホの地図で教えてもらった住所の光点を見ながら尋ねた。
「そうですね。歌舞伎町を抜けて、少し行った所の寂しげな街の一角にあります。ここは、私のような未成年には刺激が強い街ですが、断然、近道なので、いつもこのルートです」
風守カオルは派手なネオンに彩られた看板や、ゲームセンター、ファーストフードのお店を眺めながら答えた。
「お、魔法少女のコスプレとかもあるのか? オタク文化を取り入れた眠らない街、歌舞伎町の進化も凄いな」
安堂光雄は風守カオルに聞こえない声で独り言をつぶやいた。
風守カオルはゲームセンターのクレーンゲームの景品に夢中で、彼のつぶやきはスルーしてくれるはずだ。
「あれ! 安堂さん、あんなところに人が!」
風守カオルは大声を上げてビルの屋上の方を指さした。
「魔法少女? いや、魔女みたいな―――コスプレか?」
安堂光雄の視線の先のビルの屋上に、三角帽に魔法のステッキを持った、魔女みたいなコスプレをした少女が立っていた。
次の瞬間、その少女はビルから飛び降りたかと思ったら、安堂光雄たちの数十メートル先にふわりと着地した。重力を感じさせない動きである。
改めてみると、少女というより幼女のような小柄な魔女?だった。
「安堂さん、下がってください。あれは『魔法幼女』、つまり、『魔女』です」
そう言いながら、風守カオルは背中の直刀、
「『魔女』で正解だったのか! 『魔法幼女』、略して『魔女』だと略すことで意味が違ってきてる感じがするけど……」
安堂光雄はどうでもいいことを口にしながら、素直に風守カオルの指示に従った。
護衛役に任命されていながら、逆に守られるのも困ったものだが、専門外の敵であるのは明白だった。
「鏡の民」、つまり、怪異や妖魔などの専門家である風守カオルに任せるのが得策だろう。
こういう柔軟性と臨機応変さが安堂光雄の長所であり、それが神沢優が彼を部下にした理由だったのだが、何とも情けない気持ちになってしまうのも仕方なかった。
先月の『人狼事件』に続いて『魔女事件』となると、新宿にも神沢優が危惧していた異世界へ繋がるルートがあるのかもしれなかった。
「はじめまして、安堂光雄さん。風守さんは二度目ですね」
エメラルドグリーンの大きな瞳が印象的な幼女である。
髪も同じ色で、かわいらしいコスプレイヤーに見えなくもないが、周囲の空間が陽炎のように歪んでいる。
まるで、巨大な重力をもつ恒星が地上に舞い降りたように、幼女の周りの空気は重く、暗闇が果てしなく広がっているように見えた。
その時、風守カオルの愛剣、闇凪の剣が一閃した。
闇の空間侵食が少し和らぎ、幼女の姿もいつの間にか、十メートルほど後退していた。
「風守さんは相変わらず、怖いわねえ。今日はちょっと、安堂さんと話がしたいの。少し時間はあるかしら?」
魔女はにっこりと微笑んだ。
でも、何故か、背筋が凍るような感じがした。
「大丈夫ですよ。少しなら」
安堂光雄は仕方なく答えた。
その夜、ふたりは魔女の数奇な物語を聞くことになる。
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