Act.0031:バ……バケモノじゃねーか……

 戦場たる大地に、太陽が生まれたかのようだった。

 赤茶の荒れ地は黄金のように輝き、森の木々は燃えさかっている。

 四方に走るスパークにより、まれにプロミネンスのような炎が鎌首をあげてのたうちまわる。

 夜空の満月さえも存在感を失わせる眩さで、見つめることさえままならない炎と光。

 その光輝の檻に囚われているのは、哀れな魔生機甲えもの


 その間を雷獅子オンウィーア・レウは滑るように走る。

 否。それはまるで射出された弾丸のごとく、地から浮いて電撃のラインの上を滑るように飛んで・・・いた。

 目にも留まらぬとはまさにこれと言わんばかりに、その動きは神速。

 0速度から急加速。

 すれ違ったときには、獅子の牙と化した腕のトンファーが、敵魔生機甲レムロイドの頭や胴を引きちぎっていた。


 そんな黄金の獅子に対し、なんとか手を動かして【石鏃せきぞく】の魔法を放った魔生機甲レムロイドもいたが、それも及ばない。

 雷獅子オンウィーア・レウの顔下部のマスクが開くと、そこからゴウという咆哮が響き、飛翔中の【石鏃】が一瞬で粉砕されてしまったのだ。

 そして次の瞬間には、反撃を喰らって崩れ落ちていた。


「バ……バケモノじゃねーか……」


 勝利を信じて高みの見物でもしようと、偽のアジトにある見張り台に登っていたスルトンは、背中に走る冷たい汗に身をふるわせる。


 雷獅子オンウィーア・レウは、超近距離戦闘型魔生機甲レムロイドであると、スルトンは聞いていた。

 だから、遠距離戦闘型魔生機甲レムロイドが何体かあれば、他の魔生機甲レムロイドで動きを固めている間に仕留めることもできるだろうと考えていたのだ。


 しかし、この電撃のフィールドは、その勝利条件をすべて無効化してしまう。

 フィールド内にいるかぎり、雷獅子オンウィーア・レウは近距離はもちろん、中距離とて一瞬で間を詰めることができる。

 金色の獅子に、距離は無意味となってしまうのだ。


 それでもまだ戦うことができれば良いが、こちらは魔生機甲レムロイドが麻痺していて、攻撃どころか、まともに方向転換さえできない。

 それに少なからず、パイロットにもダメージがいっているはずである。

 見る見る間に、黄金の獅子に1機、また1機と抵抗もできずに魔生機甲レムロイドが狩られていく。


「これが、雷獅子オンウィーア・レウ……こんなのフルムーン・ベータ5機でも割にあわねぇ」


 唖然とするスルトンだったが、まだ駒が残っていた。

 周りを取り囲む山の1つに、フルムーン・ベータ1機が電撃のフィールドに囚われずに残っていたのだ。

 さすがに山や、この偽アジトまでは、フィールドを広げることができなかったのだろう。

 あらかじめ見張りとして配置しておいたのが功を奏した。

 スルトンはすぐに山からの狙撃をフルムーン・ベータへ命じる。

 いくら雷獅子オンウィーア・レウが速くても、見ている限り直線しか高速移動できず、方向転換するときは必ず止まる。

 つまり狙うタイミングは、その止まった瞬間。

 それで、仕留められるはず……だった。


「――なっ……なにいぃぃぃっ!?」


 しかし、放たれた高威力の【石鏃】が、雷獅子オンウィーア・レウに届くことはなかった。

 それは、落雷ならぬ昇雷とでもいうべき現象だろうか。

 フィールド内に入った途端、大地側から生まれた雷撃が光速で延びて【石鏃】を弾き、その侵入を阻んだのだ。


 さらに雷獅子オンウィーア・レウの右背中に、装備オプション構築ビルドにより巨大な棒状のパーツが現れる。

 非常に長い2つの直方体が並んだそれは、たとえるなら割り箸のような形をしていた。

 雷獅子オンウィーア・レウが右膝を折って地に着けると、それが前に倒れこんで右肩に担がれる。

 先端に現れる二脚バイポッドが地面を咬む。

 すると、上部に重なるように繋がっていた直方体が、先端を軸にして前方に展開される。

 そしてさらに展開された直方体の下から、追加の二脚バイポッドが現れる。

 それは計四脚で支えられる、長軀な砲身だったのだ。


「……ま、まさか……」


 スルトンが驚いている間に、四脚が滑らかに伸縮して、山から狙撃したフルムーン・ベータに砲口が向けられる。

 雷獅子オンウィーア・レウが、周囲の電撃を今度は吸収し始める。

 それは明らかに、その巨大な砲身へ送られていた。


「バ、バカヤロウ! ぼさっとしてないで、に……逃げろっ!」


 今まで指示を送っていた手元の伝話帳から命令する。


 だが、その判断は遅すぎた。


 フルムーン・ベータが立ちあがった瞬間、戦場全体を揺るがすようなヴォッンという轟音が耳を劈いた。


 ――刹那、まさに刹那。


 弾道など見えなかった。

 音とほぼ同時に、フルムーン・ベータの胴体中心部が破裂するように弾け飛んでいたのだ。

 その上半身も下半身も、衝撃波に打たれたように切り口が粉砕されている。

 そしてその胴体を貫いた「何か」の軌道が、そのまま山を削って空まで真っ直ぐにのびていた。


「新型ヘクサ・バレル……その数倍の威力……」


 スルトンは、自分の愚かな過小評価を初めて悔いる。

 噂など所詮は噂。

 実物は、さほど大したことなどないだろうと考えていた。


 しかし、とんでもない話だ。

 噂自体がすでに過小評価されている。

 真実は、想像を絶していた。


 スルトンはすぐに見張り台から降りて、部下に命じる。


「くそっ……。おい! オレの魔生機甲設計書ビルモアを用意しろ!」


「い、いいんですかい?」


 部下は躊躇するが、スルトンは八つ当たりのように怒鳴りつける。


「良いも悪いも、あんなバケモノに対抗するには、こっちも魔獣バケモノをだすしかないだろうが!」


「今なら、逃げられますぜ!」


「バカヤロウ! ここで逃げてみろ、あの如月オカマ野郎にバカにされるぞ! 舐められたら足下を見られる!」


 スルトンは覚悟を決めた。


「大丈夫だ……。アレならやれる……。賭けだが魔獣機甲ローグロイドなら……」

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