第3話 夢の跡地に舞い降りて

 いつも弱めにきかせてある冷房では、四人分の熱量を受け止めることは出来ず、設定温度を下げてしまう。環境保護が叫ばれ、エコブームである今、駐在所の空調設備についてはかなり細かく指示が出ている。本部の言いたいこともわかるし、税金が給料になっている身分だというのは理解しているつもりだけれど、少しくらいは緩めてくれてもいいんじゃないかと、若干の不安が残ってしまう。

「まず最初に、現状を確認させて下さい。基本的に諏訪さんの提出された報告書以外、こちらは情報を持っていないと考えていただいて結構です」

「分かりました。少し長くなりますので、お茶を用意しますね」

 分かっていない人間が、分かる範囲で書いただけの物。それを報告書と呼んでいいかどうか、正直なところ分からないけれど、あれしか読んでいないのであれば、まだ自分にも役割がある。追加情報ほどではなくとも、書面に起こすことが難しかった事象なら、たくさん起きているのだから。

「お菓子は出ますか?」

「そうですね。お若い女性もいることですし、何か出しましょうか」

 田舎の駐在所というのは、本来の役割とは別に、相談所としての側面を持っていたりする。その内容としては、深刻なものなどほとんどなく、花壇に植える球根だったり、囲碁会の開催時期だったりと、日常的なものがほとんど。相談所というよりは、雑談スペースと言えるかもしれない。

 ただ、田舎というのはそういった何でもなさそうな繋がりこそ大切で、ここを雑談スペースとして貸し出すことにより、仲良くしてもらっている面があるのは、事実だ。

 お陰さまで、お茶やお茶請けについては切らすことなく、買い揃えておく癖がついてしまった。彼女達は遠いところから、助けに来てくれた。先程疑ってしまったところもあるし、お詫びとして少し高めのものでも出しておこうかな? ここら辺に、クッキーがあったと思うけど。自分のお気に入りだし、好みにあうといいけれど。

 お茶に関しては詳しくないから、スーパーで適当に買ってきたものでしかないが、このクッキーは都会でも人気だと聞いている。それが本当かどうかは知らないけれど、高いだけに美味しいから騙されてはいないだろう。

 ヤカンをひにかけ、クッキーを皿に盛り付ける。考えてみればいつもくるのはご老人が多いので、誰かとこのクッキーを食べるのは、初めてではないか? こんな事件が起きているような状況でなければ、もう少し楽しみようがあるというのに、残念だ。

 ここにくるまでは、どちらかと言えば寡黙な人間で通っていたというのに、環境に影響される部分はやはり大きい。そう考えると、あの年で専門家と呼ばれ、警視庁から頼りにされるにはどんな環境に身を置かなければいけないのだろうか? それこそ、想像もしたくないような、日々が世界のどこかにあるのだろう。

 考え事をしている間に沸いたお湯を急須に移し、湯呑へとお茶を注ぐ。立ち上っていく湯気のように、子供たちがどこかに消えてしまいそうで、薄く汗をかいているような状態にもかかわらず、寒気がする。

 ダメだ、時間が経過するほどに嫌な想像ばかりをしてしまう。自分がそんなことでは誰かを助けることなど出来ないと知っているのに、嫌な想像と、それを振り払うための無駄に明るい想像。その2つが繰り返され、考え事がまとまらない。

「お待たせしました。お口に合えばいいのですが」

「これはご丁寧に、ありがとうございます。お忙しい中に押し掛けてしまい、申し訳ありません」

 三森加奈さん。まだ十代だというのにこの落ち着きようは末恐ろしいものがある。子供らしさは見た目に残り、言葉の端々には表れているというのに、どうにも社会人のような喋り方が板についてしまっている。見た目との差は大きいはずなのに、どこか納得させられてしまうのは、この話し方が時間と共に身についてしまっているからだろう。

「加奈ちゃん、これ山本道子だよ。ほら、なんか人がいっぱいいるあたりの、高いやつ」

 それとは反対に、落ち着きがないのが三森彩音さん。ふわふわとした雰囲気をまとい、どこかに飛んでいきそうではあるけれど、大人の女性であることは間違いないだろう。顔立ちに関してはどちらかと言えば美人だし、子供と間違えるようなプロポーションでもない。

 ただ、ここまで素直に笑顔を浮かべている姉の傍で、妹がこんなふうに育ってしまうというのは悲しいものを感じさせる。それこそが、彼女達を専門家にさせてしまったのだろうか?

「……私の分も食べていいですよ。だから、少し大人しくしてて下さいね」

 目を輝かせ、釘付けになってしまっている彩音さん。その様子に苦笑を浮かべるも、優しくあやしている姿は母親のようで。外から見ている分にはどちらが年上なのか、間違ってしまいそうだ。二十歳前後の女性は、ただでさえ多感な時期だというのにこういった誤解を招くような行動は、出来ることなら避けて欲しい。ついでにいうのなら、自分としては早く事件のことについて話を始めてしまいたいのですが、難しいでしょうか?

「申し訳ありません。時計を持ち合わせていない時の姉さんは、興味が出たものに対して我慢出来ないもので。時々ハイテンションになってしまうんですよ」

 時計を所持していない? なるほど、彩音さんにとっては時計が、心を落ち着けるために必要なものなんですね。この駐在所にも腕時計や壁掛け時計がありますが、自分のものでなければ効果はないのでしょうか? 興味を持ってしまった物にふらふらと、自分を抑えることなく近寄ってしまう。その様子はまるで花畑を舞う蝶のようで、優雅さと危うさを併せ持つ形になる。

「大丈夫ですよ、今は頼りないように感じるかもしれませんが、私の自慢の姉です。事件の解決を担当してくれるのは姉で、私は話をまとめたりするサポート役でしかありませんから」

「そうなんですか? なんだか、大変そうですね」

「大変ということはありませんよ? 自宅では落ち着いている分だけ、こういった姉さんも可愛いですよ」

 先ほども見せてもらった笑顔。年相応としか思えない、ただの少女にしか思わせない笑顔。この裏に存在している苦労は、どんなものだろうか? 自分が見通しすら立てられない事件において、こういった分からない部分こそが効果を発揮するのかもしれない。

「さて、可愛い彩音姉さんも見られましたし、話を進めましょうか」

「分かりました。まずは報告書を基に、進めさせていきます」

 お茶を一口すすり、頭を切り替える。少女にしか見えなかったところで、彼女は専門家だ。自分よりも経験が豊富で、事件についての知識量が勝っている。それを頼りにする為に来てもらったのだから、時間を無駄にすることは出来ない。

 それにしても、報告書か。これを果たして報告書として呼んでもいいのだろうか?

 集団失踪事件。物騒な見出しから始まっている、管理ナンバーすら取り忘れてしまったもの。とにかく状況だけでも伝え、指示を仰ぐためだけに作った、走り書き。文法的におかしなところも目立つけれど、なんとかまとめた過去の自分を褒めたやりたい。

 町は混乱を極めて、日常生活なんてものは、崩れ去った。子供を探す親で町は溢れた、そこら中で揉めごとが起きていた。普段は大人しいはずの人が怒鳴り声をあげ、現実を見るのを拒むかのように泣き続ける人もいる。平穏であることが、何より当たり前だったこの町にとって、今回の事件は大きな影響を与え、全てを壊した。そんな中で報告出来たのだから、上出来だろう。

 もちろん、欲を言ってしまえば誰にも頼ることなく、駐在である自分が解決してしまいたかったけれど、それは現実的ではないとすぐに思い知らされたから。あまりにも規模が大き過ぎて、自分の手に負えるものではなかった。

「目を通す程度はしていますので、全てを説明して頂く必要はありません。ただ、今から始める打ち合わせの中では、既に答え飽きている質問もあるかもしれませんが再確認と、私達は諏訪さんの感じているものを直接聞かせて頂く為に、申し訳ありませんがお答え願います」

 話をまとめるサポート役。そう口にしただけのことはある喋り方。こちらの機嫌を損ねない程度でありながら、事務的なやり取りになるよう努める姿勢。それが一番早く情報を引き出せると知っているから、彼女にとってはいつものやり方なのだろう。

 別に、問題はない。事件の解決へと繋がるのであれば、何も問題はない。

「その程度お安いご用です」

 自分に出来るのは、彼女達が動き出せるように、持っている情報を提供するだけ。こちらが持っているだけの情報で、推測してもらうだけ。年下に頼ることになるのは情けないけれど、自分のプライドくらい安いものだ。

「ありがとうございます。こちらは諏訪さんから頂く情報と、過去の事件の情報を合わせて推測することになるでしょう。その内容は、けして現実的とは思えないものになると言えます。あり得ないと、鼻で笑いたくなるような推測が立つはずです。しかし、一つ覚えておいて下さい。その鼻で笑ってしまった分だけ、あり得ないと距離を開けてしまった分だけ、既に渦中にいる被害者達の命が危険にさらされると、それだけを忘れずにいて下さい」

 推測した内容は、現実的ではなくなる。そんなことを言われて、素直に差し出すのは難しい。

 けれど、こんなにも変わられてしまえば、拒否することなど出来ない。目の前の彼女が要求するものから、意識を外すことは難しい。喋り続けている彼女の声、それは先ほどの姉を可愛がっていたものからは遠く離れ、明るさの消えたまるで鉛のように重たい、響いてくるようなものへと口調を変えている。

 それはこちらの心に、のしかかるような重圧を与え、反論を封じている。そして、何よりも事件が以上であること、自分の考えが甘かったことを、再認識させられるものだ。重たい、ただひたすらに重たい。それ以外の表現が禁止されたかのように、自分の心は動きを止めてしまう。彼女の言葉の通りに動くだけの、そんなものに変わってしまったかのようだ。

「では、事件に気づいたのは、七月十五日の朝六時頃でよろしいですか?」

「はい、いつも通り出てきたら、あまりにも静かだったもので。普段は遠くの学校へと通う高校生が、自転車を走らせている時間帯です」

 脅されたわけではない。催眠術のようなものをかけられた覚えはない。

 けれど、事実として自分の口は自分の言葉のまま、自分の意思を無視して言葉を並べている。彼女に誘導されるままに、彼女の質問のままに情報を引き出されていく。そこについて不快だと感じないのは、危険なのだはないだろうか?

「その時遅刻ではなく、違和感として感じたのはなぜでしょうか? それほどまでに規則正しい高校生なのですか?」

「どうでしょうか? 基本的に顔を会せない日がないもので、そのように感じたのかもしれません。何より、町が余りにも静かだったもので、心のどこかで不安を感じていたのでしょう」

 おかしいと感じるきっかけになったのは事実で、そのことについては否定しようがない。けれど、どうしてそのように感じたのかと追及されたとしても、今以上の答えが出てくることはないだろう。理論立てて説明出来るような、そういったものではない。

「諏訪さんはその高校生と顔見知りですか?」

「どうでしょうか。こちらとしては毎日のように顔を会せているので親近感を持っていますが、実のところ名前すら知りしませんでした。こんな事件が起きなければ、リストに名前を載せる必要がなければ、卒業するまで知らなかったかもしれませんね」

 自分が知っているのは、遠くの高校に通っている頑張り屋さんだということくらい。雨の日も、風が強い日も、彼は自転車をこいで学校へと通っている。何がそこまで彼を駆り立てているのか、そこまでして遠くの学校に行く意味があるのか、自分には正直分からない。ただ、その真直ぐ前を見ている瞳に、若さを感じて清々しい気持ちになれるもの事実だ。

「なるほど。高校生は被害者と成り得るんですね。うーん、今回の事件ですが、被害者としてリストに載っている子供の内、一番年上なのは何歳ですか?」

 高校生が被害者になっているというのが、彼女にとっては意外なことなのだろうか? 好奇心が旺盛で、危険なものにも近寄ってしまう。そんな年毎だからこそ、自分としては違和感が少なかったのだけど。そもそも、高校生は子供の中に含まれていてもいいはずだ。そこを考慮していなかったというのは、こちらとしては不思議でならない。

「年齢としては、十九歳ですね。もっとも、つい先日誕生日を迎えられたようですが」

「二十歳の被害者はいますか? または、この町に二十歳で被害者になっていない方はいますか?」

 十九歳と二十歳。小さいように見えて、成人かどうかという時点では、警察としては大きな意味合いを持つ。ただ、自分と同じ疑問を彼女が抱いているとは考えられない。先ほど少しミスはあったようだけれど、おそらく大きな意味を持つ質問なのだろう。

 何より、被害者の年齢に着目しているというのは、こちらとしては考えていなかったものだ。ただ漠然と、二十歳は子供ではないと感じただけ。

「いませんよ。被害者の中に二十歳以上はいません。そして、二十歳で失踪していない人はいますよ」

「なるほど。人の少ない町でどうやって人数の調整をしているのかと思っていましたが、そういうことですか。後は、耳の悪い子供が被害者になっていないと、こちらとしては都合がいいのですが。どうですか?」

「よくご存じですね。そんなこと、報告書には書いていませんよ?」

 あの報告書はあくまで一時的なものとして作成した。本来であれば、解決した後に書くべきものを、途中経過として提出したに過ぎない。だから、そこには被害者のリストもついていないし、当然の話として被害者の特徴も書かれていない。

 あの時の自分が把握できたのは、子供がたくさんいなくなってしまったこと。誰にも気づかれず、どこかへ行ってしまったことだけだ。それなのに、どうして彼女は知っているのだろう?

「田中さん、連絡を入れておいて下さい。少し変則的ではありますが、この事件はほぼ間違いなくハーメルンの笛吹き男です。凶悪性は低いので、うまくいけば被害者の子供達は生きているかもしれません」

「分かりました。物語の特定ありがとうございます」

「いえいえ、とても有名な童話ですよ。これなら、私でなくても特定が出来たでしょう」

 童話? ハーメルンの笛吹き男?

 確かに、タイトルくらいは聞いたことがあり、なんとなくなら話を覚えている。その程度には有名な童話だったと思うが、それがこの事件に関係しているというのだろうか? いや、まさか。

「諏訪さん、今回の事件。被害者の人数は百三十人程度だったりしませんか?」

「今現在、百二十人ほどは失踪しているのが確認出来ています。まだ報告が来ていないという可能性もありますので、多少の増加はありえるでしょう」

「なるほど。ここまで物語に行き当たるとは、正直思っていませんでしたが。これで推測は立てられますね。ラッキーですよ」

 さっきから言っていることが、いまいち的を得ていない。自分が知りたいのは被害者の行方であり、その安否だ。別に、どんな物語をモチーフにしているかなんて知りたいわけではない。

「まさか、犯人はハーメルンの笛吹き男を真似て、被害者をさらったと言いたいのですか?」

「その、まさかですよ。それに真似たのではなく、まさしくハーメルンの笛吹き男の仕業です。失踪だと聞いていたので、いくつかの物語にアタリをつけておきましたが、ここまで素直に行き着いたのは、幸運としか言いようがありませんね」

 犯人はハーメルンの笛吹き男? まさか、そんな話があるわけないだろう? あれはただの物語でしかなく、誰かに被害をもたらすなど考えられない。そもそも、人間ですらないものがこれだけ多くの被害者を、一夜でさらえるはずがない。

「ありえないって顔をしていますね。でも、これが事実ですよ」

 これが事実ということは、まさか童話が人をさらったとでも言うのだろうか? それこそが事実だと、彼女は言うのだろうか?

 自分の頭では、全く理解が追い付かない。

「この打ち合わせの最初に言ったはずですよ? ありえないと、鼻で笑うような結末が待っていると。どうですか、言った通りになったでしょう?」

 確かにそうかもしれない。最初に言われた通り、ありえないとしか言いようのない、笑いたくなるようなものに辿り着いてしまった。その上で、田中さんは真面目に報告の電話をかけ始めるし、クッキーを頬張っていたはずのお姉さんも、いつの間にか真面目に話を聞く姿勢になっている。

 つまりは、今この状態ことが冗談だと言いたくなるような状況で、これこそが真実だとでも言うのだろうか?

「ありえない。物語が人をさらったと?」

「正確には物語ではなく、物語を飲み込んだ物。私達がアンティークと呼んでいる危険物がこの町には存在することになります。回収しなければ被害は収まるどころか、もっとひどくなりますよ」

 まさかだった。真面目な顔をして、彼女は訳の分からないことを言い出す。それについてうなずいている、お姉さんも信じられない。もしかして、自分はからかわれているのだろうか? 事件を解決出来る見込みがないからと、からかわれているのだろうか?

「諏訪さん、信じられないのは当然の話です。直接的な被害者にでもならない限り、こんな話は信じられないでしょう。しかし、あなたが信じられないからと距離を取るならば、それは被害者の凄惨なる死に繋がることを忘れないで下さい。私達だって、アンティークが関わっているという、最悪と呼べる状況でないのなら、一緒になって笑いたいところなんですから」

「……事実なんですね?」

「ええ、十中八九間違いないでしょう。仮に間違っていたのなら、とても安全なことです。ただの人間を相手にするだけなら、田中さんがどうにかしてくれますよ」

 ただの人間が相手ならと? そうなると、田中さんの役割は連絡と、ボディーガードといったところなのか?

 姉妹の役割は聞いていたけれど、その中年男性については名前以外分かっていないのだから、もう少し警戒すべきだったか。

「どちらにしても、すぐに信じろというのは無理な話ですよね。ただ、安心しないで下さい。私達と行動を共にするということは、物語を閉じる現場に居合わせるということです。どれだけ拒否しようとも、物語がもたらす結果を目の当たりにすることでしょう。死体や流血程度で驚かないように、心を強く保って下さい」

「そんな、お化け屋敷に入る前みたいに注意されても困りますよ。三森さんはこんな事件にばかり関わってきたんですか? 物語とかいう、訳の分からないものばかりを追いかけているんですか?」

 彼女が口にしている言葉が分からない。どういったつもりで自分に話しているのか、分かりたくもない。

 確かに、事実は小説よりも奇なりとはいうけれど、ここまでのものであるはずがない。あれはただのことわざでしかなく、注意を促す為に存在している程度のものだろう? 起こりうる事実として理解しろだなんて、そんなことは言っていないはずだ。

「諏訪さんは不思議に思いませんでしたか? 警察が特殊な事件として私達に任せているのが。私達のような小娘が専門家として現場をウロウロしている状況を。どうしてだろうって、疑問に思いませんでしたか?」

「まさか、そういうことですか? こういった事件だからと? でも、分かったところで解決出来ないのは同じでしょ?」

「そうですね、私達も解決は出来ません。被害者を救うのではなく物語を壊す形でしか、対応が出来ません」

 物語を壊す? それは、ハーメルンの笛吹き男という物語を壊すことによって、事件に終止符を打つということだろうか? それとも、被害者がさらわれているという状況を壊すことにより、対応するのだろうか?

 そのやり方は危険ではないのか? 被害者を無駄に危険にさらしてしまうような、そんなやり方だったりしないのだろうか? そうであれば、自分はこの町の駐在として彼女達の対応を止めなければいけない。

「安心して下さい。被害者の方がこれ以上危険にさらされることはありませんよ。今はこの上なく危険だから、何かがあったとしても何も変わりません。私達に出来るのは、一刻も早く事件を終結させること。それと同時に、可能な限り人命を助けることです」

「被害者のみんなは、そんなに危険な状態なんですか? 集団で家出をしたなんて、オチにはなりませんか?」

「誰にも見つからず、百三十人くらいの人間が一夜にして失踪出来ますか? 家出という可能性が限りなく低いことは、諏訪さんが良く分かっているでしょう?」

 聞きたくなかった現実。想像していたかった、被害者のみんなが無事で帰ってくる未来。どうやらそれはただの夢物語でしかなく、辿り着ける先には存在していないようだ。こんな田舎町なのに、どうしてこんな目に合わなければいけないんだ?

「自分に出来ることはあるのでしょうか? こうして話を聞いていても、出来そうなことが思い浮かびません」

「物語を閉じる為には、この町に今起きていることをたくさんの人から聞き出して、情報を集めるしかありません。可能性として一番高いのがハーメルンの笛吹き男であることは、ほとんど揺らがないと思いますが。物語を読み解いて行く為には、まだまだ配役が足りません。それを見つけなければ、被害者の居場所が特定出来ませんよ」

「居場所? 消えてしまったのではなく、どこかにさらわれているのですか?」

 物語がさらっていったと言われたので、てっきり飲み込まれてしまったとか、既に死んでいるような状態を想像してしまったけれど、まだその段階ではないということだろうか? まだ、助けられるのだろうか?

「人命を簡単に諦めてはいけませんよ。集団失踪が物語の結末と結びついているとしたら、山の方へさらわれて行った可能性が高いです。物語の真相に近づいていない間は、闇雲に探しても辿り着くことはありませんが、読み解いてしまえばそこへ行くことも不可能ではなくなります。その為に、見つかっていない配役、笛吹き男とネズミを見つける必要がありますね」

 配役を見つける。なるほど、物語だからこそ読み解いてしまえば良いのか。そうすれば、物語の終盤へと子供達がさらわれていく場面へと、辿り着ける。そこまで来てしまえば、失踪している被害者を見つけられるということでしょう。

「被害者達が物語の終盤にいる以上、あまりのんびりと調査は出来ません。ただ、焦りはミスを生み、重要なものを見落とします。急げ、けれど焦るなの精神で、読み解いて行きましょう。物語の終わりに近づけば、彩音姉さんが壊してくれますから」

「うん、私も頑張るよ。だから、加奈ちゃんも気を付けてね」

 仲良くじゃれあったいるようにしか見えない姉妹。どこにでもいそうで、ぼんやりとしたお姉さんと、しっかり者の妹さん。それだけにしか見えないのに、彼女達は危険な事件へと足を踏み入れていく。自分は専門外だから、道先案内をすることは出来ないだろう。情けない話だが、今まで警察官として培ってきた知識と経験では、彼女達が挑もうとしているものには力添えが出来ない。

「さて、諏訪さんにもしっかりと働いてもらいますよ? この事件、どれだけの人を救えるかは、諏訪さんにかかっていますからね?」

「自分ですか? 何かお役に立てますか?」

 おかしい。自分はこの場において、この事件においては役に立たないはずなのに、なぜ頼りにされているのだろう? 声をかけられ、頼りにしていることを伝えてもらえるような、そんな立場になぜいるのだろう?

 物語のことなんてわからないし、捜査への協力も難しそうなのに。どうして、頼られているのか?

「先ほども言った通り、どれだけ早く配役を探せるか、それこそがこの事件を素早く終わらせるのに必要な条件です。町の人へ聞き込み調査が必要となる以上、駐在であるあなたの存在はとても大きなものとなるでしょう」

「駐在と言っても、普段警官らしいことは何もしていませんよ? ここだって、老人会の会場みたいなものですから」

 地域のみなさんと仲良くすること、町のみんなともめごとを起こさないこと。それを第一に考えて行動出来るのなら、この町で生きていけるはずだと、随分前に先輩から教わった。今の自分はそれを実行し続けているだけであり、警察官としてこの町の人に認識されているとは思えない。

「考えてもみて下さい。こういった小さな町では、私達みたいな異邦人が訪ねてきても、何も話なんて聞かせてくれないと思いませんか? 警戒してしまい、居留守を使われる可能性がありますよ。こちらは、町のためにもなるように頑張っているのに。情報を聞き出すことさえ難しいのであれば、事件の解決は遠のいてしまうでしょうね」

「なるほど、そういうことですか。わかりました、元々田中警部からも住民との調整について、任務として与えられています。どこまでやれるか分かりませんが、みなさんのサポートを全力で務めさせて頂きます」

「はい。頼りにしていますので、頑張って下さいね」

 事件の全貌はいまだ見えず、推測として立てられたものは荒唐無稽。

 ただ、そうだとしても解決出来るかもしれないという、被害者を助けられるかもしれないという、僅かな光が差し込んだから。自分はそこへと、進んでいこうと思う。

 その光が、幸せにつながっていない現実に、打ちのめされるのだとしても。


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