4.飛べない翼
「我々の使命は妖魔から世界を取り戻すこと。君達は遥か昔失われた青い空へ人類を導く白隼の剣士だ」
入隊式にて、壇上で新兵達に演説するルイス総司令官の言葉を聞きながら、
「知ってるか? あの旗。周りの青は空。真ん中の城はマスィーフの要塞、そこにとまる白隼はカイトに乗った救世主を意味するんだぜ」
マスィーフおたくのジルが物知り気に言う。
「カイトって?」
翼がそう聞くと、
「お前そんなことも知らないのか? マスィーフが戦闘時に乗る空を飛ぶための補助装置だよ。まぁ、行ってみれば白隼の翼ってところだな」
となぜかジルは自分のことのように自慢げに言った。
「ああ、あれカイトって言うんだ」
「俺も早く乗りてーなー。あれに乗って自由に空飛べたらどんなに気持ちいーか」
夢見るように語るジルを尻目に、翼は、
「俺はそんなことより早くご飯が食べたいよ。あー、早く式典終わらないかな」
と言って、ぐーぐー鳴るお腹を両手で押さえた。
訓練初日——
これから三ヶ月間、新兵は訓練生として実戦は行わず、訓練所に集められて訓練を行うと同時にその適性を見極められる。もちろん、不適合と言う判断が下されればそこで隊を去ることになるし、訓練の厳しさから、自ら去るものも少なくはない。
そして、三ヶ月後に行われる最終試験に合格して初めて正隊員となり、各部隊へ配属されるのである。
「カイトの操作はいたってシンプルだ」
ラン教官が新兵達の前でカイトの上に乗る。
「乗って飛べと頭の中で命じるだけ」
するとカイトが浮遊し、ラン教官の身体が一メートルほど持ち上げられた。
「脳波から送られる微細な電波を感知して起動する。あとはバランスを取って左に右にと命じればいい。止まるも進むもすべて脳波によって感知するから、カイトの操作に必要なのは脳波を制御する精神力とバランス感覚この二つだけだ。何か質問は?」
「カイトの動源は充電によるものでしょうか?」
「動源は自身の振動による圧力を圧電素子によって電力に変換している。つまり飛び続けていれば永久に動き続けるということだ」
すげーな。と、興奮した面持ちで、ジルが翼に言った。翼もワクワクとしているのが見て取れる。
「じゃぁ、まずは習うより慣れろだな。実際にお前達も飛んでみろ。起動させることからだ」
ラン教官の指示で、新兵が皆、恐る恐るカイトの上に乗った。
フワリと浮いたものの、皆、バランスを取るのに精いっぱいで、動くことすらままならない。
ミルティオが空中に浮き、意識を集中し、その状態を保つ。隣で、ドシンとバランスを崩してカイトから落ちたジルがイテテテテとお尻を抑えながら、
「簡単そうに飛んでるから、すぐ乗れるのかと思ったら、案外難しいんだな」
と言った。
そんな中、まだスピードはないものの、手こずる新兵の中で、スーッと空中を動き出したものが一人。
「さすが伝説の剣士の子だな」
尊敬の眼差しで見つめる同期を、鬱陶しそうにあえて無視したレオンは、周囲を一周して元の場所に着地した。
「初日でここまで操作できるとは大したものだな」
ラン教官が感心の声をあげたとき、
「教官! このカイト壊れてんぞ!!」
と翼が手を挙げた。
カイトの上に乗っているが、うんともすんとも動かない。
「ちょっと、どいてみろ」
しかし、ラン教官が翼の代わりに乗ると、そのカイトはあっという間に動き出した。
「ぐえっ! まじか?!」
驚く翼。
「もう一度やってみろ」
言われて翼はカイトに乗るが、全くもって動かない。
結局、その日、翼のカイトが稼働することはなかった。
そして、その日以降、翼には「飛べない翼」というあだ名がついた。
「お前は雑念があるから、動かねーんだよ。どうせ、今日の夕飯は何かなんて考えていたんだろう」
帰り道、がっくりと肩を落とす翼にレオンが言うと、翼は反論もできずはぁとため息をついた。
「俺、クビかなぁ」
「まぁ、そう落ち込むなよ」
ジルが翼の肩をバンバンと叩く。
「俺だって結局今日は浮いただけ。五秒と立っていることだってできなかったしさ」
「稼働しただけいいじゃねーか。このまま動かなかったら、やっぱりマスィーフ追い出されるのかなぁ。戦闘員じゃなくてもいいから、防衛員か情報員として置いてもらえねーかなぁ」
「翼は、戦闘員じゃなくてもいいの?」
ミルティオが意外そうな顔をして尋ねた。
「マスィーフ追い出されたら、ここでの美味い飯が食えなくなるからな。背に腹は返せない」
「結局はそこかよ」
みな呆れた顔で笑った。
「お前のそのたいそうな名前は何のためにあるんだよ」
翌日も全くカイトを起動させられない翼に、ラン教官がため息をつく。
「お手上げだな。カイトが稼働しない奴なんて未だかつて見たこともない」
はぁともう一度大きなため息をついて天を仰いでみせたラン教官を翼はチラッと見ると、「教え方が悪いんじゃ……」と小さく呟いた。
「なんか言ったか?」
ラン教官の額に浮かぶ血管に、翼が後ずさりする。
「い、いや、別に……」
「お前の、この食べることしか考えていない空っぽな脳みそが、装置の稼働を妨げているんだろうがぁっ!」
突如、ラン教官は翼のこめかみを拳で挟み、グリグリと締め上げた。
響き渡る翼の悲鳴。
ラン教官は容赦せず力を込めると、
「空中に食べ物でもぶら下げとくか? そしたら食い意地の張ったその本能で飛べるんじゃないのか?!」
と怒鳴り声を上げた。
その一瞬の後、ふと手を止める。
「あるかも、しれねーな」
ニヤリと笑うラン教官。
翼はイヤーな予感がしたが、案の定それは的中した。
「……教官、本当にやるんですかー?」
教育棟の屋上から、エディ副教官が嫌そうな声を上げる。
「あぁ、これしか手はねぇ。こいつの脳みそは食べると言う本能しか働いてねーからな」
「重いんで、早くしてもらえますかー?」
屋上から伸ばした棒を持ったまま叫ぶエディに対し、ぶすくれた顔でカイトに乗る翼。
「新兵いじめで訴えてやる」
「いーから、ぶつくさ言ってねーで、早く飛べよ。お前の大好きな肉の塊だぞ」
ニヤリと笑うラン教官を翼は一睨みした後、肉の塊を見上げながら、
「飛べたらあれくれるんだよな? 約束だぞ?」
と何度も念押しして、体勢を整えた。
「なんだ、結局やる気満々なんじゃねーか」
ラン教官は肩をすくめると、一歩後ろに引いて翼の動きを見守った。翼が真剣な表情でカイトを見つめる。他の新兵もまた、その見世物を茶化しながらも、静かに見守った。
飛べ……。
翼は心の中で念じる。けれど動かない。
飛べ……。
動かない。動かない。動かない。
「くっそぉ! 飛べって言ってんじゃねーか。飛べ飛べ飛べぇぇぇぇっ!!」
翼が叫んで地団太を踏んだ。けれどちっとも動く様子を見せないカイトに、「ダメか……」とラン教官ががっくり肩を落とした。
それを見ていたジルが、堪え切れずプッと噴き出す。
「翼も翼だけど、教官も教官だよな。肉吊るすって……」
「ジル、貴様も笑える立場か?」
「あ、いや、それは……」
「少しはコントロールできるようになってから、人のことを言え! さっさと飛行訓練にもどらんか!」
噛みつかんばかりの勢いで怒鳴られ、ジルは慌ててカイトを起動させた。
ヨタヨタと浮き上がるカイト。
そこへ、「教官。もう撤収しますよぉ」とすっかり忘れられていたエディ副教官が屋上から叫ぶと、ラン教官は何も言わず、手だけで早くひっこめろというジェスチャーをした。
指示を受け取ったエディが棒を引き寄せたその時——
宙に伸びた棒が限界までしなり、バキっという派手な音と共に、肉の重さに耐えかねた棒が真二つに折れてはじけ飛んだ。そのまま地上に向かって落下する。
その下には浮き上がれどまだ自分では自由にコントロールのきかないジルがヨタヨタしているところだった。
「ジル、危ないっ!」
翼の叫び声が響き渡った。
その一瞬後、その場にいた誰もが驚くべき光景を目にして息をのむこととなる。
右手にジルを抱え、そして左手に肉の棒を掴んで空中に浮かぶ翼の姿。
みな呆然と空中を見上げその場に佇んだ。
「嘘、だろ……? いつの間に……」
あまりに早くてまるで瞬間移動したようだった。
驚くラン教官の前で、みなの注目など気付きもせず、「ひゃっほー」と翼が叫んだ。
「やったー。肉ゲットー!」
「そこかよ……」
飛べたことより肉を手に入れたことに歓喜の声をあげ、「教官、約束だぞー」と念を押す翼に、ラン教官が呆れた顔でチッと舌打ちをした。
「分かったから、さっさと降りてこい」
「ラン教官!」
「なんだよ、肉はやるって言ってんだろ! うるっせーな」
「降りられねー」
結局、その後、翼のカイトは動くことはなく、ラン教官によって抱えられて降りることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます