第2話 始まりは序曲から

 集団失踪。山間にある小さな町から、一夜にして子供たちが消え去ってしまった。何かを指し示したかのように、大人が気付かないうちにひっそりと。

 正確には、子供から若者。大体二十歳くらいまでの男女、人数にして百人以上が一夜にして姿を消してしまうだなんて、普通に考えてありえない話。家出にしては大規模過ぎるし、誰も行方を知らないなんてあってはならない話。いくら田舎とは言えども無人ではないのだから、それだけの人数が移動していて誰にも見つからないだなんてこと、ありえない。あってはならないはずのことなのに、起きてしまった。

 ただ、そんなものを事件として報告したところで、警察が真面目に取り扱ってくれるはずがない。冗談を聞いていられるほどに暇ではないと、笑われるのがオチで相手にしてくれない可能性の方が高い。別にその態度を悪いものだと捕らえるつもりはないし、職務怠慢だと言うつもりもない。正直なところ仕方がないと思うし、自分自身そんな話を持ってこられたところで、聞き流してしまうのが関の山だろう。

 しかし、今回に関してはそうはならなかった。なぜなら、県警本部へと連絡をいれているのが、町の駐在である自分であり、この事件がただ事ではないことを伝えたから。流石に身内である警官が、いたずらをしているとは処理されなかったようで、調書を作成してメールで送るように指示された。住所を何度も聞かれたのは、悲しいことだけど。

 小さな町だとは言っても、駐在くらいはいる。事件らしい事件が起きたこともなく、住民はみんな顔見知りのような関係。精々朝夕の見回りと、道案内をするくらいが自分の仕事だ。赴任してきた最初の頃は右も左も分からないし、娯楽もない小さな町に嫌気が指したものだけれど、五年十年と暮らしてみれば良いもの。住めば都とは良く言ったものだ。

 栄えている場所からは遠いけれど、今の世の中は通信販売も発達しているから、流行を追いかけようとしない限りは、ここで暮らすのも悪くはない。そんなふうに思えるようになった頃、こんな事件が起きるだなんて……残念だ。失踪した子供の中には毎日のように顔を合わせていた小学生もいるし、時々遊んでいた子もいる。もちろん、全く顔が分からない一緒の町に住んでいただけの高校生とかも調書には載っているけれど。何にしても、こんなことが起きてしまっては一大事だ。朝から晩まで町は大騒ぎで、小さな学校しかないものだから、生徒がいない為急行になっているところばかり。仕事が手に付かずに、混乱し続けている親御さん達をなだめるので、自分もかなり疲労した。

 そんな混乱が二日ほど続いた後、警視庁からこういった怪奇な事件の専門家が派遣されると連絡がきた。原因究明のプロフェッショナル、そういった話を聞いていたものだから勝手に想像してしまったところはある。渋い壮年の男性とか、聞き込み調査が得意そうなおばさんとか、見た目は普通だけど私立探偵として業界では有名な方とか。

 けれど、僕が今握手を交わしている相手は、そんなふうには見えない。田中さんと名乗る男性は、洞察力が優れているようには見えず、何かこういった事件に向いた特技を持ち合わせているようにも見えない。本当にただ、どこにでもいそうな感じの普通の男性。若くもなく年寄りでもない、四十歳手前くらいでいそうな感じ。失礼なことを言ってしまえば、量産型で没個性な感じだ。

 そうだとしても敏腕刑事という可能性もあったので、詳しく話をしようとしたら自分はただのサポート役だと紹介されてしまった。そんな彼の後ろには、2人の女の子。とてもこういった怪奇な事件の専門家には見えない。

「初めまして、私は三森彩音です。こちらは妹の可奈。2人共特別民間協力者です」

「特別民間協力者? もうしわけない、田舎者なのよく分からないんですが」

 特別協力、それは普段からこういった事件に関わっているということかい? それとも、普段はまったく別の仕事をしているけれど、解決出来るだけの能力を持っているということでしょうか?

「そちらについては、こちらを見ていただいてもよろしいでしょうか? 私達が口で説明するよりは、分かりやすく説得力があるはずですよ」

「では、ちょっと失礼しますね」

 今度喋りだしたのは、一番年下に見える女の子。たしか、可奈ちゃんと紹介されたか? にこにこと柔らかい笑顔のまま、自分に向かって手帳を差し出してくる。見た目は警察手帳のよう身に得ないこともないけれど、成程、そこに印刷されている内容は自分が持っている手帳とは全くの別物だ。特別民間協力者と書かれている手帳の内容は非常にシンプルだ。


 一.特別民間協力者は職業にあらず

 一.特別民間協力者の捜査権限は警察官と同等である

 一.特別民間協力者は単独での調査を禁ず

 一.特別民間協力者はその身分を警視庁特捜課あずかりとする

 一.詳細は警視庁特捜課に確認されたし

 

「これは、電話をしたほうが良いという意味合いでよろしいですか?」

「はい、そのように対応をお願いします。私達が口で説明しても、説得力がないので。確認いただければと思います」

 笑いながら、それでもこれ以上の質問を受け付けない形で、可奈ちゃんの言葉が自分に届く。ただ、それは威圧しているというよりは、通例の流れを説明しているだけにしか感じられず、嫌な感じはしません。

 それにしても、一介の巡査に過ぎない自分が警視庁に連絡を入れても良いものでなのか? 昇進することについて興味はないけれど、それでも下手なことを喋れば目をつけられたりするものではないだろうか? こういったことは普通、県警本部へ話を通し、そこで対応してもらうとか、いっそのこと確認をせずに捜査を始めてしまったほうが良いのではないだろうか?

 駐在所に備え付けられている電話を片手に、あれこれと思案が止まらない。どうすれば捜査が円滑に進み、その上で問題が大きくならないか。自分自身のことと、これからのことを天秤に乗せ、どうしても考え込んでしまう。

「大丈夫ですよ。警視庁とは言っても、こういった事件だけを専門に扱っている人達ですから。どちらかといえば、連絡無しで捜査が始まった場合に、県警へ連絡が行くことになっています。伺いを立てる必要もありませんので、その番号へ直接かけて下さい」

「そうですか……それでは、失礼して」

 まさか、指示した番号へ直接電話をかけさせるのは、詐欺の常套手段だ。まさか警察官相手に直接的な詐欺行為を行うとは思えないけれど、それでも警戒しておくに越したことはない。

「はい、受付窓口です」

「こちら、三輪町駐在の諏訪健二です」

 受付窓口? 警視庁にはそういった担当の部署があるのだろうか? それとも、どこかの事務室につながっているのか。

 実際に訪問すら咲いたことのない自分にとっては、警視庁というのは県警本部と縄張り争いをしているイメージしかなく、親しく付き合うところだというイメージ目もない。だから、この電話がちゃんと警視庁へつながっているのか、詐欺グループの事務所へつながっているのか、そこについての判断は不可能だ。

「こちらの番号は特定部署への直通電話となります。迷惑電話防止の為に、駐在所のナンバーをお答え下さい」

「えーと。五六七七だったと思います。いつも報告書とかに書いているナンバーですよね?」

 普段考えることもない、管理ナンバー。全国にある駐在所にそれぞれふられており、意識すらしないものだから正しいかどうかが、非常にあやふやである。

「県番号分かりますか? ちょっと四桁では難しいですね」

「そうなると、二三-五六七七になると思います。こちらは愛知県ですので」

 確かに各地にある駐在所なのに、四ケタしか名乗らなかった場合、照合するのは難しいだろう。詐欺集団かもしれないと疑うのはこちらの勝手だが、正しく警視庁につながっていた場合、バツが悪い。三森と名乗った女の子達も、田中と名乗った男性も、ごく当たり前のことを対応としているだけで、こちらが勝手に警戒しただけなのだから。こういった変に疑うようなことをしていると、こちらが原因となり問題解決が滞ってしまう。

 それは警察官として避けなければいけないものであり、自分としても望むものではない。

「……はい、照合が出来ました。お疲れ様です、諏訪巡査。連絡先は特捜課の田中警部でよろしいでしょうか?」

「はい、特捜課へお願いします。ただ、自分は田中警部と連絡を取っていたわけではないので、もしかしたらご存じないかもしれません」

「特捜課ではよくあることですから、気にされませんよ。では、つなぎますね」

 特捜課というのは、特別捜査課の略ではないのだろうか? 凶悪な事件が発生した場合、もしくは連続性のある事件が発生した場合、各課から選出されたエリートと専門家が協力し、対応しているイメージしかない。警察官の身ではあるけれど、こういった場所にいる限りテレビやドラマから情報を得ているのと、さして変わりがない。どちらかと言えば、自分自身が警官になってしまったせいで、興味が薄れたともいえる。

 それなのに、受付の女性はよくあることだと、処理してしまった。田中警部を知らないと伝えても、驚くことはなかった。つまりのところ、自分の電話している特捜課は常日頃から存在する部署であり、そこにかかってくる電話は不特定多数の者からだということ。

 まぁ、言ってしまえば常設の部署であり、特殊な事件ばかりを担当しているので、全国各地から電話がかかってくるということだろう。対応が早そうなのは嬉しいけれど、こちらとしてはなんだか釈然としないものがある。自分にとっての重大な事件が、軽く扱われてしまっているような、自分だけが何もわかっていないような――それは紛れもない事実だけれど、町の惨状を知っている身としては、軽く流すことが出来ない。

「こちら、特捜課の田中です。諏訪巡査、不審な電話をさせてしまい申し訳ありません。ウチでは特殊事件を専門に扱っているので、どうしても表には出せない電話になってしまいまして」

「いえ、本館は気にしません」

 電話の向こうから聞こえるのは、壮年と思われる落ち着いた感じの男性の声。深みというのだろうか、そういったものが声だけでも伝わってくる。

「さて、警察官たるものここまでのやり取り程度では、安心は出来ないでしょう。そこでお手数なのですが、疑問を解消する為に、一度おかけ直して頂いてもよろしいでしょうか? 通常にかける緊急連絡先をプッシュしていただき、警視庁の零九八二に繋いで欲しいと言ってもらえば、私のところへと再びつながります。そうすれば、詐欺集団の事務所かもしれないという、そういった疑問も晴れるでしょう。ついでに、そちらから電話をいただかないと、うちも操作許可を出せなくて。お願いしてもよろしいですか?」

 お願いも何も、こちらに口を挟ませるような隙はなかった。

 どちらにしても、緊急連絡先にかけつながるのであれば、確かに疑いもすべて晴らすことが出来る。操作許可も出せるということだから、そうしなければ何も始まらない。

「分かりました。それでは一度置かせていただいて、すぐにかけます」

 話が進むことなく、疑いが晴れることもなく、電話を切る。それでも目の前の少女が笑顔を絶やすことはなく、他の二人も変わった様子はない。つまりのところ、彼女たちにとってはこれが普通の流れであり、必要なことだと認識している。こちらにとって不利な条件は示されていないのだから、素直に従えばいいだろう。

「もう一度、かけるように田中さんから話がありましたよね?」

「ええ、その通りです。申し訳ありませんが、もう少しお待ち下さい」

 この少女が詐欺手段の一員だとは思えない。ごく普通に高校生くらいに見え、普段は学校で楽しそうにしていると言われた方が、余程信用がおける。ただ、警察という仕事柄、見た目と行動がかけ離れていることについて実感させられる機会は、一般市民の方々よりは多く、警察学校でも怪しいと感じた場合は信用するなと散々教え込まれた。

 だから、自分は信用していない。彼女の話も、田中と名乗った男性のことも。今からかける電話が結果を出してくれない限り、信用してはいけない。

「はい、こちら百十番です。事件ですか? 事故ですか?」

「事件です。こちらは三輪町駐在、諏訪巡査です。警視庁へ繋ぎ、零九八二番へお願いします」

「警視庁ですか? 分かりました、取り次ぎますのでお待ち下さい」

 慌てることはなく、のんびりとしものも感じさせない。そういった絶妙なバランスを保ちながら、案内をしてくれようとしたオペレータの声を遮り、先ほど伝えられた番号を述べる。仮にこの電話が田中警部へつながらなかった場合、僕は目の前の三人を逃がさないように、抵抗されないようにしなければいけない。

 出来ることならそんな未来などくることなく、事件解決に協力してもらえることを、祈りたいところだが。

「先ほどぶりですね、諏訪巡査。お手数をおかけして申し訳ない」

 待たされたのは三十秒ほどか。オペレーターの反応からもう少し時間がかかりそうだと思っていたのに、拍子抜けだ。

「これで正式に操作許可を出すことが出来ます。本件は警視庁特捜課預かりの、緊急系の高い事件として扱われ、管理番号が発行されます。後ほど通達いたしますので、お待ちください」

「承知致しました」

 あっさりとつながった電話の向こうでは、先ほどと変わらない様子で田中警部が喋っている。つながって当たり前、そう言わんばかりの声だ。

 これで、先ほど自分が立てた仮説が間違いのないものであり、特捜課と呼ばれる部署が常に存在していることが確定された。田舎の駐在でしかない自分が警視庁、それも特殊な部署の警部と会話をしているだなんて、不思議な気分だ。

「捜査については、現場の田中と三森姉妹と協力して下さい。彼女たちは民間ですが専門家です。こちらが警官だからと、主導することは絶対にやらないように。この事件は非常に危険性が高く、専門知識のない警察官では殉職の可能性が低くありません」

「それほどまでに危険なのでしょうか?」

 捜査中に殉職するなど、それこそテレビやドラマの中の話でしかない。同じ警官ではあるけれど、自分は殺人事件専門の捜査課ではないし、危険物を処理し続けているような専門部署の人間でもない。だから、想像することすら、困難だ。

「この事件の危険性については、警視庁が関与している時点で察して下さい。凶悪犯罪にはなりませんが、それに相当するものが起きていると考えていただいて、相違ありません。正直なところを言ってしまえば、県警では対応が不可能だと分かっています。そして、警視庁だけでも対応できないのは、過去の事件で証明されています。だからこそ、専門家である彼女達に頼らざる負えないのが、現状ですよ」

「まさか、こんな田舎町で何が起ころうとしているんですか?」

「それは違います。すでに始まっていて、我々がこうやって話している間にも事態は深刻な方へと進んでいます。疑問を解消したい気持ちは分かりますが、事態は油断を許しません」

 説明を求めても拒否される。それも現場にいない人間に時間がないと言われるだなんて、どんな事件だ?

 包丁を振り回している狂人がいるわけでもなく、人質をとった状態で立てこもっている凶悪犯がいるわけでもない。集団失踪は確かに大事件ではあるけれど、死体が見つかっているわけでもなければ、血痕すら見つかっていないのだから、田中警部の焦りが自分には分からない。これは、経験の差によるものだろうか? それとも、自分が全く想像出来ないレベルで、事件は動いているのだろうか?

「諏訪巡査。こちらも過去の事象を知っているだけで、専門知識がないのは同じですよ。詳細については、まったくと言っていいほどに見えていません。そしてこの先については、現場にいる巡査の方が情報を持っていることになります。日々の報告でしか、こちらは状況把握が出来ません」

 分からない? 分からないのに、田中警部は落ち着いているというのか?

 事件が起きている現場は、警視庁のある東京から距離があり、例え応援を派遣したとしても時間がかかるだろう。なにより、そういった形での干渉を県警本部が歓迎するとは思えない。事態が悪化した場合には、彼女達の身の安全を保障するのも難しそうだというのに、それでいいのだろうか?

「人数をかけても早期解決の見込みはなく、命の危険にさらされる人員が無駄に増えるだけ。応援を出すことも難しいので、現場にいる警察官は諏訪巡査だけになります。毎日必ず、報告をして下さい。こちらは報告を基にして、過去の事件との類似性を探ることになります」

 警察官は自分一人? では、こちらにきている田中という男性は、警察官ではないのか?

 とても、保護者という立ち位置には見えないけれど、彼は何者だろう? それについて、この場で聞いてしまって問題ないものか、それとも聞かない方が賢いのか。

 自分はけして頭の良い方ではなく、駆け引きの上手なタイプでもない。だから、分からない場合には口を閉ざすことを選ぶ人間だが、この疑問は放置してもいいものだろうか?

「具体的に、自分の役割を教えてもらってもよろしいでしょうか? 田中警部は、自分に何を望んでいますか?」

 質問が出来ないのであれば、答えてもらえそうなところから切り崩していく。少しでも情報を集め、手札を増やしておくことが必要だ。そういった準備を怠っていなければ、いつかは正解に辿り着くことも不可能ではないだろう。

「諏訪巡査にお願いしたいのは、我々への連絡役と、住民のみなさんとの交渉役です。ここまで話を聞いておいて、役割の少なさに不満を感じるかもしれませんが、後ほどこの程度でよかったと思い知ることになりますよ」

 思い知ることになる? 自分の役割が、直接的に事件に関係するものではないことを、歓迎することになると言われている?

 それは、本当だろうか? 確かに、今現在においても話は全く見えておらず、何をすればいいかたずねなければいけないような、そんな有様ではあるけれど、これでも警察官の端くれ。専門家だからと、民間人のみに任せて、後ろに隠れているようなことは出来ない。応援を出せないと言っている以上、いざ何かが起きてしまった時に彼女達を守るのこそ、自分の役割だろう。

「どたらにしても、町の方に紹介して回るのは巡査の役割です。そこでトラブルとならないように調整して下さい。そちらにいる田中は政府の人間なので、全面的に信用するのは難しいんですよ」

 政府の人間? 警察官でないのはまだしも、政府の人間? そんな呼ばれ方をする相手と、自分は握手を交わした?

 いや、それ自体は問題ない。別に彼が政府側の人間であろうとも、この事件を問題視してくれ解決に協力してもらえるというのなら、町の駐在としては歓迎すべき事態だ。

 それに、政府の人間であるのなら、確かに県警本部程度では止められないし、現場に入ることを拒否することも出来ないだろう。彼も三森姉妹同様に落ち着いており、こういった事件への慣れを感じさせる。

 つまりのところ、この場においてもっとも役に立たないのが自分であり、事件の危険性について理解していないのも、自分ということだ。それに納得したわけではない。ただ、漠然とした事実である以上、田中警部の指示に従う以外の選択肢は用意されていない。理不尽だと反論するほどでもない以上、捜査を始められるように尽くすのが警察官の務めだ。

「……分かりました。自分の職務に励みます」

 この事件がどう転んだとしても、現場にいる警察官が自分だけであることに変わりはなく、操作が進んでいけば全容も見えてくるだろう。その時になって、悩んでみればいい。どうすれば早期解決出来るのか、いつもの町に戻るのか。そちらに力を入れることにしよう。それが、この町にいる駐在としての役割だ。

「お話、まとまりましたか?」

「ええ、田中警部との話はまとまりました。正式な操作許可も下りましたので、これで問題はないでしょう。しかし、こちらは状況が分かりません。説明を求めることになりますが、よろしいですか?」

 目の前にいる女の子が、専門家。犯罪心理学に詳しい感じにも見えず、探偵にも見えない。

 柔らかい雰囲気を持った、ただそれだけの女の子にしか見えないが?

「そうですね。現状を教えていただければ、状況の推測くらいなら出来ると思います。そこに加えて、この事件がどのように特殊なのか、お話ししましょう」

 話が進んだことを喜ぶ様子もなく、ただの確認事項であるかのように、少女は語る。自分だって今の状況が改善、解決されるのであればそれが一番だけれど、信用されたことについて何もないというのは少し寂しい。十代の女の子はもっと素直に、感情表現をするものではないのだろうか? それとも自分が知らないだけで、都会の子というのはこんな感じだろうか?

 専門家を名乗る彼女達から話を聞かなければ、捜査が進展することはない。子供が行方不明になる、大量の人間が一晩で失踪してしまう。そんな事件は早期に解決をして、衰弱してしまう前に保護する必要がある。

「では、駐在所の中にどうぞ狭いところですが、お茶くらい出しますよ」

 話し合いを始めるとなれば、いつまでも外にいるわけにはいかない。後ろ暗いところはないけれど、ただでさえ外の人間に敏感なのが田舎の特徴だ。こんな事件が起きてしまった後で、長時間駐在と話していたとなれば、良い印象を持たれることはないでしょう。ただでさえ、この後は聞き込みをして回らなければいけないのだから、心象が悪くなるようなことは、出来る限り避けたい。

「そうですね。先ほどから注目を集めてしまっているみたいですし、彩音姉さん、田中さん。駐在所にお邪魔しましょう」

「はーい。加奈ちゃんに付いていきます」

 嬉しそうに近寄ってくるお姉さんは、特に専門家という雰囲気がなく。田中さんの方もごく普通の中年男性にしか見えない。

 はたして、この三人で事件が解決出来るのだろうか?

 タイミング悪く陰った太陽のように、自分の心の中に一抹の不安が形を残した。

 

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