Act.0070:君も好き者だね

 近所にあった建物は、ことごとく潰れていた。

 双葉の家も例外ではなかった。

 ただ、双葉の父親は元より、母親も退避していたために無事だったのは不幸中の幸いだった。

 今、双葉の両親は、街と警務隊が用意している避難所に身を寄せている。


 そんな中、街の隅にあったとはいえ、【あずまや工房】が無事だったのが偶然とは思えない。

 しかも、周りの家は潰れているが、火の手が上がったりはしていなかった。


世代セダイ魔生機甲設計書ビルモアがあるかもしれない……と思われていたのだろうな)


 いちずは、かるく下唇を噛む。

 考えたくはないが、ふと1人になると考えてしまう。


 今回の解放軍の襲撃目的に、世代セダイが絡んでいたことはまちがいない。

 大切な父親を殺した上に、今また好きになった世代セダイまでもが解放軍に狙われる羽目になっている。

 そして、大好きな街の人たちまで犠牲になった。

 いつも買いに行くパン屋の主、手塩にかけて育てた野菜を売っていた気のいいジェシカさん、そして友人であるミチヨの優しいお母さん……みんな解放軍に殺されてしまった。

 和真に聞いた話だが、ミチヨのお母さんは、ミチヨの弟【ススム】の目の前で踏みつぶされたらしい。


(許せん……)


 いちずは胸元に父親の日記を抱きしめながら、ベッドの上で半身を起こして座っていた。

 外はすっかり暗夜に覆われ、静寂に包まれていた。

 今日は、いつもは聞こえてくるはずの「キョキョキョ」と鳴くヨタカの声さえ聞こえてこない。


 ベッドの横の床には、布団が敷かれてフォーが吐息を立てている。

 ヤンとウェイウェイは、ダイニングで持参していたという寝袋にくるまって寝ているはずだ。

 みんな昼間は、街の復興作業を手伝ったり、その他の作業に追われたりで疲れ切っていた。


 もちろん、いちずも疲れている。

 普通なら、ベッドに入った途端に眠りに落ちたことだろう。

 しかし、実際は心がざわついて眠れない。


 彼女の中にあったのは、「怒り」だった。

 なによりも、やはり解放軍への怒りは強かった。

 だが、もう一つ。

 彼女は「自分への怒り」も持っていた。


 彼女は今日、初めて人を殺した。

 ところが、人を殺した実感があまりもなかった。

 自分は、魔生機甲レムロイド【ヴァルク】に乗っていただけ。

 やったことと言えば、ジャンプしている間の機体制御の手伝いと、ミサイルのロックオンぐらいである。

 しかも、ロックオンに関しては、世代セダイにキャンセルされてやり直されてしまっている。

 もちろん、人殺しの共犯であることはまちがいない。

 しかし、終わってみれば乗る前の宣言通り、手を汚したのは世代セダイ1人と言っても過言ではない状態だったのだ。

 偉そうに「世代セダイの罪は、私たちがもらう」などと宣言しておきながら、実際は魔力を与えただけ。

 彼を支えることなど、できていなかった。


 さらに世代セダイは、ヴァルクを降りてすぐ「酔って気持ち悪い」と言って物陰に去って行った。

 嘔吐するところを見られたくないから来ないでくれと言われ、いちずたちはつきそわなかったが、それを素直に信じた自分は本当に浅はかだったと後悔した。

 考えてみれば、今まで世代セダイが、乗り物酔いになったことなど一度たりともなかったのだ。

 それなのに、その時は自分の情けなさが頭の中を占め、彼の苦痛に彼女は気づくことができなかった。


 しかも、世代セダイは自分の父親に関することまで、こっそりと気を回してくれていた。

 あげくに自分の身を敵にさらしてまで、情報を得ようとまでしてくれた。


 彼は自ら背負えるだけ背負って戦っていたのだ。


 いちずは、我が身の情けなさが恥ずかしくなる。

 また、世代セダイの信頼を受けて父親に関する調査をしていたフォーや、世代セダイをよく理解して彼の様子に気がついていたクエに嫉妬する、そんな自分にも怒りがわいていた。


 いちずは、手にした日記を見る。

 窓から入る月明かりのみで、日記の表紙さえよく見えない。

 だが、彼女は寝床に入る前に、世代セダイから聞いた日記の問題部分を読んでいた。

 その中身を心の中で噛みしめる。


 日記を読んで父親【一徹】が、事件に巻きこまれたことは知った。

 この街には、解放軍【新月ニュームーン】の魔生機甲レムロイドを開発するための工房があったらしい。

 しかも、その工房は街の15工房のうちの1つだった。


 一徹は、たまたまその情報を知ってしまったのだ。

 そして、それから誰かにつけ狙われている気配を感じるようになったという。

 だが、一徹は動かなかった。

 いや、動けなかった。

 奴らは、まだこの街で騒ぎを起こしたくないためか、表だって何かしてくることはなかった。

 だとすれば、奴らが得意の暗殺を仕掛けてくるだろうと、一徹は思ったのだ。

 しかも、騒ぎになるような事件ではなく、病死に見せかけた暗殺を狙うはずだ。

 それならば、娘まで殺しては不自然になる。

 もちろん、それは賭けだったが、一徹には大人しく殺されるしか、娘を守る方法が思いつかなかったのだ。


「父さん……」


 思わず、噛みしめるような小声がもれてしまう。


「眠れないのね?」


 柔らかい声がかけられ、いちずはピクリと体を震わせる。

 横を見ると、フォーが寝床から上半身を起こすところだった。


「す、すまん。起こしてしまったか……」


 表情まではよく見えないが、月明かりに照らされた銀髪が美しく揺れた。


「気にしなくていいね。今日はいろいろあったから眠れなくても仕方ない。想定内ね」


「…………」


 見た目は幼いが、確かに彼女は年上らしい。

 この家にいる誰よりも落ちついていて、そして何気ない気遣いができる女性だと、いちずも感じていた。


「フォー。あなたが父さんのこと、いろいろと調べてくれていたのだろう?」


 いちずは、ずっと聞きたかったことをこの機会に訊ねた。

 すると、サラサラと音が鳴りそうな銀髪をまた揺らす。


「その通りね。ただ、まだ大したことはわかっていなかった。むしろ、マスターの方が先に情報をとってきて面目丸つぶれ。想定外ね」


 ちょっと膨れたようなフォーの言い方に、いちずは思わず微笑してしまう。


世代セダイはすごいな……」


「確かにね。普段は普通以下だけど、魔生機甲レムロイドが絡むと信じられない能力と精神力を発揮する。解放軍の怖ろしさは、きっちり教えたのに正面から喧嘩を売る。あの年齢で、あの度胸。想定外ね」


 半分、呆れ気味だが、残り半分にどこか自慢げな色が混ざっている。

 そんなフォーの言葉に、いちずも同意せざるをえない。


「本当にそうだ。世代セダイはすごい。……それにくらべて、父さんは情けないな。娘を守るために黙って殺されるなんて。警務隊に駆けこむなり、なにかしら方法があったはずだろう」


 もちろん、本心から「情けない」と思っているわけではなかった。

 ただ、悔しいし、腹立たしいのだ。

 自分のせいでという想いの裏返しで、つい父親に怒りをぶつけてしまう。

 私のことなどかまわず戦って欲しかったと。


「おまえの父親は、頭がよすぎたね。だから、動けなくなった。想定外ね」


「……え? どういうことだ?」


 いちずは、俯いていた視線をあげた。


「たぶん、おまえの父親は、警務隊が怪しいと言うことも勘づいていたね。なにしろ、街の大きな工房ひとつが丸々、解放軍の手先。工房には、警務隊への魔生機甲レムロイドの生産報告義務があるね。それを長年にわたってごまかすには、やはり警務隊に協力者が必要。想定内ね」


「…………」


「おまえの父親は、頭もよく、勘もよかったね。だからこそ、考えすぎて身動きが取れなくなり、結果的に一番リスクが低い方法を選んでしまった。それに比べたら、マスターはバカね。マスターの頭にあったのは、『あいつらの魔生機甲レムロイドの使い方が気にいらない』『魔生機甲レムロイド作りを邪魔するな』ぐらい。中心は魔生機甲レムロイド。想定外ね」


「……ぷっ。そうだな」


 フォーの言葉に、ついいちずは吹きだしてしまう。

 もちろん、世代がそれだけで動いたわけではないことは、いちずもわかっているつもりだ。

 それに、フォーだってわかっているのだろう。

 だが、世代セダイに「正義のため」とか、「誰かのため」とかは似合わないのも事実だ。

 「魔生機甲レムロイドのため」のが、不思議としっくりしてしまう。


「そう言えば、世代セダイとクイーン殿はまだやっているのか?」


「2人とも、本当に魔生機甲レムロイドバカ。想定内ね」


 家に帰ってから、世代セダイはクエと共に工房にこもりっきりになっていた。

 2人っきりというシチュエーションに、ヤキモチがわかないわけではなかったが、あの世代セダイが女の子と何かあるとは思えない。

 それに、いちずとしては仕事に打ちこむ世代の姿に、胸が高鳴ってしまい、邪魔をしないように応援したい気持ちでいっぱいだった。


「しかし、あれはなんだったのか。謎なのね」


「……ああ。クイーン殿が大興奮していたやつか」


 どうやら、世代が何かアイデアをノートに記載したらしい。

 それを見たクエが、今までの落ちついた雰囲気とは打って変わって、大はしゃぎする子供のように興奮しはじめた。

 その様子が、夕方の工房のドア越しに聞こえてきたのだ。



   ◆



「ちょいっ! ジェネはん! これ……おもろ! こん発想はなかったですえ!」


「いや。でも、問題は維持の魔力で実現は……」


「あん魔力吸収装置は使えへんの?」


「永久機関は存在しないから」


「魔法でっしゃろ?」


「ああ。クイーンはまだ試してないのか。活性化アクティベーションするには、現実味も必要なんだよ。筋の通らないもの……たとえば『絶対無敵なんてない』ってボクたちは知っているから、イマジネーションがわかないんだ」


「……ああ。思い当たる節、ありましたわ。そやね。うちらが現実味あると思えるからこそ、生まれる。逆にこの世界の人たちは、自分たちにとって現実味がない、うちらの創造物は想像が及ばず活性化アクティベーションできへん……」


「そう。だからボクたちに永久機関はありえない」


「ああ。そんなら、魔力バッテリーつけまひょ」


「魔力バッテリー? 擬似的なのはボクも作ったけど、さすがに一時的で……」


「任せておくれやす! 実は、いい素材知ってますえ!」


「でも、これだけのものを作るとなると、素材だけでもとんでもない金額になりそうだなぁ。さすがに足らないかも……」


「それなら、うちもけっこう稼いでるさかい。だしますえ」


「え? でも……」


「あらぁ、いけずやわ。まさか、こないなロマンあふれる、おもろいもの作るのに、うちを仲間に入れへんつもり?」


「……クイーン、君も好き者だね」


「ちょい! そん言い方、問題あります! ……そもそも、こん手を好いとるからこそ、BMRSをプレイしてたに決まっていますえ」


「そうだったね。さすが万年3位だ」


――ボカッ!


「……さすが、万年2位だ」


――ボカッ!


「万年はいりまへん! しばいたろか!」


「……も、もう2回も叩かれたけど?」


「細かいですえ! そないなことより……ヤン、ヤン! ちょい最高級の魔生機甲設計書ビルモア3冊ぐらいこーてきて! あと、これからメモする素材、ぎょーさんキープしてきておくれやす! こん素材は街の復興のためにも、即金にできた方がいいさかい。ちゃんと金まわるよう、一箇所からこーたりせんよーしぃや」



   ◆



 いちずが耳を澄ますと、まだ工房の方でたまに声が聞こえる。

 世代とクエが何か言い合っているらしい。


「マスターたちはいったい、何を作っているのか……」


「さあな。まあ、あの様子なら明日になったらわかるのではないか」


 翌日、確かに2人の共同作品を知ることになる。

 だが、それはいちずたちの想像を絶するものだったのだ。

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