Act.0004:あなたの正義は、悪を許すことか!?

 【神守かみもり 大介だいすけ】が現場に着いた時、すべてが終わった後だった。

 数時間前に情報を聞いてから慌てて出発し、時間重視のため魔力の消費も顧みず、自分の魔生機甲レムロイドで街道に沿って、休まずにジャンプと駆け足をくりかえしてきた。

 彼が駆るのは、かつて和真が使っていた、【工房・篠崎屋】製・魔生機甲レムロイド【メルヘイター】の改良型、【メルヘイターR】。

 【四阿あずまやの月食】では遠距離戦闘重視の魔生機甲レムロイド配備により敗北した警務隊が、対抗策として採用した近接格闘型魔生機甲レムロイドであった。

 濃い藍色金剛鉄アダマンタイトで包まれた丸い外殻の隙間から、青っぽい金色をした琥珀金エレクトラム骨格フレームが覗いている。

 風魔法の加速システムが組み込まれ、その動きはまさに迅速。

 初期の【メルヘイター】は、通称【青き風】と呼ばれ、つい最近まで・・・・・・最速と言われた機体である。

 さらに改良版のメルヘイターは、初代より高速になり、高速移動距離の延長が可能となっていた。


 しかし、それでも間にあわなかった。


(な……んて……ことだ……)


 半分ほど身を隠した太陽のくれないに照らされながらも、さらに鮮烈なあかが、その場を飾っている。

 最初に目にはいったのは、石の矢で貫かれた魔生機甲レムロイドのコックピットから、飛び散る赫。

 魔生機甲レムロイドの力なく垂れさがる五体は、岩山に磔にされた死刑囚を思わす。

 いや、そのものだ。

 前かがみになったボディの風穴から、あふれて、もれて、滴る赫。

 魔生機甲メルヘイターRから降りて近づけば、さらに赫がひろがる。

 周辺の栗皮色の大地には、物言わぬ赫き肉体が、まるで喰い散らかされたように転がっている。

 手足を失った赫。

 胴の斬り口から、はみだした赫。

 崩れた顔の額や唇から、こぼれる赫。

 背中に走る一筋の赫。


(背中……まさか……)


 大介は下唇を噛み、爪が手のひらに食いこむほど握りしめる。

 23才の時に警務隊にはいってから20年間で、これほどむごたらしいのは数回しか見たことがない。

 しかも、それを行ったのが警務隊という事実に、怒りがわいてくる。

 その怒りをぶつけるように、大介は悠然と歩みよってくるアラベラを睨みつけた。


「これはこれは、神守大隊長……いえ、神守所長代理。こんなところまでいかがなさいましたか?」


 アラベラの赤いルージュが緩やかに弓なりになる。

 同時に彼女は、右手の人差し指と中指のみを伸ばして、ほっそりした顎の下、慎ましやかな胸の真ん中で斜めに構えた。

 それは警務隊の敬礼であるが、そのアラベラの態度から、大介は敬意を感じることはできない。


「私は、このような命令を許可していないが?」


 噛みしめるように言葉を紡ぐ大介に対して、アラベラはかろやかに返す。


「たかが小規模な山賊退治の作戦など、大隊長権限でかまわないはずです」


「人手不足の中、これだけの人数を動かしておいて……」


「だからこそ、です。人手不足だからこそ、所長代理にお手間をかけまいと気を使ったのです。それにこの者達は、私の第二部隊のメンバー。私の管理下にある者たちです。基本的に問題はありません」


 アラベラが肩口にまでかかる少しカールした栗毛を夕映えに生えさせ、その碧眼の双眸で嘲笑する。

 勝ち誇っている。

 それがわかっていても、大介は反論できない。


「……それにこれは、やり過ぎではないのか。なぜ捕まえようとせず、全員殺した!?」


「リーダー格は生かしておきました。情報が欲しいですからね。だいたい、こいつらは殺人も犯している悪党です。さらに我らに襲いかかってきた。それだけで死罪確定。ですから、大隊長としての判断で殲滅しました」


「とはいえ、ここまでやる必要はなかっただろう!? 捕まえて罪を――」


「はあああぁぁぁ~~~」


 両肩を大袈裟に上下させるのと同時に、とびきり大きなため息で、アラベラが大介の言葉を遮ってくる。

 そして、口に出して「やれやれ」と呟く。


「捕まえて、どうするんです?」


「そんなこと決まっている。まずは収容して――」


「牢獄は半分壊されていて、しかも残りの半分も、もう埋まっています。わかっていますよね?」


「くっ……」


 大介は苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 重々わかっている事だ。【四阿の月食】の際、テロリストたちに破壊されてしまったのだ。

 そのことは、何度も会議の話題にあがっている。


「牢獄の問題は私も先日、進言しました。それをあなたは、街の人々の再建が先だからと、業者を押さえずに警務隊施設の修復を後回しにした。おかげで牢獄もまともに使えない。……言うなれば、あなたのせいで皆殺しにするしかなかったのです」


「なっ……なんだと……」


「それに彼らは悪党です。悪党に容赦してどうしますか」


「悪党と言えど、罪を償わせて改心する余地があれば――」


「――ああっ! そんなことを言っているから舐められる!」


 アラベラの口調から飾り気が消える。


「あなたの正義は、悪を許すことか!?」


「そ、そうとは言わんが……やりすぎるのはまちがっている!」


 アラベラが柳眉をクイッと上げ、目を伏せながらかるく首をふる。

 そして深呼吸をすると、また口調が元に戻る。


「……所長代理には、魔導学院に入学した男の子と、パイロットの女の子、2人のお子様がいましたね。今は2人とも街にいないとか」


「それが……どうした?」


「もし、そのお子さんたちが街に戻ってくる途中、山賊たちに殺されたり、乱暴されたりしても、あなたは『償うなら許してやろう』とその山賊たちに言えますか?」


 挑戦的な口調のアラベラ。

 だが、大介とて伊達に長く警務隊に勤めていたわけではない。

 職務についてからの理性と感情の折り合い、考えるべきことは考えている。

 アラベラを再び睨み、彼は言葉を絞りだす。


「公私混同はしない……」


「……なるほど。ご立派だ。さすが所長代理。……ああ。でも、所詮は代理です。2人いる大隊長の内、どちらが正式に所長になるか、まだわかりません」


「…………」


「では、後始末があるので失礼。……忙しいのですから、所長代理も早くお戻りになるべきでは。大隊長がここに2名もいること自体、問題かと思います」


 呆れ果てた様子を隠そうともせず鼻を鳴らすと、アラベラはもう用はないとばかり踵を返す。

 大介もここでこれ以上、言っても無駄だとあきらめるしかなかった。


(とんだ難物がきたもんだ……)


 大介は自慢の顎髭を撫でながら、また周囲を見まわした。

 今は警務隊のメンバーたちが、死体を回収している。

 さすがに街道に放置しておくわけにはいかないからだ。


 だが、よく見るとその回収をしているのは一部のメンバーだけだった。

 それ以外のメンバーは、なせが馬車から離れた場所で休憩していたのだ。

 どういわけだと不思議に思い、目的の人物を見つける。

 大介の探す男は、休憩メンバーの中にいた。


「ジョー・タリル小隊長」


 大介に呼ばれた隊員の一人が、すぐさま姿勢を正して敬礼をする。

 アラベラと違い、刀の刃を表わす2本の指はピンッと張りつめ、大介に対する敬意を感じさせた。


「神守大た……所長代理。こんなところまでいらしたのですか?」


「気になってな。状況を教えてくれ。なぜ彼らだけ働いている?」


 銀髪で色白の精悍な顔立ちをした20代後半の彼は、大介が一目置いている人物だった。

 すべてにおいてバカがつくほど真面目で、任務には忠実。

 彼から今まで、文句らしい文句を聞いたことがない。

 その彼さえも、思うところがあるのか少しだけ眉間にしわを寄せる。


「アラベラ大隊長の命令は、最初から敵リーダー以外の殲滅でした。逃走も降伏も許さずです。しかし、投降した山賊たちを手にかけられない隊員たちもいました」


「これは、その罰……ということか?」


 大介は作業用のスーツを血まみれにしながら、死体を引きずる部下たちを見やる。


「はい。我々は手伝うなと命令を受けています。そして、彼らは今後、討伐任務から外すと……」


「なにっ!?」


 勢いよく振りかえった大介に、ジョーがグレーの明眸を揺らがせた。

 そこには、不安が見えている。


「どうやらアラベラ大隊長は、昔なじみの部下を呼び寄せているようです。今日の夕方には到着するとか。その者達と入れ替えるおつもりなのでしょう。むろん、彼らの反感はそうとうなものですが……」


「いくら、臨時採用権があるからって勝手な真似を……」


 大介の我慢も限界に近かった。

 これは一度、はっきりと命令しなければならないだろう。

 彼はジョーに背中を向けようとした。


「――しかし!」


 それをジョーの食いしばるような声が止める。


「しかし……今の我々には……混乱した四阿を守るためには……このような正義こそが必要……なのかもしれません……」


「ジョー……」


 瞼を強く閉じ、苦悩しながらの彼の声に、大介は言葉を紡ぐことができなくなってしまうのであった。

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