第6話 沼地に沈む

 午前六時。太陽が昇り犬がほえ、朝の散歩に出かけるご老人とすれ違う時間帯。

「おはようございます。今日より本格的に操作を始めますので、みなさん、そのつもりでお願いします。繰り返しになりますが、これは普通の事件ではありません。だから、私達姉妹がここにいて、田中さんが派遣されています。すぐ目の前に危険が潜み、こちらの様子をうかがっていると考えて慎重にお願いします」

 三輪町に到着して、一晩が明けた。本当であればすぐにでも、家々を巡って情報を集めたいところだけど、焦りは禁物。自分と周りの人の安全性を考えるのなら、説明もせずに動くなんてことはあってはならない。効率的に情報を集めようと思えば、しっかりと準備を整えるべき。

 今回については、諏訪さんの協力を得ることで手に入る物は多くなる。そして、これから一緒に危険の渦中に飛び込んでくれる人に対して、何も話さないのはひどい話だから。情報の共有と注意を促すのは、私の役目でしょう。

「可奈さん、具体的に気を付けるべき方法はありますか? この事件について自分は素人です。警察官としての経験は役立ちますか?」

「もちろんです。私達の目であり、耳であり、鼻である。それが諏訪さんにお願いしたいことです。今の状態では難しいとは思いますが、町の人たちの様子に異変があれば、小さなことでも良いので教えてください。その場で伝えにくいことは、後程でも構いません。かならず、教えて下さい」

 昨日お願いした通り、私のことも名前で呼んでくれている。丁寧に、けれど疎外感を与えることもない喋り方。

 諏訪さん自身がどのように考えているかは知らないけれど、この短い会話だけでも十分に警察官としての経験は活きていますよ。先陣をきって飛び出されると困るので、そのままを伝えることはありませんが。頼りになるのは事実です。

「そんなことで良いんですか?」

「とても、重要なことですよ。小さく考えないで下さい」

 私達では気づくことの出来ない、違和感。知ることも出来ない、普段の様子。そこを察知出来るのは諏訪さんだけです。この町の駐在である諏訪さん以上に、この役割に適任の方はいないでしょう。

「私達がこれから行う捜査は犯人探しとも言える、アンティークの感染者捜索です。これには地元について詳しく知っている、つまりはこの町の様子を普段から観察する必要のある方の協力が不可欠です」

「……申し訳ありませんが、捜査方針を話し合う前に、アンティークや感染者について説明を求めてもよろしいですか? なんとなくの予想はつきますが、小さなズレが致命傷になるのなら漠然とした理解では危険ですよね?」

「もちろんです。丁度説明させていただくところでしたが、自ら求めていただけるとは、さすがは警察官の方ですね。頼りになります」

「いえ、それほどのものではありません」

 照れたようにして後ろ頭をかいている諏訪さんは三十代で、高校生でしかない私からすれば人生の先輩です。それなのに偉そうにふるまうこともなく、ちゃんと敬語を使ってくれるところには非常に好感が持てます。そこに加えて、自分の経験をに頼るのでなく私達のやり方を尊重してくれるのは、最早素晴らしいというしかない状況ではないでしょうか? 田舎町の駐在さんだと聞いていたので、正直なところおじいちゃんみたいな人を想像していましたが、全然違いましたね。

 ただ、そんないい人だからこそ残念です。彼が願っている形で事件が解決しないのは、とても残念です。今のタイミングで教えて、気落ちされても困りますから。ふたを開ける瞬間まで黙っておくしかありません。私の都合の為に、情報を集める為に、諏訪さんを利用することになるでしょう。

 この行為を、卑怯だと罵られても構いませんよ? やり方が汚いと言われても、受け入れましょう。全て、事件が解決した後ならね。

「そうですね、昨日の説明と重なるところもありますが。まずはアンティークについてご説明しましょうか」

 昨日同様、全員が駐在所に上がり込み、ちゃぶ台を囲っている形になる。私から見て右手に姉さん、左手に田中さん。そして正面にいる諏訪さんに見えるように、机の上にノートを広げる。別に口頭による説明を苦手としているわけではありません。確認しやすくするためには、文面や図に起こしておく方が賢いだけで、後ほど振り返る時にメンバーが減っていたとしても、同じところから再スタートできる利点があります。

「私達がアンティークと呼んでいるものは、物語を飲み込んでしまっている物品。つまりは、事件の核となっている物になります」

 白い紙の上に躍る文字は単純で面白みのある物にはならない。あくまで説明の補助役であり、ユーモアを求められている場ではないけれど、そういったセンスを持ち合わせていれば、人との会話を円滑に進めることも出来るのでしょうか? 私の役割は捜査とフィールドワークです。姉さんの負担の軽減を狙うのであれば、時には求められる技術になるのかもしれませんね。

 望んだところですぐに手に入るものではありませんが、今後の活動を円滑な物にする為にも一考する価値はあるでしょう。

「簡単に言ってしまうのならアンティークを見つけ出し、分解してから適切な処置を施す。その結果として物語を消失させてしまうのが、私達の目標です」

「分解してから適切な処置を施さなければいけないなんて、まるで爆弾のようですね。そのアンティークと呼んでいるものは、それほどまでに危険な物なのですか? そうでないのなら、単純に破壊することは出来ないのでしょうか?」

「そうですね。ちょっと乱暴な話にはなってしまいますが、構成してい部品を全て粉々に出来るほどに破壊できるのであれば、物語を消失させることは可能です。しかし、中々そうもいかないのが現実です」

 過去の事件の中には専門的に対応できる人員がおらず、力任せに壊すことによって解決した事件があるのも事実です。ただし、その解決方法を取る為に失われた人命は、最悪と呼んでも遜色のないものだったと聞いています。何より、私達は専門的に対応できる人員としてこの場に呼ばれていますから、力任せに壊してしまうような方法を選択したことがありません。正直なところ、単純に破壊することを選んだ場合に、どのような影響を及ぼすのか分からないんですよね。

「詳細は不明ですが、過去の事件の際に力任せの解決を選ばざるおえないことがあったようです。しかしながら、その結果は望まれていたものからは遠くかけ離れていたと聞いています。仮に事件を解決出来たとしても、ハーメルンの笛吹き男は町を舞台とした童話ですから、この町自体へ影響を及ぼすかもしれません。可能性だけの話にはなりますが、この町が地図から消えてしまうといった最悪な結果を招いてしまうこともありえます。だから、そういった結末と解決方法を避ける為に、私達のように専門的に対応する人員が確保されるようになりました」

 私達は霊能力者ではありません。お化けが見えることはなく、魔法が使えるような人種でもありません。姉さんが時計の構造に関する知識を持ち合わせており、この仕事を続けている限り生活費に余裕が持てるというだけの話。とても単純な話として、私達姉妹はここに仕事をしにきているだけです。田中さんもそれは同じで、ここには仕事できている。

 それは警察官のように常日頃から備えているものではなく、突発的な状況になってから声をかけられるもの。だから、経験はバラバラでどういった対応が出来るのかは個人によって大きく異なります。アンティークごとに起きる事件が違い、また物語の特性によっても大きく変わってしまうから、対応が遅れると被害者や感染者の生存率が下がってしまうこと以外、殆どの事件において前例など意味を成さない。

「なるほど、そういったことであれば考えないほうが良いのでしょう。ところで、適切な処置というのはどういったものですか?」

「それについては、実際に対応することになる姉さんから、説明してもらった方が良いでしょう」

「んー? 私の担当だけど、分かるように説明できるかな?」

 アンティークと実際に対峙するのは姉さんであり、私の役割はそこまで連れて行くことでしかない。最後の仕上げは任せることしか出来ないし、事件の解決としては姉さんがいなければどうしようもないのが現状。勉強して時計の構造を理解するというのも大切だけど、難しくて中々進まない。なにより、単純に時計の構造を理解している程度では、核となっているものを見つけることは不可能です。

「えーとですね。アンティークというのは基本的には時計やカラクリ人形といった、複雑でアナログな物である可能性が非常に高いです。だから、人形師や時計の修理技術者が呼ばれることになります。そして、呼ばれた私達のお仕事は、分解して出てくる人骨で作られたパーツのみを壊すことにあります。可奈ちゃんの説明を聞いていると難しく感じるかもしれませんが、そんなでもないですよ?」

「通常とは違うパーツを素早く見つけられるのは、技術的な物が備わっているからですよ。私達では分解するのにも時間がかかり過ぎてしまいますから、感染者や事象により危害を加えられてしまい、未解決へと繋がる可能性もありますよ」

「そうだけど、可奈ちゃんはちょっと難しく考え過ぎだよ? ピストルで粉々になるまで、形がなくなるまで討ちぬけば、止められるはずだよ」

 まったく、いつものことだと分かってはいますが、自分の技術が一般的なものだと思わないで欲しいです。元々、時計修理技能士というのは簡単になれるものではないのだから。親の代から受け継いだ店とはいえ、どうにか経営が成り立っているというのは誇って良いはずですよ? 贅沢さえしなければ、私達が暮らしていけるくらいの収益はあるんですから、もう少し胸を張って下さい。

 そうしてもらわないと、養われている立場としては立つ瀬がありません

「彩音さん、拳銃で粉々になるまで撃ち抜くのは、非常に難しい話になります。今は緊急事態であり、警視庁からの通達もありますので、仮に発砲したとしても平時と同じほどに騒がれるということはありません。しかし、仮にアンティークが時計だったとして、粉々になるまで撃つというのは射撃の腕に相当の自信がなければ、不可能でしょう。跳弾してしまえばどこへ飛び、誰を傷つけてしまうでしょうし、そんなにも長時間ホールドしていられるほど拳銃というのは持ちやすいものではないんです。だから、基本的に自分が発砲することはありませんね」

 諏訪さんは、私の話の意図を理解してくれたようで、助かります。

「是非、その対応でお願いします。アンティークだけを撃ちぬけた場合はまだ良いのですが、下手に感染者に当たってしまった場合、どのよな事態を引き起こすかが分かりません。ハーメルンの笛吹き男は異邦人として語られることが多いですが、死神と見る解釈も存在しますので、そういった不確かな相手に傷を負わせてしまった場合、諏訪さん自身が無事でいられる保証はありません」

 例え死神でなかったとしても、感染者は人間ではない。過去に人間であっただけの、異質な存在と成り果てています。その相手に危害を加えた場合、諏訪さんの命がなくなる可能性は高いものとなるでしょう。その時、私達には期待しないで下さい。助けられるだなんて、楽観視している人間はこちらにはいません。諏訪さんが襲われている間に対策を立て、全力で逃げるでしょう。私達は兵士としてこの場に招集されたわけではなく、事件を収束させる為にいます。華々しく散るつもりはありません。

「この町に長く住んでいる諏訪さんとしては、一刻も早くこの事態をどうにかしたいと願っているものと、私は考えています。その願い自体には大きく賛成しますし、解決の為に召集されているのですから、努力させて頂きます。ただ、あまりにも大きなリスクを抱える形になった場合、私達の捜査権限は田中さんによって剥奪されることがありますので、覚えておいて下さい」

 私達は捜査権限を与えられこの場にいますが、それは身柄が警視庁預かりとなっているからに過ぎません。本来、この事件の現場に関する権限は、全て田中さんが所持していますから。そういった行動を起こされた場合、私達ではどうしようもなくなります。

「そういえば、今更ですが、田中さんはどうしてここにいるんですか? 政府の方だとお聞きしていますが」

「そんな大そうな者ではありませんよ。現場での対応しか出来ない、組織内の下っ端です」

 身振りは大きく、声は芝居がかったかのように。それが彼の個性から出ているものなら、感想を抱くこともあるかもしれないけれど、そうではないことを私は知っている。この大仰な動作は、マイナスな理由で作られているのを知っているから、ちょっと悲しくなってしまう。

「諏訪巡査、先にお断りしておきますが私の本名は田中ではありません。政府の指揮下にある集団、田中さんに所属しているのが私です。一部の人間は警視庁へ出向していますので、諏訪巡査と通話をした田中警部も私達と同じ組織に属していますよ」

「そうなんですか? 田中警部には、田中さんは政府の人間だから気をつけるようにと、そんなことを言われていましたが」

 喋ってしまうんですね。事実として田中警部は、この田中さんを警戒しています。効率を求めていることが多く、あまりにも組織に染まりすぎているから、危険視しているのでしょう。

「それについては簡単な話で、政府寄りの考え方を持っているか、人道的な考え方を持っているか、その差ですよ。前者は現場での対応に慣れ効率を求める傾向にあり、後者は広域的な調査へ充てられることが多く警察に属する。田中警部は組織の人間ですが、もう殆ど警察官としての自分を手に入れていますからね。その内、婿養子にでも入ったということにして名前が変わるんじゃないでしょうか?」

「随分と面倒な組織ですね」

 田中さんという組織、それがあるから私達の活動は成り立っており、情報を集めることも出来る。他の協力者に出会うことは珍しいけれど、必要があれば協力しての捜査に当たることもある。現場の管理、円滑に事件を解決すること。被害を広げることなく、処理すること。それが政府として求めていることなのでしょう。

「仕方のないことですよ。田中さんは、怪奇現象が原因と思われる表に出すのが好ましくない事件において、情報を集める為に作られたいわば諜報機関ですね。所属しているものは名前を消去され、統一された苗字を名乗ることになり、個人として特定されることを避けます。所属している全員がアンティークの被害者であったり、その親類であったりと、良い思いを持っていない人間で構成されますから、時には過激な行動に出たがる者もいますよ」

 組織に所属することにより、情報を効率的に集めることが出来る。過去の対処方法、被害状況を調べることも出来る。その結果、自分一人で解決しようと奔走する方もいると、聞いたことはあります。ただ、それがどれほどまでに危険なことか、成功率を下げ、結果的に被害の拡大に繋がってしまうのか、少しは想像して欲しいものです。

 気持ちが分かるからこそ、行動を共にして欲しかった。

「別に秘密機関というほどでもありませんが、扱っているもの的に存在は秘匿されています」

 そういった悲惨な結果も収集され、田中さん達の手元にはあるはず。目を追いたくなるような、特別民間協力者が失敗した事件だって収集されているはずで、資料として閲覧したことはありますが厳しいものです。大体のミスは現場指揮を執った者にあり、他の方は巻き込まれるような形で命を落としています。

 だから、仮に現場の指揮権を剥奪されたとしても、それ自体が危険に繋がる可能性は低いんです。情報を沢山持っている田中さんが判断したのなら、それは過去に同じような恐恐で失敗している事件があったに過ぎません。

「その中で現場に出向く私のような下っ端の役割は、主に特別民間協力者を守ることにあります。こちらの活動の意図を理解し、その上で協力していただける技術者は貴重な存在です。そんな方達の盾となるのが私に与えられている基本的な任務。それを果たす為に必要だと考えれば、活動の制限なども行います。預かりが警視庁とはいえ、貴重な人材を失うくらいであれば事件を放置しますよ」

 警視庁預かりとなっているのは分かりやすくする為であり、政府が直接的に関係するのを防ぐ意味がある。私達を装置ではなく、人間として扱うために必要なこと。

 そして、事件を放置する理由は単純で、いつかは収束するから。アンティークを解体しない限りは繰り返されるけれど、そこで起きている事件についてはそこで終われるから。最悪の場合でも、街が一つ消えるくらいの被害で済む。有毒ガスが蔓延していることにすれば、余程の命知らずでない限り立ち入ることはなく、遺体と痕跡を消してしまうことが可能だから。政府と警視庁が手を組んでいるのは怖い。

「そこまで怯えなくても結構ですよ。この事件について解決に協力はしますし、途中で私が脱落するようなことがあれば、代わりの者が派遣されるでしょう。私が死んだくらいでは事件解決を諦めたりしません。しかし、私が守るべきは三森姉妹であり、諏訪巡査ではありませんので、ご自身の身は自分で守れるように、拳銃の使用禁止を宣言する前にはシミュレーションだけでもして下さい」

「分かりました。確かにそうですよね、無意味でないのなら可能性だけでも考慮しておかないと」

 どのような状況なら、拳銃を使用することで生き延びれるのか。どういった状況にすれば、拳銃を有効活用出来るのか。その威力を知らない私としては想像しか出来ないけれど、田中さんには心当たりがあるのでしょうか?

「良いですか? 拳銃や体術で、物語に立ち向かおうとするのは無謀でしかありません。それは私も認めるところです」

 物語。そこまで大きな規模になれば拳銃での対応は不可能。どうしてもやりたいのなら軍隊を用意するしかなく、それは効率が悪く日本では不可能な対処法ですね。仮に実行出来たとしても、こちらの受ける被害は想像も出来ないレベルとなるでしょう。

「しかし、人間の形をしているのならば、全てが無駄になるわけではありませんよ。仕留めることは出来なくても、足止めくらいは出来ることもあるでしょう。意味がないと諦める前には、何が出来るかをしっかりと把握して下さい。人間、全ての出来事に自分だけで対応出来る、対応しなければいけないなんて傲慢な考え方を捨てると、結構頑張れるものですよ」

 役割を分担することは大切で、作業を分割することにより自分の出来ることが増えることもある。自分だけで出来ないからこそ、誰かと一緒にやろうとする。それは欠点を補うものであり、長所を伸ばすものになる。

 組織はその為の人材を集めて、人員は求めに応じる働きをする。それを実行出来るようになるには経験が必要になりますが、目指すものを知っているかどうかは結果に響きます。

「今この場において、私が田中として告げなければいけないのは、捜査期間と危険度の把握です。この事件に関しては、発生から十日間。つまりのところ、今が五日目なので残りは五日間となります。あまり長くはありませんが、ここら辺が妥当なところでしょう」

 既に半分が経過しており、成果はゼロに等しい。感染者の行方に心当たりはなく、失踪した子供達の手がかりもない。ネズミに塁するものも見つけられていないから、仮説を立ててある童話さえも外れているかもしれない。本当はもっと別の、私の知らない童話である可能性だって残っている。

「そして危険度ですが、ハーメルンの笛吹き男と仮定した場合、物語には直接的な危険は少なく、結末がいくつもあります。そのことから事件の規模について収束の報告に向かうという保証がなく、配役が足りなかった場合に可奈さんが取り込まれる可能性があります。それはこちらとしても望むことではありませんので、私の判断で危険過ぎる行動だと感じたら拘束してでも止めます。そういった事態に限りますが、捜査権限の剥奪は可能性として存在していると把握して下さい」

 せめて童話を特定出来ていたのなら、もう少しゆるくしてもらうことが可能かもしれないけれど、今現在は交渉材料すらない。その上で田中さんは私の身を案じてくれているのだから、文句も言うことすら難しい。

「配役ですか? それは今探しているネズミや笛吹き男のことでしょうか?」

「いえ、それ以上に質悪い、さらわれる子供役ですよ。年齢的には十分可能性がありますから」

「まだ失踪者が出るんですか? もう勘弁して欲しいんですが」

 頭を振りながら嫌がる様子を見せる諏訪さん。見た目以上に疲れているのでしょうか? それとも、解決する側であるはずの私が消えるということに、悲観しているのでしょうか?

 どちらにしても、物語に取り込まれる予定はありませんよ。

「ハーメルンの笛吹き男という物語にはおいて、行方不明になる子供は百三十人余り。多少の増減があると考えるのなら、十分に失踪してしまう可能性があるでしょう」

「口を挟むようで申し訳ありませんが、一応昨日は耳栓をして、姉と同じ布団で眠りました。夜中、明け方共にこれといって何かが聞こえたりすることはありませんでしたよ? 笛の音に類する何かが聞こえるのだとしたら危険ですが、そのタイミングは既に過ぎているのかもしれませんね。追加配役されないという保証はありませんが、無駄に警戒して体力を消耗するのも避けたいです」

 これ以上黙っていると不利になる。田中さんがどういった意図の下、この話を切り出しているのかは不明だけれど、私としては好ましくない方向へ進んでいるように感じる。このままの流れでなら、危険性を減らす為として制限をかけてくるかもしれない。

 これから捜査が始まるというタイミングで、そんな出鼻をくじかれるようなことをされてしまっては困ります。

「その程度の対策はしていただけていると思っていましたが。まぁ、いいでしょう。現時点で止めてしまっては、捜査を依頼している警視庁の面子を潰すことになり、またどこかで事件が発生するのを見逃すことになります。それは政府としても看過できる状況ではありませんので」

 大仰な身振りは挑発されているようにも感じられ、こういった時はイライラしますね。この田中さんにお会いするのは初めてではありませんが、ちょっと過保護ではありませんか? 事情を探ろうなんて思いませんが、彼の妹さんがアンティークの被害者だったりするのでしょうか?

「あなたは田中さんの中でも心配性ですよね。消耗品のように扱う方もいると聞いていますよ?」

 過激な発言であることもは分かっている。そして、恐らくこの言葉に乗ってこないことも分かっている。自らピエロのように振舞う彼にとって、投げつけられた言葉は素直に受け取るべきものではないのでしょう。落ちたところを面白おかしく笑いながら、眺めているに過ぎない。

「それは、相性的なところもありますよ。現場担当となる田中は事件の後で、大量の提出書類を書かされることになります。その中で重きを置かれているのが、同行した相手との相性状況ですね。私は幸いにしてお二人とご同行させていただくことが多いですが、相性が合わなければローテーションが繰り返されます。人間関係をリセットし続けることで、ストレスを溜め込ませない方法を組織では採用していますので」

 ストレスを溜め込まさせない為に、人間関係をリセットし続ける。それが効率的な方法なのか、それとも非効率な方法なのか、私には分からないけれど、毎回新しい田中さんとであるというのは、それだけで疲れちゃいそうです。

「分かり辛そうなので簡単に言ってしまいましょう。命を預けることになる間柄ですから、極力相性の良い相手と組ませようとしているのです」

「政府の機関なのに、そんな人間的な対応をして良いんですか?」

 国のやり方は冷たい。政府というのは人間が作ったとは思えないほどに、冷たいものだ。

 そんなイメージを持っている私からすれば、組織が採用しているものに疑問が生じてしまう。現場のことを考えてくれるのは嬉しいけれど、それが組織として執るべき道なのでしょうか?

「痛いところを突かれましたね。ただ、政府の機関といえども所属しているのは人間でしかありません。田中の中にも、情で動きたい者がいるということですよ」

 アンティークの被害者で構成されている実働部隊、田中さん。正直なところ不気味だと思うし、普通の生活をしていたのなら関わりたい相手ではない。けれど、普通ではなくなってしまった私達姉妹にとって、関わりを立つことのできない相手となっている。

「さて、私についての話と、可奈さんが遭遇する可能性のある危険についてはこれでよろしいですね?」

 諏訪さんの質問から始まった、田中さんについての話が終わろうとしている。あくまで打ち合わせの一部でしかないのだから当然だけど、私もまだまだ知らないことがあると教わった。友達になろうだなんて考えてはいないけれど、ある程度仲良くなっていたほうが現場では都合が良いから。新しい情報が欲しかった。

「はい、ありがとうございます。正直よく分からなかったので、機関としての全様を掴むのは諦めて、自分は目の前の田中さんを信じることにしますよ」

「是非そうして下さい。私達も機関について詳細を知らされているわけではないので、説明出来ることに限りがありますから」

 田中さん自身も把握出来ない、説明を受けていない組織。それは形を見せないままで大きくなってしまったから、全様を把握している人がいないことを示しているのかもしれない。情報源として、バックアップとしては頼りになるけれど、油断するのは危険ね。

「さて、それでは話の主導権は可奈さんへお戻ししますよ。私は基本連絡係であり裏方ですから」

 表だって動くことはなく、自己を主張することもない。けれど、何かがあった時には決定的ともいえる権力をもってして、乗り出してくる。結構、面倒な存在ですよね。

 もちろん、口には出さないけれど。

「ありがとうございます、田中さん。それでは、続けさせていただきます。アンティークへの対応は先ほどお話した通りで、確実性を確保する為に姉さんに対応していただくことにしますが、そこに辿り着くまでの調査が諏訪さんと私の担当になります。主に町の方への聞き込みとなりますので、申し訳ありませんが調整をお願いします」

「ええ、その点についてはお任せ下さい。昨晩の内に町長他、三輪町における役員の方々にアポイントはとってあります。個別にお話を伺える状況ではありませんので、本日のお昼から集会所に来ていただくことになっています」

「対応が早くて助かります」

 こういった町では、顔役に話を通してあるかどうかで動きやすさが大きく変わってくる。一週間にも満たない短い時間でしかないけれど、命に関わる危険なものだから、そんな小さなことで揉めたくない。協力もしてくれない相手の為に、何かをやろうとするのは中々難しいことだから。

「いえいえ、自分に出来ることをしているだけですよ。今回の事件、何も出来ることがなくて無力感を味わっていたところなので、役割があるだけありがたいです」

「他にもいくつか、地図であったり過去の事故や事件をうかがいたいところですが、その前に大切なお話をしましょう。こういった事件が起きてしまった時、見えなくなってしまうものがありますので」

 事件の捜査をしていく上で、何にぶつかってしまうか分からない。どんな過程を経て、解決へと到るか分かりません。

 ただ、どのようなものを見たとしても、聞いたとしても自分がブレないようにするのが大切で、それを怠ってしまうと物語の結果に飲み込まれてしまうかもしれません。特に、感染者が選ばれた理由は、大体ロクでもないものですから。

「諏訪さん、これから町の人達と協議をしていく上で大切なことです。感染者に対しての敵意は捨てて下さい。攻撃的な思考を持ち合わせていることは、危険を引き寄せるものになります」

 私が何を言っているか分からない、そう顔に書いてありますね。素直は美徳だなんていいますが、女子高生に読まれるほどというのは如何なものでしょう?

「これについて、町の人に直接説明する必要はありませんが、私達の行動を共にしていただく諏訪さんには、理解してもらわなければ余計な危険を呼び込むことになります」

「どうしてですか? 感染者というのが、この事件を引き起こしているのでしょう? それであれば、犯人ですよね?」

「いいえ、この事件、アンティークが引き起こしている事件の犯人は別にいます。感染者というのは、アンティークによって選ばれてしまったただのエネルギー源、いわば被害者ですよ。感染者の命を吸い上げ自分を守る盾とし、物語を展開するのがアンティークの用途です」

「用途ですか? そういえば不思議に思っていましたが、こういった事件が起きるのは初めてではないんですよね?」

 アンティークは道具としての役割を果たしているだけであり、それ自体に罪はない。私達にとって危険な物ではありますが、恨んだところで何にもなりません。どちらかといえば、強い感情を抱いてしまったことにより、周りが見えなってしまうことについて、指向を割いている方が余程意味があります。

「ええ、アンティークは製作物に過ぎません。創作者がいて、各地にバラ撒かれて事件が起きています」

 捜査を担当し、情報収集を務めるはずの私達。その視野が狭まってしまうことは、全体の危険へと繋がっていきます。それは今可能性でしかありませんが、現実のものとなった時には大変なことになってしまうでしょうね。

「私達はその創作者、集団を誘い人と呼んでます。誰が呼び始めたのか分かりません、いつから呼んでいるのかも分かりません。けれど、呼び名がないのは不便ですから」

 アンティークという呼び名。誘い人という呼び名。そこにどんな意味を込めて呼び始めたのか、私には分かりません。単純に、アレやコレと呼んでいたのでは分からなくなりますし、呼び名があるの事態は良いことですが、ちょっとお洒落過ぎませんか? そんなところにセンスを発揮する理由はなかったはずですが、名付け親は誰なんでしょうね。

「私達にとって誘い人は、敵とも呼べる存在です。本当であれば危険な集団として、警察にでも通報したいところですが、表社会に出てくることはなく構成員が不明な為難しい。実態がつかめない以上、アンティークの数を減らし続けることでしか抵抗が出来ないというのが現状ですね」

 私達はアンティークを減らすことで敵対していることを示します。誘い人にとって必要であるはずのアンティークを、各地で解体することで抵抗としています。どれだけの数がばら撒かれているか不明である以上、どこまで減らせば反応があるのか不明ですが、いつかは彼らも動かざる得なくなるはずです。

 アンティークの製造目的が何か、それについては何度も議論が交わされており、色々な推論が立てられてきました。ただ、私としてはどれも外れに見えて、支持する気にもなりませんでしたが。それでも、その議論が無駄にならないことを祈りたいものです。

「誘い人も目的があって、アンティークを作っているはずですから。各地でそれが機能停止しているとなれば、無反応というわけにはいかないはずです。だから、私達はずっと待っています。誘い人が動き出して、そのしっぽを掴ませてくれるのを。光の中に引きずり出して、壊滅させられるその時を」

 そういった大義名分の下で私達は活動に励む。政府としても放置は出来ないから機関を作り、対抗する姿勢を見せてくれています。いつから協力関係を築けているのか不明ですが、警視庁さえ手を伸ばしてきています。危険性が全く減ることがなく、死と隣り合わせになることを除けば、悪くない状況でしょうね。

 個人的には姉さんは手を引いて欲しいのですが、技術的な問題があり頼ってしまっている形になります。

「ごめんなさい、話がそれましたね。私伝えるべきことは、感染者も被害者でしかなく、恨んだとしても良いことなんてありませんよと、それを伝えるだけで良かったのですが」

「いえ、自分としては聞けて良かったです。こんな危険な場所にやってくるには、三森さん達は若過ぎましたから。強い思いを持ってくれていた方が、安心出来ますよ」

「敵意はもちろんですが、強過ぎる思いというのはそれだけで危険ですよ。出来ることなら捨ててしまいたいのですが、現実は難しいです」

 お金だけではない私の目的。唯一残ってくれた、姉さんに対する思い。そこまで語る必要はなく、今回の事件には関係ない以上雑音にしかなりません。諏訪さんにとって必要なのは、この事件を解決してくれる人材であって、事情を抱えた三森可奈ではないのですね。

「さて、説明の続きに戻りましょうか。脱線が多く進まなくて申し訳ありません」

「いや、こちらこそ申し訳ない。分からないことばかりで、疑問も尽きないもので」

「諏訪さんが気にするべきことはありませんよ。いつもであれば、最初に説明してしまうところを、質問としていただいているだけですから」

 受け取ってもらう形で説明することが多いから、正直なところ過不足は分からない。興味を持ってもらった方が捜査への熱も入りやすいはずだけど、こんなふうに脱線が増えてしまい余計な時間がかかることになる。今はまだ焦る段階でもなく、ゆっくりと説明も出来るからいいけれど、次からはやり方を考えた方がいいかもしれませんね。

「再確認になりますが、役割分担として聞き込みは諏訪さんと私。アンティークの解体は姉さんで、何かあった時の守りは田中さんにお願いします。今日は資料の確認と、お昼からの聞き込み調査。それと並行する形で、田中さんは失踪が関係する物語が他にないか、確認をお願いします」

「んー、お姉ちゃんとしては、可奈ちゃんの予想であってると思うけど?」

 姉さんは私に甘い。だから外れていったとしても、怒ることはなく恨むようなこともないでしょう。けれど、それで私が納得できるかどうかは話が別です。

「当たっている場合は問題ありませんが、外れていた場合に何も手を打てていないのでは、危険ですから。それに、ハーメルンは史実とされるものが混ざっている分だけ、内容と結果が複雑です。ある程度は把握しているつもりですが、解釈が間違っている可能性を考えると慢心するわけにはいきませんよ」

 国の調査機関でもある田中さんは、膨大な量の情報を持ち合わせている。前身に何か別の組織があったであろうところは想像に難くないけれど、アンティークの事件が増えるにつれて童話に対する情報収集を増やしているみたいだから、私個人が把握しているよりも情報が多いはずだから。こういった時は、遠慮なく頼らせてもらいましょう。

「分かりました。現状で入手している状況と照らし合わせつつ、本部へと連絡を入れます。その間は三人固まる形で動いて下さい」

「はい、分かりました。有益な情報が入ることを期待してます」

「諏訪さん、早速で申し訳ありませんが、地図を用意していただいてもよろしいでしょうか? 出来ることなら現在と昔の地図、その二種類が欲しいのですが」

「分かりました。駐在所に保管してあるレベルでしかありませんが、昭和の地図ならありますよ。持ってきますので少し待っていてください」

 やるべきことの確認が終わり、ひとまずやらなければいけないことも確認出来た。本当に大変なのはこれからで、危険な目に会うのもこれから。今はまだ危険な現場に居合わせているだけで、手を伸ばしてすらいないのだから。この先は心を折られぬように心を決めて、足を踏み出さなければいけない。

 諏訪さんは頼りになる。けれど、発言の端々に見え隠れしている正義感とでも呼ぶべきものは、彼を危険へと誘うことになるでしょう。その前に足を止めてもらうのか、命を危険に晒してまで情報を探し続けるのか、それは本人に任せるしかない。私が指示をしたせいで助けられなかった、私が指示をしたせいで死んでしまった。そんなことを言い出されては、調査の邪魔だから。希望的観測を抱きがちな、事件を知らない人には責任が取れない。彼を走査線には組み込むけれど、あくまで外部協力者であることを、私が忘れてはいけない。この現場における指揮官は私であり、責任を取るべきも私だ。

 だから、責任を取れそうにない相手には、外部にいてもらわないと困る。あくまで協力者、本業がどうであろうとも私にとっての諏訪さんの立ち居地は明確にする。

「可奈ちゃん、難しいことばかり考えちゃダメだよ? まだまだ子供なんだから、困った時はお姉ちゃんに頼りなさい」

 私の耳に入り込んでくる、沈みそうになる思考をいつものように救い出してくれるのは姉さんで、その声に何度助けられたのかは数えることも出来ないくらい。私が行く先々には必ず姉さんがついてきてくれて、自分の予定なんて放り捨てて、最後の家族である私を守ろうとしてくれる。

 その優しさは温かくて柔らかくて、時々苦しくなってしまうほどの重さを持つ。姉さんにとって私が最後の家族であるように、私にと手の姉さんも最後の家族だから。両親を失ってしまっている私達は、お互いに依存しながら生きている。その現実を、突きつけるのは止めて欲しい。

「いつまでも子供ではいられませんよ。少なくとも、こうして現場にいる時は甘えていられません」

 私には私のやるべきことがある。それは誰にも譲りたくないものであり、姉さんを助けられるものだから。どれだけ辛くても、痛みを伴うものだとしても、手放したりは出来ないの。姉さんの隣にいる為に、誰かを助ける為ではなく自分の願いを叶える為に。私はここにいる。

 その為に必要な代償だというのなら、躊躇することなく払いましょう。人の命の懸かっている、凄惨な死が溢れるかもしれない現場での指揮くらい、心に傷を負うことなくこなしてみせますよ。

 温くなり、湯のみの半分くらいになってしまったお茶。その中途半端さが自分に似ている気がして、気に入らない。苛立ちは抑えるべきであり、口に出して良いものではないから。喉の奥に押し込むようにして、胃の中へと流してしまう。

「姉さんこそ、無理はしないで下さいね。アンティークの解体は危険を伴う作業です、オカルト的な場所ですからどんな危険が潜んでいるか分かりませんよ?」

 アンティークの解体は、やり始めたら途中で止められない。どういった形で物語を展開して、どういった形に歪めていくのか、それをコントロールしているものなのだから。壊されているということを認識したアンティークが、自己保存の為に物語の危険性を高めることも考えられるから。次の危険が訪れる前に、手早く解体してしまわなければ命を失う結果に繋がってしまうでしょう。

「私は案内された場所でアンティークを見つけて、解体するだけだよ。パーツだって慣れてしまえばなんともないし、作り自体は精巧だからちょっとだけ楽しかったりもするし。周りでどれだけ大変なことが起きていても、手元に集中していれば見えないから」

 案内された先なんて簡単に言っているけれど、それほど良いものではないでしょ? 死体が転がっている部屋のど真ん中であったり、狂ってしまった感染者が襲ってくる地下道だったり、苦しみと怨嗟が満ちるマンションだったこともありますね。どれも凄惨なものであり、目にするだけでトラウマになっていてもおかしくない。そんな場所で姉さんには、解体作業にかかってもらわなければならない。周りにいる人間がどれだけ傷ついたとしても、例え命を落としたとしても。これ以上の被害にしない為には解体するしかないから。

「お待たせしました。現在の地図と、昭和五十年くらいの地図になります。これで、方針を立てることは出来ますか?」

「ええ、もちろん。調べるべき場所と、注意すべき場所をピックアップするのが目的ですから」

 姉さんと会話をしていると、どうしてもこういった流れになってしまう。それ自体を嫌がるつもりはないけれど、お互いのことを心配しているから、大切にしたいから重たい話が始まってしまう。田中さんは空気のように済ました顔して、止めてくれないから。いつまでも、どこまで、会話が続いてしまう。

 だから、諏訪さんが間に入ってくれたのは、正直なところありがたいです。終わりのない話をするのは嫌いじゃないけれど、この話が進んでいく道は幸せな物にならないから。どうせなら、もっと明るい話題を振れれば良いのにね。

「これからピックアップするべきは、子供が大勢集まっていた場所、若者が大勢集まっていた場所です。学校やコンビニといったありきたりな所から、補導対象となりそうな人達のたまり場も漏らさずチェックします」

「それに意味があるんですか? そういった場所に今回の失踪者が隠れていないことは、既に確認していますよ?」

 諏訪さんの疑問はもっともなもので、失踪者を探そうとしているのなら当然の反応と言えるでしょう。ただ、そうだからこそです。そういった捜索ではなく、捜査が必要だと伝えてあるはずですよ?

「私達が捜査するのは、事件の中身です。最初に探すべきは感染者であり、アンティークのありかを優先します。失踪している人達が心配なのは分かりますが、そちらも物語の配役を受けていますから。本当の意味合いで助けるには、アンティークを解体する以外の方法はありませんよ」

「それは理解したつもりですが。仮の話として失踪者を見つけた場合、保護することは可能でしょうか?」

 諏訪さんが何を望んでいるかは分かりますし、仮に見つけられたとしたら事件解決に至る、ヒントは得られるのかもしれませんね。

「仮に失踪者を見つけたとしても、それは無駄にしかならないでしょう。配役を受けいている以上、私達が一般的な手段で助け出そうとしても無駄にしかなりません。すぐに配役通りの行動に戻ってしまう、今回に関して言うのなら再び失踪してしまうというだけのことです。仮に家に閉じ込めたとしても、部屋に鍵をかけていたとしても、それは望んだ形になることはありません」

 配役されてしまっている以上、自分の意識は残っていますが逆らうことが出来なくなります。特に集団で失踪していることに意味があり、それが役割であるのなら、止めるほどに危険性が増してしまいます。

「失踪する為に、窓から飛び降りるかもしれません。部屋から出る為に、扉に体当たりを続けて怪我をしたとしても不思議はありません。そういった形になることが容易に想像出来ますので、仮に見つけられたとしたらその場にとどまっていられる間に、情報を提供してもらう方が結果的に早く助けられる可能性があがります」

 もっとも、町のどこかで誰かを容易に見つけられるだなんて、希望的観測は持っていない。集団失踪している以上、見つかるとすれば全員一緒のはずだから。少しずつ見つけられるなんて思っていないですよ。

「失踪者が大量に出ているということは、普段人がいるところが空白になっているということです。仮に笛吹き男が隠れていられるのだとしたら、そういった場所に限られるでしょう。もちろん、笛吹き男も配役された人間でしかありませんから、そう都合良くいてくれるとは思っていませんが、万が一と言う事もありますから。探せる場所を無視する理由はありません」

「仮に見つけた場合は身柄の確保、アンティークの没収といった形でしょうか?」

「身柄の確保はお願いします。しかし、持ち物やアンティークに触れるのは危険です。対策もせずにアンティークに触れた場合、感染してしまうかもしれません。そうなってしまえば、被害者が増えるだけですよ」

 感染者の確保は大切なことです。今回で言うところ、一番可能性が高いと思われる笛吹き男を捕まえられたのなら、アンティークを手に入れることになりますから、解体作業に入ることが出来ます。そうなれば、後は失踪者を探すだけ。配役さえとかれてしまえば、子供達のほうから連絡があるかもしれませんね。百人以上が失踪しているのですから、携帯電話を所持している子がいたとしても不思議はないでしょう。

「アンティークの解体は姉さんに任せて下さい。対策をお伝えすること自体は可能ですが、下手に手を出されてややこしいことになっても困ります。皆さんも作業の邪魔をするのは望まないでしょう?」

「そうですね。分かりました、そこについては自分の方から町長へ連絡します」

「ええ、お願いします。そういったポイントの巡回は効果が薄い上に、人数が必要な作業です。ただ、危険度としても低いものになりますので、町の方にお願いしてしまいましょう。何かをしているほうが、ご家族も落ち着かれるではないでしょうか?」

 手持ち無沙汰で待っているだけは辛い。ただでさえ子供を心配している親御さんが多いのに、何もせずに待っていて欲しいと伝えて、受け入れてもらえるとは思えない。必要なのは集団でいてもらうことと、安全な範囲での調査協力を要請すること。

 この巡回作業については、その二つの条件を満たすことが出来る。

「なるほど、名案ですね。これなら町の人にも協力を仰ぎやすいですし、遭遇する可能性が低いのであれば、危険を伴う行動に出る方もいないでしょう」

「そちらをお任せする話を整えたら、私達は二つの地図の間で差異のある場所を集中的に調べます。その周辺住民への聞き込み、変な音が聞こえたことはないかとか、最近換わったものは見ていないかとか、そういった内容を聞いて回ります」

「それは、効果がありますかね? 不振人物に関しては、自分も一通り聞いて回っていますが」

 いいところを突いてきますね。確かに諏訪さんであれば、その程度のことをしていてもおかしくはないでしょう。既に聞いていることですから、新たに情報が出てくることがなく無駄骨にならないかという心配ですよね? それなら考えてありますよ。

「情報を持っている住民がいるかどうか、そこについては正直なところ期待していません。町長と消防団の方にお話を伺えるなら、それ以上の情報というのは自分達で集めることになります」

 大きな街であれば、情報を集めるのだけで一苦労になります。伝えられなかったこともあるでしょうから、一軒ずつ住宅を回ることにも意味があるでしょう。しかしながら、この町ではそのやり方が向くとは思えません。町が小さく、また住民の皆さん同士の仲が良さそうですから、情報を秘匿する意味はないと見ています。

「古くから住んでいる住民同士はその仲に関わらず、情報を共有していることが多いので、個別に聞いて回っても効果が薄くなるでしょう。それよりも近年越してきた人や周囲になじめていない方に話をうかがっていくほうが、情報を得られることがあります。そして、霊的な物を信じるつもりはありませんが、この町に元々存在している守る力、それが弱いところを突かれる形で物語が展開されている可能性があります。風水的なものだったりするので頼り切るつもりはありませんが、無意味ではないことも多いので無視は出来ません」

 風水で悪い気を呼び込んでいるから、アンティークが展開されている。町の構造上、霊的に弱い場所があるから調査しましょう。そんなことを言うつもりはありません、私も信じてはいません。けれど、アンティークの存在が既にオカルトですから、相性は悪くないようで。そういったところでヒントを得られることもありますから。どうせ調査をするのなら、第一歩はそういったものに頼るのも悪くはありませんよ。

「その今更なんですけど、アンティークってお化けが絡んでいたりしますか? さっきも人骨で作ったパーツがどうのって話されていましたが」

「幻が出てきてみたり、天子らしき存在を見たという話は聞いたことがありますが、お化けと捉えるのはどうでしょうか? 少し違う気がしますよ」

 童話の中には教訓として、お化けや幽霊が出てくるものもある。悪魔が出てきてみたり、死体が動き出すものさえある。そこに悪意を与えられそうな物語であれば警戒が必要かもしれないけれど――いや、ハーメルンの笛吹き男では死神に遭遇する可能性がありましたね。そして、失踪した子供達を開拓の英霊として見ることもありますから、全くの無縁ではないのかもしれませんね。

 諏訪さん、お化けがダメだったりするんでしょうか?

「どうなのかな? ただ人骨で作られているだけのパーツですよ? 私はお化けにも幽霊にもあったことないですよ?」

 不思議そうに首をかしげるのは、私の敬愛する姉のもの。そう、幽霊に合うのだとしたら姉さんが確率的には高いはずで、今まで聴いたことがないということは、可能性として限りなく低いと見ることも出来るはずです。別に私は怖くはありませんが、諏訪さんがそれを理由に怯えられてしまうと、調査に影響が出るかもしれませんね。

「そうですか。お恥ずかしながら、自分はオカルト的なものが得意ではないので、少々尻込みしそうになりました」

「姉さんが遭遇していないのなら、いないようなものでしょう。どちらにしても、諏訪さんがアンティークに触れることはないでしょうし、聞き込みの段階で出会うこともないでしょう。気にされても、疲れるだけですよ」

 大人の男性にも怖いものってあったりするんですね。こういったお化けとかについて、怖がるのは女の子や子供だけだと思っていました。覚えておくと、何か良いことがあるかな?

「話を戻しますよ? 他に私達が調べるべきは町の中にある物で、町の付近に存在する場所で、ハーメルンのモチーフになりそうなところ、共通する場所を探します。物語というのは、近い情景があれば強く作用するものですから」

 失踪するタイミングを、大人が誰も感知していなかった。昔であれば可能なのかもしれないけれど、今の世の中でそこまで出来るのは相性が良い場所だけと思われます。そこに加えて失踪者の人数、普通に考えれば大事件ですよ。これだけのことを、不都合が起きない形で物語として展開出来るのは、ハーメルンと三輪町に共通点があるからとしか思えません。それも、ただ共通しているのではなく、物語に関わる部分での共通点があるはずです。

「諏訪さん、大き目の川が近くにあったりしませんか? またこの町に楽器を作られている方はいますか?」

「そうですね。町の外にはなりますが、大き目の河が流れていますよ。そして、楽器を作っている工房にも、心当たりはありますね。これは重要なことでしょうか?」

 ビンゴですか、ついてませんね。

「物語の中でネズミを溺死させたのがヴェーザー川。そして、一説によると笛吹き男は元々ハーメルンに住んでいた、楽器職人だというするものがあります」

 童話の形を取り広がる物語、それが影響力を強く発揮する為には近しいモチーフがあることが望ましい。舞台となっている場所に近いもの、それが風土であったり、町のつくりであったり、住んでいる人々の生活だったり。広く検証していくことが必要でしたが、物語の主軸ともいえるものが重なるのであれば、疑う余地もないでしょう。

 まさかとは思いつつたずねましたが、考える間すらなく返事がもらえるとは思っていませんでしたよ。別に誰かが悪いというものではありませんが、頭が痛くなりそうですね。他にも当てはまるものがあったりしないでしょうか?

「諏訪さん、もういくつか質問させて下さい。思い当たるものが合ったら、なんとなくのレベルでも良いので教えて下さいね」

「はい、自分でお役に立てるのでしたら、どうぞ」

 まだハーメルンの笛吹き男が、今回の童話だと決め付けるのは危険です。けれど、もし、この問答で他にも共通点を探せるのであれば、仮説から暫定くらいにはなるかもしれませんね。限りなく黒に近い、灰色です。

「楽器を作られている方で、行方の分からなくなっている方はいらっしゃいますか? これについては、大人でも子供でも構いません」

「家族という意味合いでは、お子さんが失踪しているお宅はあります。ただ十二才なので、作ってはいないと思いますが」

 それなら、楽器職人が笛吹き男だという解釈は出来ませんか。いえ、この程度は予測通りです、簡単に解けるわけありませんよね。

「この町の広い範囲で聞こえる音、防災無線やチャイムを除いて、心当たりはありますか? 時期が限定されていたり、小さな音だったりしても構いませんが」

 これがヒットするようであれば、それこそが笛の音となりえる。例え町の全域に聞こえていなくても、ある程度の範囲をカバーできているのであれば、物語としては成り立たせることが出来る。

「どうでしょうか? 昔は、そのような音があった気もしますが。今は心当たりがないですね」

「昔はあったんですか?」

「町の北側に神社があり、そのに釣鐘がありました。時々その鐘が鳴らされていましたので、自分も聞いたことはあります。ただ、今その神社は潰れてしまいましたので、誰も鳴らす人がいないはずですよ?」

 広域に聞こえる鐘の音というものは少し怪しいけれど、かなり大きな音がなるはずだから、大人が誰も気付かないというのはないはず。誰かが気付き、子供達が動き始めていたのなら騒ぎになっているでしょう。

 そうなっていないということは、少なくとも釣鐘が鳴っていないと言うことを表していると考えられるけれど、他の物で代用出来たりするのかな? 笛というのは配役ではなく、道具でしかない。けれど、それがなければ物語としての体裁がとれないから。どこかに笛としとしての役割、もしくは笛の音としての代用がきくものがあるはず。それを見つければ、演奏者も見つけられるはずだから。

「あとは三輪町で、今までにネズミによる被害が問題視されたことはありましたか? 一軒での問題ではなく、ある程度の規模のものがあると嬉しいんですけど」

「ネズミですか?」

 ハーメルンの笛吹き男。どれだけの学説が説かれたところで、起因となっているものは同じ。ネズミの被害が町全域に広がったことにより、子供達の失踪へと繋がる。笛吹き男を医者として、子供達を患者と見る例も存在するけれど、それにしたってネズミが疫病を運んだのが原因とされている。私が知っている知識の中では、ネズミの存在はなくてはならないもの。そこを無視すれば、物語としては成り立たないはずですが。

「警察として把握している範囲では聞いたことはありませんが、そこについてはお昼からお会いする方々に直接質問されたほうが良いでしょう。自分の持っている情報は、この町の一部に過ぎませんから」

「分かりました、そうさせてもらいますね」

 そういえば、町の駐在さんは警察組織の中で、どのような役割を負っているのでしょう? 地域のおまわりさん程度の印象しか持っていませんでしたが、確か消防であったり、保安庁の職員が詰めていることもありますよね?

 けれど、三輪町の駐在所には諏訪さんしか見当たりません。他の組織の方が出入りしている気配もなく、一人だけですよね。これには理由があるのでしょうか? 今回の件に直接関係があるとは思えませんが、たずねたほうがいいのでしょうか?

「お話、まとまったかな? お姉ちゃん、気になることがあるんだけど、聞いても良い?」

 事件とは直接関係なさそうなことに、私が頭を傾け始めたころ、姉さんがそっと手を上げて質問を投げかけてくる。そこまで遠慮しなくても良いとは思いますが、どうしても話を自分だけで進めてしまう傾向があるので、入り難かったのでしょうか。こういったところも直していくべきでしょうね。

「大体はまとまったと思っていますよ。姉さん、何か気になりますか?」

「うん、駐在所って諏訪さんだけなの? ここ結構大きいよね?」

 交番は交代勤務、駐在所は居住を兼ねている。だから、大きくなりがちなのは珍しいことではありませんが、執務室的な物が数多く存在しており、諏訪さんが一人で詰めているには少々大き過ぎる気がします。ほとんどが使われなくなって久しいのか、ホコリも溜まっていましたよね?

「ここの駐在所は、元々消防関係の方も詰めていたのですが、近くの山での事故がそれなりの件数発生するので、小さいながらも消防署が町の中に作られたんですよ。昔はそれなりに賑やかだったようですが、古い建物ですからね」

「そうなんですね。諏訪さん一人だと寂しそうだなって思ったので、聞きたくなりました」

 矢までの事故ですか。そういえば、潰れた神社も山の中に存在すると言われていましたね。これもまた直接的に関係なさそうな気はしますが、無視はしないほうが良さそうです。神社やお寺というものは、その土地における防壁として作用していた可能性があります。管理するのもがいなくなれば、荒れてしまうのは当然の話ですが、何年かは力が残留すると考えればどうでしょう?

 アンティークは発動するまで、長時間眠り続けた状態になっています。条件が合い、物語を展開できるだけのエネルギーを溜め込めば発動する。そういった厄介なものです。仮の話として、感染者が死亡した場合はどうなるのでしょうか? アンティークとしてはどのような反応を示すのでしょう?

 エネルギーを溜めることができないのであれば、消費し続けるのであれば即座に停止。そうでなく、一時的に溜めることが出来るのだとしたら? 次のエネルギー源を見つけるまで、溜めたまま眠っていられるのだとしたら、感染者が活動状態にあるという前提が崩れることになります。

 物語を展開し続ける上で、私はガソリンのようにエネルギーを消費し続けているものだと思っていますが、これが思い込みでない保証はありません。アンティークが作られ始めて既に百年以上の年月が経過しています。その間にどれだけの技術的な進歩があったのか、こちらにとっては迷惑な進化を遂げているのか。そういった部分を考慮するのなら、エネルギーを溜められるタイプが存在したとしてもおかしくはないでしょう。

 見た目上の主である感染者、事実は生命を吸い取られているだけの犠牲者でしかなく、使い捨てられる存在。そこに特化させているのだとしたら? これも憶測でしかありませんが、可能性が存在している以上思考から排除するのは難しい。

「諏訪さん、ちょっと繰り返すことになりますが、どれくらいまで機能していたか分かりますか? 神主さんがいなくなって、何年経過したか資料がありませんか?」

「自分には分かりかねますが、役場にいけば分かると思いますよ。跡継ぎがいない状態で神主さんがお亡くなり、潰れましたので税金的な処理があったと思います」

 徴税関係に変更があった場合、役場でなら把握はしているでしょう。その時期を調べることに意味があるのかと問われれば、明確な回答を出すのは難しい。単純に可能性として無視できないというものであり、それは希望的観測とは反対の位置に存在するものだから、見逃したくないだけ。

 ただ、記録だけを追いかけても意味はなく、最終的には神社の跡地へ行くことが求められるのですが、場所を知らない私だけでは神社へ辿り着くのが難しいかもしれませんね。

「先ほどおっしゃられていた、山の事故ってなんでしょう? 消防署が必要になると考えるなら、遭難とかですか?」

「遭難といって良いのか、正直判断し辛いところもあるのですが、あの山は昔から迷いやすいらしくて。見た目はハイキングが出来そうな高さしかないんですけどね」

「なるほど。その山、捜査するだけの価値はありそうですが、全域を探すとなると難しそうですね。洞窟とか、防空壕後とかあるのであれば、そこを集中的に探したほうが良さそうです」

「そういった部分は、消防署に資料があるはずですから。なるほど、町の中については既に探し終わっている感じですが、そういったところまでは探していませんね。協力を要請すれば、消防も動いてくれるでしょう」

 大人数を投入しなければいけない行動は、出来る限り避けたい。何かあったとしても助けることなんて出来ないし、被害がそれだけ広がることになってしまうから。出来る限り少人数、私達だけでどうにかしたいというのが本音ですが、こちらが救助を要請しなければいけないような状況になるのは本末転倒。何より、姉さんを対策の出来ない状態で危ないところへは連れて行きたくない。

 ひどい話かもしれないけれど、私にとって何よりも大切なのは姉さんであり、その他の人は余力がある時に手を差し伸べる程度の存在でしかないから。子供達の捜索という大義名分もありますので、今回は利用させてもらいましょう。

 まったく、この仕事を続けていると心がどんどんと黒くなっていって、いつか救いようのない存在になってしまいそうで、怖いですね。その時になったら、姉さんともお別れですか。

「では、先ほどの捜査の方針に変更を入れます。町中の見回りは町民の方に、山中の捜索に関しては消防へ依頼。私と諏訪さん、出来ることなら町の構造について詳しい方も合わせて、町の中の捜査と神社へ行きます。何か怪しいものを見つけた時は、触れることなく私達へ連絡していただく形にして、翌日に姉さんと一緒に行く形を取ります。姉さんは道具の点検をお願いしますね、上手くいけばすぐに解決出来るかもしれません」

「いやぁ、やはりこういった事件の専門家の方がいると助かりますね。どうしようかと右往左往しているだけの自分とは違いますよ」

「ありがとうございます。けれど、その褒め言葉は解決するまで取っておいて下さい。油断へと繋がってしまいますので」

 事件の内容をハーメルンの笛吹き男だと決め付けて、今は動いています。それが外れていないのなら、これで解決できる可能性もありますが、そこまで素直に行くものでしょうか? 山中の捜索をしたことはありませんが、簡単に進むものだとは思えませんし、町中の見回りで遭遇しないという保証もありません。探している間に感染者に遭遇して、教われないという保証だってない。いつものこととはいえ、怖いことばかりで嫌になりますね。

 関わり続けている理由が後ろ向きなのも、気分を重くしてしまう要因なのでしょう。困ったものです。

「可奈さん、そろそろお昼にしませんか? あまり遅くなると、昼食抜きで集会所へ行くことになりますよ」

「それは遠慮したい事実ですね。姉さん、食べたいものありますか?」

「んー、警察だからカツ丼? ほら、ドラマとかで出てくるでしょ?」

 それは取調室だと思いますし、最近のドラマでは出てこないと思いますが、この際細かいことは良いでしょう。腹が減ってはなんとやらとも言いますし、今日の捜査で動きがあった場合には夕食を食べている余裕はなさそうですから。食べられる時に食べてしまいましょう。

「昼食なら経費で落ちますから、諏訪さんもご一緒にどうですか? こういう時は、政府のバックアップは助かりますね」

「そんな感じで大丈夫なんですか?」

「食べることくらいしか楽しみがなく、現場は危険過ぎますからね。この程度のものなら文句も言われませんよ」

 税金を納めている身としては、こういったご飯代に消えていくのは悲しいけれど、恩恵も受けている身なので口出しできない。何より、田中さん達が積極的に危険を引き受けてくれているのは事実で、彼らのサポートがあるからこそ情報が手にはいるし、ある程度の安全が確保出来ているから、これくらいは許されても良いのかもしれませんね。

 カツを何枚乗せるのか、大盛りにしても経費が通るのか、そんなどうでも良いことを話しながら過ぎ行く時間。こういったものも、今くらいは良いのでしょう。仕事で大切なのはメリハリですから、いつも気を張っている状態では持ちません。お昼からの出来事は一度置いておいて、私も会話に参加しましょう。

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