Act.0004:あなたの正義は、悪を許すことか!?
【
数時間前に情報を聞いてから慌てて出発し、時間重視のため魔力の消費も顧みず、自分の
彼が駆るのは、かつて和真が使っていた、【工房・篠崎屋】製・
【
濃い藍色
風魔法の加速システムが組み込まれ、その動きはまさに迅速。
初期の【メルヘイター】は、通称【青き風】と呼ばれ、
さらに改良版のメルヘイターは、初代より高速になり、高速移動距離の延長が可能となっていた。
しかし、それでも間にあわなかった。
(な……んて……ことだ……)
半分ほど身を隠した太陽の
最初に目にはいったのは、石の矢で貫かれた
いや、そのものだ。
前かがみになったボディの風穴から、あふれて、もれて、滴る赫。
周辺の栗皮色の大地には、物言わぬ赫き肉体が、まるで喰い散らかされたように転がっている。
手足を失った赫。
胴の斬り口から、はみだした赫。
崩れた顔の額や唇から、こぼれる赫。
背中に走る一筋の赫。
(背中……まさか……)
大介は下唇を噛み、爪が手のひらに食いこむほど握りしめる。
23才の時に警務隊にはいってから20年間で、これほどむごたらしいのは数回しか見たことがない。
しかも、それを行ったのが警務隊という事実に、怒りがわいてくる。
その怒りをぶつけるように、大介は悠然と歩みよってくるアラベラを睨みつけた。
「これはこれは、神守大隊長……いえ、神守所長代理。こんなところまでいかがなさいましたか?」
アラベラの赤いルージュが緩やかに弓なりになる。
同時に彼女は、右手の人差し指と中指のみを伸ばして、ほっそりした顎の下、慎ましやかな胸の真ん中で斜めに構えた。
それは警務隊の敬礼であるが、そのアラベラの態度から、大介は敬意を感じることはできない。
「私は、このような命令を許可していないが?」
噛みしめるように言葉を紡ぐ大介に対して、アラベラはかろやかに返す。
「たかが小規模な山賊退治の作戦など、大隊長権限でかまわないはずです」
「人手不足の中、これだけの人数を動かしておいて……」
「だからこそ、です。人手不足だからこそ、所長代理にお手間をかけまいと気を使ったのです。それにこの者達は、私の第二部隊のメンバー。私の管理下にある者たちです。基本的に問題はありません」
アラベラが肩口にまでかかる少しカールした栗毛を夕映えに生えさせ、その碧眼の双眸で嘲笑する。
勝ち誇っている。
それがわかっていても、大介は反論できない。
「……それにこれは、やり過ぎではないのか。なぜ捕まえようとせず、全員殺した!?」
「リーダー格は生かしておきました。情報が欲しいですからね。だいたい、こいつらは殺人も犯している悪党です。さらに我らに襲いかかってきた。それだけで死罪確定。ですから、大隊長としての判断で殲滅しました」
「とはいえ、ここまでやる必要はなかっただろう!? 捕まえて罪を――」
「はあああぁぁぁ~~~」
両肩を大袈裟に上下させるのと同時に、とびきり大きなため息で、アラベラが大介の言葉を遮ってくる。
そして、口に出して「やれやれ」と呟く。
「捕まえて、どうするんです?」
「そんなこと決まっている。まずは収容して――」
「牢獄は半分壊されていて、しかも残りの半分も、もう埋まっています。わかっていますよね?」
「くっ……」
大介は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
重々わかっている事だ。【四阿の月食】の際、テロリストたちに破壊されてしまったのだ。
そのことは、何度も会議の話題にあがっている。
「牢獄の問題は私も先日、進言しました。それをあなたは、街の人々の再建が先だからと、業者を押さえずに警務隊施設の修復を後回しにした。おかげで牢獄もまともに使えない。……言うなれば、あなたのせいで皆殺しにするしかなかったのです」
「なっ……なんだと……」
「それに彼らは悪党です。悪党に容赦してどうしますか」
「悪党と言えど、罪を償わせて改心する余地があれば――」
「――ああっ! そんなことを言っているから舐められる!」
アラベラの口調から飾り気が消える。
「あなたの正義は、悪を許すことか!?」
「そ、そうとは言わんが……やりすぎるのはまちがっている!」
アラベラが柳眉をクイッと上げ、目を伏せながらかるく首をふる。
そして深呼吸をすると、また口調が元に戻る。
「……所長代理には、魔導学院に入学した男の子と、パイロットの女の子、2人のお子様がいましたね。今は2人とも街にいないとか」
「それが……どうした?」
「もし、そのお子さんたちが街に戻ってくる途中、山賊たちに殺されたり、乱暴されたりしても、あなたは『償うなら許してやろう』とその山賊たちに言えますか?」
挑戦的な口調のアラベラ。
だが、大介とて伊達に長く警務隊に勤めていたわけではない。
職務についてからの理性と感情の折り合い、考えるべきことは考えている。
アラベラを再び睨み、彼は言葉を絞りだす。
「公私混同はしない……」
「……なるほど。ご立派だ。さすが所長代理。……ああ。でも、所詮は代理です。2人いる大隊長の内、どちらが正式に所長になるか、まだわかりません」
「…………」
「では、後始末があるので失礼。……忙しいのですから、所長代理も早くお戻りになるべきでは。大隊長がここに2名もいること自体、問題かと思います」
呆れ果てた様子を隠そうともせず鼻を鳴らすと、アラベラはもう用はないとばかり踵を返す。
大介もここでこれ以上、言っても無駄だとあきらめるしかなかった。
(とんだ難物がきたもんだ……)
大介は自慢の顎髭を撫でながら、また周囲を見まわした。
今は警務隊のメンバーたちが、死体を回収している。
さすがに街道に放置しておくわけにはいかないからだ。
だが、よく見るとその回収をしているのは一部のメンバーだけだった。
それ以外のメンバーは、なせが馬車から離れた場所で休憩していたのだ。
どういわけだと不思議に思い、目的の人物を見つける。
大介の探す男は、休憩メンバーの中にいた。
「ジョー・タリル小隊長」
大介に呼ばれた隊員の一人が、すぐさま姿勢を正して敬礼をする。
アラベラと違い、刀の刃を表わす2本の指はピンッと張りつめ、大介に対する敬意を感じさせた。
「神守大た……所長代理。こんなところまでいらしたのですか?」
「気になってな。状況を教えてくれ。なぜ彼らだけ働いている?」
銀髪で色白の精悍な顔立ちをした20代後半の彼は、大介が一目置いている人物だった。
すべてにおいてバカがつくほど真面目で、任務には忠実。
彼から今まで、文句らしい文句を聞いたことがない。
その彼さえも、思うところがあるのか少しだけ眉間にしわを寄せる。
「アラベラ大隊長の命令は、最初から敵リーダー以外の殲滅でした。逃走も降伏も許さずです。しかし、投降した山賊たちを手にかけられない隊員たちもいました」
「これは、その罰……ということか?」
大介は作業用のスーツを血まみれにしながら、死体を引きずる部下たちを見やる。
「はい。我々は手伝うなと命令を受けています。そして、彼らは今後、討伐任務から外すと……」
「なにっ!?」
勢いよく振りかえった大介に、ジョーがグレーの明眸を揺らがせた。
そこには、不安が見えている。
「どうやらアラベラ大隊長は、昔なじみの部下を呼び寄せているようです。今日の夕方には到着するとか。その者達と入れ替えるおつもりなのでしょう。むろん、彼らの反感はそうとうなものですが……」
「いくら、臨時採用権があるからって勝手な真似を……」
大介の我慢も限界に近かった。
これは一度、はっきりと命令しなければならないだろう。
彼はジョーに背中を向けようとした。
「――しかし!」
それをジョーの食いしばるような声が止める。
「しかし……今の我々には……混乱した四阿を守るためには……このような正義こそが必要……なのかもしれません……」
「ジョー……」
瞼を強く閉じ、苦悩しながらの彼の声に、大介は言葉を紡ぐことができなくなってしまうのであった。
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