第8話 些事の階段
捜査としての一日目。足場を固める為に行った、町長さん達との話し合いは拍子抜けするほどあっさりと終わり、こちらの要求した内容がすべて通ることになりました。正直なところここまで素直に聞いてもらえるとは思っていなかったので、それなりに対策を考えていましたが、全て無駄になってしまいましたね。
その調子で姉さん達のところへ戻る足取りも軽くといけば良かったのですが、全てが順調にいくなんて気持ちの悪いものです。
「町長のお孫さんも行方不明なんですよ。消防の所長も娘さんが行方不明。他の役員質も大体家族の誰かが行方不明になっています。だから、本来であれば全員が捜査に協力したかったのでしょう。けれど、先頭に立って探し回るには、立場が邪魔をします。もしかしたら、この町においてあなた達の来訪を一番喜んでいるのは彼等かもしれません」
単純に納得出来なかった。私のような小娘の意見にうなずいて、こちらの提案に反対することはなく。質問するとしても何をすればいいかだけなんて、あの年齢の方々の対応としては違和感を感じるしかない。まるで最初から決まっていたような、私の意見には反対することなく全て従おうと決めていたような、そんな違和感。
特別民間協力者としての証明書は提示しました。操作の方針についても、協力して欲しいことについても説明しました。だからといって、おかしいでしょ? 全員一致で賛成だなんて、諸手を挙げて賛成だなんて、普通にはないでしょ?
この疑問を解消するのがどこまで重要であるかは不明ですが、放置するにはあまりにも気持ちが悪かったので、帰りに道に諏訪さんを質問攻めにしています。
「責任は重大ですがありがたい話ですね。多少揉めたところで解決できるように、いくつかの対策を考えていましたが、良い意味で無駄になりましたね」
結果として、町長さんが指揮する形で見回り部隊が結成され、町役場の皆さんも全面的に協力してくれることになりました。これにより詳細な地図と住民の変動、そして神社についての細かい情報を手に入れることが可能です。
山中の調査に関しては、消防署の隊員と猟友会のメンバーがあたりをつけ、一カ所ずつ調査するとともにビデオカメラの設置が検討されます。こちらの要求通り怪しげな物には触れることなく、即座に諏訪さんか私の携帯電話へ連絡が入ることになりました。
出来過ぎだと思えるほどの成果、姉さんや田中さんも喜んでくれることでしょう。しかし、これは本当に喜んでも良いものでしょうか? 自分の家族が関わっている事件だというのに、私の意見が全て通るだなんておかしくありませんか? 心配だからこそ、自分の手でどうにかしようとあがきませんか?
「可奈さん、もしかしたら今あなたは疑っているかもしれません。話が素直に進み過ぎていることについて、疑問を抱いていることでしょう。しかし、この町の人達はもう疲れ果てていて、言い争う気力がないだけだと理解して下さい。言われていることを信じるしか、すがるものがないのですよ。私達素人には、既に打つ手がないんです」
「私のことを情報提供者とするなら、まだやれそうなことはりますが。まぁ、良いでしょう。こちらにとっての不都合はありません」
行方不明になって既に五日が経過している。小さな子供であれば、体力的な問題から危険な状態に突入していたとしてもおかしくはない。それを心配し待っている家族というものは、精神的にくるものがあるのでしょう。初日なんて、町の人が総出で捜索したとも聞いていますから。それなのに、すんなりと指示に従うということが、心の安定につながるとは考えにくいのですが、これは私が疑い深いだけなのでしょうか? それとも、まだ見えていない町の事情があるのでしょうか?
「諏訪さんは平気そうですね。失踪者についても心配しているだけで、不安になっているようには見えませんが?」
この町の駐在として、心配はしている。それは態度だけのものには見えず、心から心配していることがうかがえる。昨日だって寝る間を惜しんで電話をかけ、少しでも話しやすいようにと役員のプロフィールなどを作成してくれました。
けれど、それだけです。心配しているだけで不安になる様子はなく、様子は落ち着いたもの。警察官としては当然なのかもしれませんが、駐在と言えば町の人との距離も近いはずです。多少の揺れは許されるものではないでしょうか? そちらの方が、人間らしいと思いますよ?
「自分は警察官ですから、それなりに覚悟を決めて生きています。この三輪町へと転勤になる前に担当していた地域が、治安がよろしくないところでしたから、そちらも関係しているのかもしれませんね。地域課に属する巡査でしかないのに、事件の情報が耳に入ってきました。そちらは人間の起こしているもので分かりやすい事件が多かったのですが、悲惨なものもありましたから」
「なるほど。大変なご経験をされたのですね」
私の理解の及ぶところではありませんが、警察官というのはそういった側面も持ち合わせているのでしょう。悲しんでいては仕事にならない、事件が起きるたびに涙を流しているような暇はない。いわゆる、死体なら見慣れているといったところでしょうか? 良いことだとは思えませんが、非常事態の時ではあてになり頼もしい限りです。田中さんの組織を気にしていたのも、私達が事件に関わっていること自体を気にしていたのも、それの延長線でしょうか? 諏訪さんにとってどれだけ有用か、役に立つか図られていた可能性もあります。まったく、人が良い巡査さんだと思っていたのに、結構な食わせ者ですね。駐在に選ばれるのがこういった方ばかりなのであれば、今後は気を付けた方が良さそうですね。
「自分としては、この町でこのような大事件が起きることを想定はしていませんでした。当然、望んでもいませんでした。のんびりと出来る町だと、穏やかに過ごせる街だと思っていたのに残念ですよ」
のんびりとしたいと願うのなら、警察官を辞めるのが正しい道のように感じますが、そこは突っ込んではいけないのでしょう。彼のように心の強い人こそ、警察官として頼りになりますし今までの経験も勿体ない。活かせるものを無くしてしまうのは、損失でしかありません。
ただ、今回の事件の後でも警察官を続けて欲しいと願うのは、私のエゴでしかなく我儘でしかありませんよね。特にこの地に留まり続けることを願うのであれば、それはひどい話になるでしょう。
「少し先の話にはなりますが、アンティークの事件に関係してしまった警察官は、移動申請が確実に通るようになります。この地での勤務に思うことがあるようでしたら、申請してみて下さい。優先的に聞き入れてもらえますよ」
「ありがとうございます。検討してみますね」
もちろん、今回の事件で命を落とすことがなく、警察官を続けられる状態であればと条件が付いてしまいますが、この町に残り続けるよりはずっと良いはずです。トラウマを抱えた状態で、アンティークに関するトラウマを抱えた状態では、次の物語を呼び寄せてしまう可能性もありますので。自分自身が感染者となり、悪意をばら撒いてしまわないように気を付けてもらうしかありません。
そして、正直なところ言ってしまうのであれば、事件が発生してから五日も経過している状況で、失踪者が無事だとは思えません。子供役としてさらわれただけだったとしても、体力の少ない小さな子は既に命を落としている可能性があります。生きていたとしても、後遺症や心の傷が残るのを避けられないでしょう
もちろん、可能性でしかなく無理に絶望を与えることもないので、誰にも話していませんが。希望的な観測にすがろうとすると、大体裏切られることになりますので。最悪と思える事態を想定し、そこまでいってなければ幸運だと思う方が心が楽になります。常に傷を負い続けるように構えては、苦しいだけですから。私もそうやって、事件との折り合いはつけているつもりです。
「さて、お話が思ったよりも早く終わりましたので、私達は早速調査に入りましょう。町中に関しては確認程度であり、何かが見つかるとは思っていませんので。今日中に消化出来ると、ありがたいです」
町役場にはすでに連絡が行っており、職員総出での資料作りが進んでいると聞いています。あまり分厚いものを作られても、現場では役に立ちませんが、さすがの私もそこまでは注文をつけられません。何かすることを得て、心を安定させる方もいますから。それをわざわざ奪うようなことは言えませんよ。
「了解しました。少々時間は遅くなってしまうかもしれませんが、出来る限り回ってしまいましょう」
不安にはなっていないけれど、心配はしている。そんな諏訪さんであれば、断ることはないと思っていましたが、予想違わずといったところですね。
「しかし、町中に何もないとするのなら、可奈さんの本命は山中ですか?」
「何もないとは言いませんが、その可能性が高いのではないかと感じています。当然のように感じているだけであり、はっきりとした確証はなく、説明がまだ出来る段階ではないものですが。神社の周辺が怪しいのではないかと、私はにらんでいます」
推測を口にするのは危険です。相手の認識を上書きしてしまう行為であり、思考の幅を狭めてしまう、視点を削ってしまう行為につながります。それによって得られるのは僅かな安心感と、不確かな道標だけでしかなく、抱えてしまうことになるリスクの方が大き過ぎて、いつもであれば口に出すような真似はしません。
ただし、誰かと捜査方針を共有したいのであれば、推測であったとしても口に出してしまうのが有用です。口にする時に注意は促しますが、表に出してしまいましょう。
「推測はそれを成り立たせる為に、手持ちにある情報を消費してしまう行為です。それによって発生するリスクは無視出来るものではありませんので、話半分程度で聞いて下さい」
これから展開される話は、あくまで私の推測であり、妄想でしかない。それを成り立たせることの出来る情報は手にしていますが、ここで消費してしまうのが正しいかと問われれば、首を横に振ることになるでしょう。しかしながら、捜査方針を立てる上で、優先度を決める上でなら使っても良いような気がしてしまいます。
思考の分散化。本来であればそれを意識し続けて、自分だけでも多角的な考え方が出来るように注意すべきなのですが――今回については、速度が求めていかなければ意味がなくなります。状況をかんがみるのであれば、危険性を飲み込んででも推測することに、意味を見い出せるのではないでしょうか?
「アンティークが物語を展開するのには、特定の条件が必要だとお話ししました。エネルギー源となる感染者がいること、物語にそぐった配役が出来ること。そして、展開される土地に霊的な守りがない状態というのが含まれています」
「守りがない状態ですか? 自分には良く分かりませんよ、それ」
「私としても理解したい意見ではありませんが、アンティークの存在自体がオカルト的ですから、無関係と切り捨てることが出来ません。神社が機能しなくなったことが、今回の条件に組み込まれている可能性があります」
神社とはその土地を守る為に建てられることがあると聞きます。私としてはお寺との差が分からないような、あいまいなものでしかありませんが、ちゃんとした意味を持って存在しているようです。
「山中での行方不明も、アンティークが昔からこの町に存在して、物語が漏れ出していたのではないかと、そういった話ですか?」
「そこについては断定は避けたいところですが、可能性として見るのであればありでしょう。行方不明になっていたのが子供でなかったとしても、神社の圧力を受けた影響で物語が歪んでしまっていたとすれば、大筋としては外していません」
元々、笛吹き男に連れられて行方不明になってしまうのは子供だけ。時代背景を考慮に入れれば今回の事件ですら歪んでいるのだから、そこについては集中的に話さなければいけない要素はありませんね。歪んでいるのは年齢という部分のみであり、それ以外の条件については整っているとさえ言えます。物語としての矛盾は、少ない方です。
「これについては、ハーメルンの笛吹き男の結末を植民によるものとする説を支持すればいいだけですね。十三世紀のドイツ地域はあまりにも多くの人口を抱え込み過ぎて、長男以外は農奴になるしかない状況でしたから。その為、東方に存在していた植民地での開拓を請け負う、ロカトールという職業が成り立ったほどです。熟練のロカトールは言葉巧みに若者をかどわかしたといいますから、これは音さえ耳に入る状態にしてしまえば、物語としては成り立ってしまいます」
木の葉のこすれる音、風が草木をなでる音。小鳥の鳴き声に、虫の羽音。そのどれもが小さなものでしかないけれど、組み合わせれば言葉として使うことも可能であり、山彦と呼ばれる現象に至ってはそのまま人の言葉だから。誘う手段には困らない。迷子になってしまっているのなら、すがるものがない状態でなら、人は簡単に信じてしまう。
「駐在所での打ち合わせや、先ほどのお話でも思い知ったつもりでしたが。可奈さんは博識ですね。自分はそんなこと、全くしりませんでした」
「人間、命の危険に晒されるような経験をすると、その対策を立てずにのんびりしていることは出来ないみたいです。私だって、アンティークに関わることがなければ、こんな知識を持ち合わせることもなかったでしょう」
私は頭のいいほうではありません。事実として、童話を読み漁り、その考察を読み漁ることに時間をとられてしまうことにより、学校の成績はボロボロ。担任の先生には将来を心配される始末です。
今の私にとっては目的を果たすことが大切で、自分の将来なんて二の次ですが、このままでは姉さんに心配をかけてしまうことになりますので、どうにかはしたいんですけどね。こういった時、自分の不器用さが嫌になります。一つのことを集中的に処理してしまう、そんな不器用さで得することはないんですが。
「まぁ、良いじゃないですか。諏訪さんに納得していただける程度には、私の知識も役に立つということで置いておきましょう? 今重要なのは、行方不明について納得して頂けるかどうかですよ」
褒められても何も出ないし、今の段階で褒められても困ります。推測を重ねることなんて、誰にでも出来ますよ。私は単純に慣れてしまっただけですから。
「口にされている言葉を疑ってはいませんよ。単純に驚いているだけです。何より、そういった考察が可能なのであれば、行方不明にも説明がつきますから」
「手持ちの検討材料で判断すれば、説明は可能だと思います。ただしこの推測が事実となれば、少々面倒ですね。アンティークの所在として、あまり候補には入れたくなかったところ、神社の敷地が上がってしまいます」
「神社の敷地だと、何か問題がありますか? 先にお話しした通り、既に潰れていますので神主さんに怒られるようなことはありませんよ?」
怒られるかどうかなんて、心配もしていませんよ。正式に捜査許可の出ている状態では、協力を要請する書類を作るのにも電話だけで済みますからね。届けてもらうのには少しかかりそうですが、県警の本部からでも二時間程度ですよね? 今から連絡を入れておけば、明日の朝には届いていますよ。
私が神社を候補に入れたくなかったのは、全く別の理由です。
「神主さんに怒られる程度であれば、問題視することはありません。単純に荒廃した建物というのが、厄介ですよ。隠れ潜むところはいくらでもあり、外から様子をうかがうのも難しいです。雑草が伸び放題の状態であれば、アンティークを隠すことも可能です。感染者を捕らえるのは危険なので、出来る限りアンティークを見つけてしまいたいのですが。その難易度が跳ね上がってしまいます」
「感染者は基本的に人間ですよね? それなら、隠れるにしても限度がありませんか?」
どこまでのラインを人間と定義しても良いものか、どこからを人間ではないと定義すべきなのか。それによって大きく異なるものは、質問としては不適切ですよ。ただ、基本的にな構造は人間であり、形を保っていることが多いのが事実ですね。
「どの程度人間としてのものを保っているかは、その時々、事件次第で異なりますから、前例はあてにはなりませんが。時にはその物語に出てくる動物を模していることもあるようですが、基本的には人の形をしていることが多いですね」
「その結果として、肉体的な強度が生物を上回る形で増していることはありましたか? そうでないのであれば、人数と数をそろえればどうにか対抗出来そうですが」
「心臓を撃ち抜いても、頭を切り離しても、それだけで活動が止まることはありませんよ? どちらかと言えば、飛び散る体液によって周りが被害を受ける可能性の方が高いので、お薦めは出来ません」
人型をしているから、拳銃が通用するかもしれない。そういった考えを持っているなら危険です。田中さんが伝えたのは対応が出来るということではなく、用途を限定してしまえば何か使えるかもしれないので、考えて欲しいということ。それを勘違いして理解していたりしませんか? それは命を縮める結果につながりますよ。
また、感染者の血液や体液はそれだけで危険な物です。触れることがないように、出来ることなら近付くことも避けた方がいいのですが、諏訪さんは何を思いついてしまったのでしょう? 危険性を把握した上で、口に出そうとしていますか?
「危険なのは承知しています。その上で提案するのが、猟銃の使用です」
「提案されても困るのですが、何か画期的な使い方をされるのでしょうか?」
猟友会があるのであれば、猟銃も存在しているのでしょう。日本で許可の取れる数少ない武器ですから、頼りたくなる気持ちも分かります。けれど、過信はいけませんよ?
「自分の所持している拳銃とは違い、猟銃は散弾を使用します。その為、貫通力は低いのですが面での制圧力に優れています。この町には十丁以上の猟銃が存在しますので、猟友会のメンバーの協力が得られると仮定して、人間と同等程度の耐久力しかない感染者なら足止めが出来るのではないでしょうか? 集中させてしまえば、粉々にしてしまうことも可能かと思いまして」
諏訪さんの頭の中では、猟銃を構えた状態で感染者を取り囲んでいる光景が浮かんでいるのでしょうか? 確かに、強度が上がっていないのであれば出来そうな気がしてしまいますが、いくつか問題もありますよね。お互いの散弾で傷つけあってしまうとか、恐怖のあまりに狙いがブレてしまうとか、そういった部分は考慮しない形でしょうか?
「遭遇した場合はそれで足止めをして、その間にアンティークの捜索、解体というのはどうでしょう?」
「危険過ぎます。確かに人型をしていることが多く、四肢を潰すことが出来たのなら、移動速度を鈍らせることも可能でしょう。けれど、相手は感染者でありアーティファクトの操り人形ですよ? 痛みで止まることはなく、恐怖を感じることもありません。最悪の場合は、銃弾が聞かない可能性があります」
痛みを与えれば止まるものではない、足が無くなったくらいで止まりはしない、腕が吹き飛んだところで止まりはしません。その体が形を保っている間は、何らかの抵抗をしようともがき続けるでしょう。その際に飛び散る血液や肉片が、どのような影響をもたらすかは未知数です。劇薬のように周りを溶かしたり、そこから何かが這い出てみたり。普通では考えられないことのオンパレードですよ? それなのに、猟銃で対抗するというのですか?
「こういった推測も危険なので、あまりやりたくはないのですが、感染者が不死性を兼ね備えていることもあります。それを考慮されていますか?」
「不死性ですか? 漫画やドラマじゃないんですよ? なにより、そこまできてしまうと、人間と呼べない気がしますが」
「感染者は人型であることが多いだけで、人間だったものに過ぎません。ゾンビや幽霊だと思った方が近いですよ。例に出すとして、私が知っている感染者には、全身が強酸性の泡になっていた事件があります。飛び散る体液は周辺を溶かし、触れたものを溶かしていました。そんな状態の相手に、銃弾が有効かと問われれば微妙なところです」
触れることで相手を溶かしてしまう。自分の体をも溶かしながら移動するので、残っている足跡さえ、そこに存在する血痕さえ物を溶かす凶器となる。彼に殺されたものはしたいすら残らず、彼の死体が残ることもなかった。
「今回の可能性で言えば、人の形に集合しているネズミになっているとか、ヴェーザー川としての配役を受け液体になっているとか、そこに失踪者が飲み込まれているかもしれません。撃ち込んでも意味がない場合と、撃ち込める状況ではない場合が、どちらもあり得ます。配役されてしまうと多少の物理法則なら乗り越えてしまいますから、感染者に通常の手段で対抗出来ると考えるのが危険です。アンティークの解体の為に時間を稼ごうとして頂けるのはありがたいのですが、武力で制圧しようとする提案は残念ながら採用出来ません」
姉さんは今までにもいくつかのアンティークを解体しています。その技術を私は信じています、疑ってはいません。
けれど、アンティークの解体作業というのはすぐに終わる物ではありません。どれだけ高度な技術を持ち合わせていたとしても、どれだけ現場になれたとしても、そこが変わることはないでしょう。何よりも安定して作業を出来る状態を確保しなければ、作業に取り掛かるのすら難しいでしょう。
どの程度足止め出来るか不明な状態で、姉さんに作業をお願いするのは妹としても却下します。
解体作業を始めれば、アンティークを守ろうとして感染者は凶暴化する可能性があり、田中さんが守っているなら大丈夫なんていえません。その時にどういった変質が起きてしまうか、どれだけの被害になってしまうか、ただでさえ読めないというのに。それ以上のリスクを抱える形での解体作業なんて、採用出来るはずないでしょう?
「アンティークを解体する間、なんとかして足止めをしようとするのはアイディアとしてはありですが。その手段にあまり攻撃的な物を選んでいた場合、通用しなかった時の対応が遅れてしまいます。無駄に被害が広がる可能性がありますので、選択肢としては考えないで下さい。今の猟銃にしても、挑発の為になら使えるかもしれませんが、それをもってして感染者をどうにか出来ると考えるのは危険ですよ」
「そうですか? 散弾であればそれなりにいけると思ったんですけど」
散弾でどうにかできるのは人間であり、感染者ではありません。自然界に生きるものでも、大型のクマには殆ど通じないのですが、ご存じではないのでしょうか? どれだけ威力があろうとも、どれだけの面積を制圧出来たとしても、それで得られる時間は短いものです。
「諏訪さん、確認したいことがありますが。猟銃というのは連射が可能なタイプではありませんよね? そうなると、弾の装填をしている間に全滅、アンティークを分解している姉さんが襲われて、事件が未解決になる。誰も助からない未来もありえますが、そのリスクを自ら引き寄せますか? それとももう少し安全策を探しますか?」
物言いとしては随分と厳しいものになるでしょう。諏訪さんの提案を却下した上で、抑え付けなければいけない。別にそれが問題だとは思っていないし、姉さんが危険に晒されずに済むのであれば私が嫌われる程度、安いもの。ついでに猟友会の方々の命も救えるのだから、本当に安いのですが。別の問題が浮上してしまいますね。
「事件が発生してからの経過日数上、焦りが生まれるのは分かります。どうにか出来るかもしれないと、手持ちのカードでどうにかしなければいけないと、そのように思い詰めているのも分かります。けれど、私達が失敗するということは、失踪している百三十人の命が途絶えることに繋がります。それを自覚して下さい、私達の命は結構重たいですよ」
私達の命が尽きるということは、事件が未解決に終わってしまうということ。情報を持たない町の人では、解決するのは非常に困難でしょう。失踪している人達が助かる見込みもなくなってしまいます。そんなリスクを抱えてまで、実行することに意味があるとは思えません。諏訪さんの焦りを消化する為だけに、行動を起こしてはいけないんです。
「配役というのは厄介ですね。どうにも自分の考えが甘かったようで、申し訳ありません」
「いえ、こちらこそきつく言い過ぎました。諏訪さんが何を願っているかは、理解しているつもりなんですけど。指揮権を預かっている身としては、認められないものがあることを理解していただけると、助かります」
私が采配をミスれば、人が死ぬ。自分ではない誰か、自分を含めた誰かが死んでしまう。そんな状況になってしまうことを肯定出来ないから、助かる命まで注ぎ込む必要はないから、私は考える。少しでも安全な方法を、確実性高い方法を考えます。
先ほどお会いした顔役の方々は、全員が疲れた顔をしていました。どうすればいいかわからず、先を見通すことが出来ず、今までの経験が何も役に立たない。自分が助けるはずの相手が消えてしまい、自分の大切な物が消えてしまった。そんな悪夢のような世界で、自分の無力を思い知る。そんな状況で提案してしまえば、それが成功率の低いものだとしてもすがってしまうでしょう。
諏訪さんはそれが分かっているはずなのに。失敗してごめんなさいでは、許されないと知っているのに。焦りから、口にしてしまったのですか? それを止めるのも私の役目ですが、今回限りにして下さいよ?
「既に事件発生から五日が経過しています。自分の子供はいませんが、小さな子供が衰弱していないか心配するのくらいは自由でしょう? 子供を見つけられていない、見つけたとしても連れ戻すことの出来ない今、何とかして感染者に対抗する方法だけでも見つけたいです。それは叶わぬ願いなのでしょうか?」
「その自由を認めていては先には進めません。どうにか出来るかもしれない手段という、希望的観測が入っているのも危険です。最悪でもこの程度は通じるはずだと、このレベルは保証出来ますと、胸を張れる提案を出して下さい。情報が足りないのは事実です、急がなければいけないのも事実です。しかし、いたずらに行動を起こせば、私達以外の人も死ぬことになりますよ? 諏訪さんは、そんなこと望んでいないでしょう?」
厳しいことを言っているのは分かっています。対案を出すこともなく、潰してしまうような形は良くないと、思いついてすらいない人間が、求めて良いものではないと分かってはいます。それでも、駄目なものは駄目なんですよ。多少の命が失われているのだとしても、これから失われていくのが分かっていたとしても、それ以上の数を救うことにつながるのなら動くべきではありません。
これから私達は情報を収束させていく必要があります。捜査する範囲を絞り、アンティークの所在について絞込みをかけていきます。その過程でミスをしてしまうかもしれません、失敗してしまうかもしれません。けれど、そのことについて反省以上の沈み方をするわけにはいかないんです。失敗したからといって、止まることは出来ませんよ?
落ち込んでも話は進みません。塞ぎ込んでも事件は解決しません。なによりも傷ついた人は苦しみ、死んでしまった人が苦しんだ現実が、なくなることはありません。それは被害者についても同じです。早く助けられるのは理想でしかなく、もしかしたら一人も助けられないかもしれません。既に全員死亡していて、既に変質が終わっていて、人間として生きられる時間は終了しているのかもしれない。それでも私達には理由が必要だから、失踪している子供達を助けるという名目を掲げるんです。実際には助けられない可能性があると理解しながら、それでも前に進む為の言い訳に利用しています。
本当に助けられたのなら幸運です。助けられなかったとしたら、それこそが現実の厳しさでしょう。そうやって受け入れた上で、事件を解決しなければいけません。例え子供達の死体で山が築かれていたのだとしても、私達はその上を踏みつけて歩く、そんな強さが必要とされます。人間味のある対応なんて、望まれていません。
寓話として、ドラキュラのような残酷な物語に当たる可能性があります。危険だから手も出したくありません。
童話として、青髭のような恐ろしい物語に遭遇する可能性があります。怖いから逃げ出したくなります。
創話として、狼に配役されてしまい水に沈められる、そんな未来もありえます。わが身可愛さに、見なかったことにしたい。
それでも、私達は手を引くわけにはいかないんですよ。
安全なんてものは確保出来なくて、誰かの命を危険に晒すのは簡単で。それでも生きて帰らなければ明日はないから、私達は知恵を振り絞って生き残る為の手段を考えます。多数を助ける為であれば、少数を切り捨てることも視野に入れるしかないんです。
私達は今日までそうやって生き延びました。その結果として、事件を解決しています。それをある程度は分かってもらわないと、諏訪さんを頼るのは難しくなってしまいます。勝手な提案を現場でされては、取れるはずの手段に制限がかかってしまいます。どれだけの経験があり、どのようなスキルがあったとしても、緊急時に頼ることが出来ないのであれば、お渡し出来る情報を絞ることにもなるでしょう。それは、こちらも望む形ではありませんよ?
「全てを説明していない、理解してもらっていない状態で、分かって下さいというのが難しいのは知っています。それくらいはこちらも把握していますが、理解してもらえるまで話そうと思えば、残りの捜査可能日数を大幅に超えることになるでしょう。物語についての話を始めれば、一か月以上は必要です。それでは誰も助けられず、アンティークの解体すら難しいものになります。この事件における被害は、全てが無駄になってしまい、何も出来ないままで終わりを迎えてしまう」
アンティークとは何か、誘い人とは何か。そういったところから始めてしまえば、説明に終わりなんてありません。今も日本のどこかでは、アンティークによる事件が発生していて、ここではないところでも人命が失われる危機が起きています。それに対応しているのが誰か、対応出来ているのか、そういったところは不明です。それでも、ずっと対応し続けることで蓄積された、ノウハウというものがありますから。無抵抗のままに終わるような、結末だけは避けています。
「私達が何の為に呼ばれたのでしょうか? こういった事件が起きてもいない現場で、説明して回る意味は何でしょうか? そして、誰がその話を信じられますか?」
「それは……」
質問攻めにしても、諏訪さんは委縮してしまうだけでしょう。けれど、今は構いません。それで思い留まってもらえるのなら、誰かの命が失われずにすむのであれば、しっかりと委縮してもらいましょう。こちらの方が多くの情報を持ち合わせていて、現離れしているのも事実です。
「そこに加えて忘れないで頂きたいのは、神社に感染者がいるというのはあくまで可能性ですよ。そこに何も存在しないというのも、想像の内ですからがっかりしないようにお願いします」
情報を手に入れた人間は、時に勘違いをしてしまいます。手持ちの情報が全てであり、その情報こそが正解であると思い込んでいしまうことがあります。それが悪いことだと決め付けることはしたくありませんが、思い込みは人を殺します。向けるべきではない方向へと、足を進めるきっかけを作ってしまうでしょう。その時になって、踏み出してから間違いに気付いたとしても、遅いんですよ?
失敗した後で、再び立ち上がれるだけの気力はありますか?
「がっかりすることはありませんが、厳しいですね。そうなると、手がかりがなくなるのではありませんか?」
「元々手がかりなんて呼べるものはありません。またゼロから探すだけですよ」
普通の捜査とは違う。それを最初に説明はしたはずですが、少し話の進め方を間違えたかもしれませんね。町長さん達に取り次いでもらう為に、この町での自由度を確保する為に、諏訪さんを経由するようにしていましたが、それが警察官としての、普段の彼を呼び起こしてしまったのでしょうか?
「諏訪さん、アンティークの引き起こしている事件は、通常のものとは違うと説明しましたよね? つまりは、手がかりなんて存在しなかったとしても、それが当たり前なんです。ちょっとした出来事から考察して、被害者の共通点を無理矢理にでも見つけて、推測するしかないんです。百三十人の死体が並ぶまで、信じてもらえませんか?」
これが最後のカード。彼を捜査する側に、私達の近くに置いておく為に使える最後のカード。
これを伝えた上で理解出来ないと言うのなら、外れてもらうしかない。ただの情報提供者として、輪の外にいてもらうしかありません。それがみんなの為であり、諏訪さん自身の為。捜査を進めるのにも必要なことになってしまうでしょう。折角協力してもらっているところ、残念ではあります。でも、好んでリスクを抱えていられるほどに、事件は安穏のしたものではありませんよ?
「そこまで言うつもりはありませんでしたが、怒らせてしまっているみたいですね。申し訳ありません、どうにも自分のペースにしようとしているみたいです」
「別に諏訪さんのやり方にしようとするの自体は問題ありません。ただ、そうした場合のリスクを把握されているようには見えませんでした。経験していただくのが一番早いのですが、そうもいかないので。言葉だけで分かって頂けるよう私も努力しますので、諏訪さんも協力して下さい」
私の対応は、大人といえるものなのでしょうか? それとも、子供が背伸びをしているだけに過ぎないのでしょうか? こうして一対一で話しているとボロが出ているように感じます。それが原因で、諏訪さんに届いていない可能性がありますね。遠慮は必要ありませんが、引くことを覚えるというのもまた、成長へとつながるものなのでしょう。
「ふぅ……今の会話で自分の甘さだけは分かりましたよ。これでは確かに、強い意見が危険を引き寄せるわけです。暫くは、可奈さんの指示に従うことにしますよ。そうでなければ、周りを巻き込んでしまいそうですから」
「そこまで引き下がる必要もありませんが、危険を理解いただけたのならそれで良いです。行動に移るのは最後の一瞬だけ、それ以外は全て準備でしかありません。修正のきく範囲で何度も練り直す必要がありますから」
決定的と思われる情報を手に入れると、浮き足立ってしまう。決まると思った瞬間こそが一番危ないのに、そこでの警戒を忘れてしまう。人間相手であるのなら、それでも安全は確保出来るのかもしれません。銃器の蔓延していないこの国において、刹那の間に命を失う可能性は低いものでしょう。
けれど、アンティークに関わるのであれば話が変わります。ありえなかったはずのものがあり、ありえたはずのものがなくなります。そこに疑問を抱き、追求し、けれど深追いはしない。それが私達に求められるものであり、アンティークの関わった事件から何度も生還している、私達の心構え。それを伝えられたのであれば、諏訪さんの生存率も上がるでしょう。どこまでのものかと問われれば、所詮心構えでしかありませんが。何もないよりはましですよね?
「さて、それではポイントを巡りましょう。今日中に終わらせてしまえば、明日にでも神社への対策を本格的に立てることが出来るでしょう。そうすることで、失踪者の救出を早めることも出来ますよ」
「分かりました。それでは、近いポイントから順に巡ってしまいましょうか? ここで遭遇する可能性は低いものでしたよね?」
「そうですね、捨て切ることは出来ませんが低いでしょう。もう一つ、何かを見つけた時には手を出さずに撤退します。極力静かに、怪しいと思ったら即撤退です。それ以外の方法は考えないで下さい」
「分かりました」
私達がこれから巡る場所は、町民のみなさんにお任せした場所以上に遭遇の可能性が低い。感染者にとっては意味がなく、わざわざ訪れることもないでしょう。油断だけしなければ何も問題なく、意味がなかったという今求めている情報を手に入れて姉さんの元に戻ることが出来る。そうすれば、明日移行の方針を固めるのにも使えるし、話を前へと進められる。
物語が現在進行形で進んでいる、そういった可能性もありますが。そこには目をつむるしかありません。こちらは、未だアンティークの所在すら掴めていないのですから。心を静めて、焦らずに。手探りで進めていきましょう。
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