第5話 岩戸に広がる楽園
ここはどこだろう。じめじめとして、嫌な臭いもする。自分の部屋でないことしか分からない。
暗くて、狭くて、少し熱い。
沢山の人の気配がする。すぐ近くからも、ちょっと離れたところからも、いっぱい人がいる。周りが暗くてよく見えないけれど、大人には見えないかな? 背が低くて、体も小さい。子供かな? うん、きっとそう。この場所には私も含めて、子供ばかりが集められているみたい。
でも、どうして? どうして、私はこんなところにいるのかな? 昨日の夜の出来事を思い返しても、特に不思議なところはないのに。
お風呂に入って、学校で話題になっているドラマを見た。みんなは主演の俳優さんが格好良いと騒いでいるけれど、私としてはペアになっている女優さんの演技が上手いから、そう見えているだけだと思うけど。格好よさだけで売っていられるのは最初だけでしょ? やっぱり演技で魅せてくれないと、俳優としての寿命は短いと思う。
そういえば、トリートメントがなくなりかけていたから、今日くらいに新しいのを入れとかないとなくなってしまう。最近、ちょっと減りが早い気がする。お父さんがこっそり使っているの? あれは、私のだから使わないでって言っているのに、もう。全然人の話を聞かないんだから、嫌になっちゃう。
それにしても、ここはどこなんだろ? みんな疲れているみたいでぐったりしているのが雰囲気で伝わってくる。暗くて見えないけれど、こんなところにいて元気な方がおかしいのかもしれないね。じめじめしててテンション下がる、家の中ではなさそうなのに風も吹いていない。どこか遠くから音だけは聞こえているのに、笛の音みたいなものだけ聞こえているのに。
そういえば、昨日の予習で分からないところがあったのよね。授業で当てられそうだから、テストにも出そうだからどうにかしておきたいのに、先生に聞いたら教えてくれるかな? そのせいで日記に書くことも暗くなっちゃったし、勉強ってホント嫌い。
今だってお気に入りのパジャマは汚れているし、足も痛い。喉も乾いて、お腹だってすいてきた。小さな子が泣いて、それに怒っている男の子もいる。ここがどこなのか知っている人はいなさそうで、不安になってきた。変わらないのは、ずっと聞こえている笛の音だけ。どこからか聞こえてくる、そう昨日の夜も聞こえてきた悲しい音。寂しくなる、涙が出てきそうになる曲。私は音楽のことなんて分からないけれど、誰かを呼んでいるような、ずっと待っているような感じだった。
その音が聞こえて、行かなきゃって思ったの。私だけでも行かないと、この笛の音が消えてしまうと思ったから。夜中だから見つかると怒られるし、バジャマのまま靴だけはいてこっそりと出かけたわ。お父さんもお母さんも気付いていないみたいだった。
笛の音を追いかけて、夜の町をウロウロして――その先、私はどうしたの? どうしてこんなところにいて、水の中に座っているの? 冷たくはない、周りがちょっと熱いから寒くもない。
でも、どうしてここにいるの?
出かけた理由は分かったのに、ここにいる理由は分からない。靴をはいて外に出た。その先の記憶がないのはどうして?
どこへ向かったのか、どこを歩いたのか、ずっと暮らしていた町なのに分からない。どれくらい歩いたのかも覚えていなくて、何を見たかも覚えていない。どうして、? なぜ、何も覚えていないの?
「恐い。ここはどこなの?」
気持ち悪い。明かりもちょっとしかなくて、目の前の子の顔さえ分からない。遠くなんて何も見えなくて、なんだか臭いにおいのする場所になんていたくない。今すぐに、家に帰りたい。お父さんとお母さんが待っている家に、帰りたい。
足が痛くて、すごく疲れている。お腹もすいて、もう動きたくない。それなのにどうして、お母さんはきてくれないの? 私が困っているのに、どうして誰も助けてくれないの?
聞こえるのは鳴き声ばかりで、怒っていたはずの声が聞こえなくなった。小さな子供が固まっているところがあるみたいで、何も出来ないから泣くしかない。まるで予防接種の会場みたい。一人がなく出すとそれにつられるようにして、周りの子供まで泣き出してしまう。止められる大人はいなくて、どんどんと声が大きくなっている。
おうちに帰りたい。お父さん、お母さんと、助けを呼ぶ声ばかり。誰もきてくれないのに、誰も来てくれないからこそ、願いで溢れてしまう。誰か助けてと心から願う声は、心が痛くなる。大丈夫だよって、きっとおうちに帰れるよって、本当なら声をかけてあげたい。でも、忘れちゃ駄目なことがあるよ。私達には、忘れちゃいけないことがあるよ。
私は誰かに誘われるようにして、きっと他のみんなも笛の音につられるようにして、ここに集まった。どうしてここにいるのかが分からなくて、不安になって。笛を吹いていたのがだれなのか、きっと知っている人はいない。小説で読んだことがあるけれど、こういった異常事態が起きている時は、冷静にならないと危険なの。
私達がここに集められた理由は何? 私達をここに集めた理由は何?
こんなひどいところに押し込められているんだから、集めた人が優しとは思えない。私達の為にと、善意で集めたとは思えない。子供ばかりが集まっているのだから、誘拐された可能性もある。高校生になっても妄想ばかりだと言われるかもしれないけれど、今の状態が普通だとは思えないでしょ? 安全でいる為にはちょっとくらいズルくて、自分のことを守れるようにならないと。
ウチはお金持ちじゃないし、あの町にお金持ちが住んでいるなんて話を聞いたこともないけれど、これだけの人数をさらってしまえば大金になるんじゃないかな? お金が出せないと言われたら少しくらい減らしても、どうにかなると考えたりしないかな?
嫌な方向に考えている。それは分かっているけれど、怖いものは怖いから。
もしも、犯人が狂暴だったら? うる騒ぐ子供が、嫌いなタイプだったら?
助けてほしいと願う声、お父さんお母さんと叫ぶ声にイライラしたら? 泣いている子供の近くにいるのは危険だ。
今の状態が快適だなんて思っていないし、私も助けて欲しい。家に帰りたいし、太陽の光も浴びたいし、お風呂にも入りたい。でも、それは無事に帰らないと出来ないことでしょ? ここで殺されたりなんてしたら、叶わなくなっちゃうんだよ?
今、この暗い空間には鳴き声が溢れているけれど、何もせずにじっとしている集団もある。騒ぐことも、動き回ることもなく、じっとしている人達がいる。諦めているだけかもしれないし、疲れて眠っているだけかもしれない。私のように危険だと考えて、口を閉ざしているのかもしれない。
どうすことが正解なのか分からない。小さな子を助けてあげられない自分はズルい。それでも騒いでいるのは危険だと、そう告げる私の考えが正しいのだとしたら? 賑やか輪の中にとどまり続けているのは、危ない。みんなをあやして静かにさせる自信はないし、私の考えがただの妄想なら放っておいても大丈夫だよね。
「ごめんなさい、ちょっと通してもらっても良い?」
天井が低く、背の高くない私でも中腰でないと移動出来ない。何かが起きたとしても走ることは出来ない。暗くて、広さだけはあって、臭い場所。ここがどこなのかは分からない。でも、安全な場所でないのだけは確かだから。
外から聞こえる笛の音が消えてしまう前に移動しよう。あれが消えた時、何かが起こりそうな気する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます