Act.0061:ユー・ハブ!!!
街はずれにあった宿から、世代たちは馬を使って東の隣接した山の影まで後退した。
その間、街の阿鼻叫喚は、響き渡っていたことだろう。
10機の
まず最初に狙われたのは、警務所だった。
雨のように多くの火の玉が飛来し、その時点で警務隊の半数近くはやられてしまったらしい。
なにしろ、この街の警務隊には、全部で8機の
そのうち1機は、自宅謹慎を言いわたされている双葉の父親の分としても、少なくとも4機のパイロットは、出撃できない状態にされてしまったことになる。
いや。むしろ、出撃できなかった方が幸せだったのかもしれない。
なにしろ、敵は1機で警務隊の
はたして、3機はなすすべもなく、巨体に蹂躙されるだけの地獄が始まったのだ。
「パパ……大丈夫かな……」
双葉が街の方を見ながら、不安を口にする。
馬をおりて、少し森に入ったところだった。
天気の良い、木もれ日の中。
本来なら、好きな人と仲の良い友達で来ているのだから、ハイキングでもしたくなるような、穏やかな場所のはずだった。
だが、遠くから響く爆音が心の不安をかきたてて、この森の風景さえも不気味に感じさせる。
「きっと大丈夫だ、双葉」
根拠はあるが自信はない。
それでも、いちずは双葉に力強い言葉をかける。
双葉の父親には、クエがコンタクトを取り、ある依頼をしているはずだった。
だから、その作戦がうまく言っていれば彼は今頃、別のところにいるはずなのだが、巻きこまれた可能性は0ではない。
それに母親の心配もある。
ミカも双葉を元気づけるように、肩へかるく手を置く。
「まあ、ボクは興味がない人間が、何人死のうと関係ないんだけどね……」
だが、そこに世代の心ない言葉が、3人の背後から浴びせられた。
普段ならまだしも、さすがにこのタイミングで言われて、3人とも目を剥いてふりむいてしまう。
「世代! 君はこんな時……に……」
だが、いちずのわきあがった怒りの言葉は、途中でふと呑みこまれてしまう。
それは言葉と裏腹の顔が、目の前にあったからだ。
眉がつりあがり、歯を食いしばる、初めて見せる
思わず、いちずは苦笑する。
「君は……まったく『関係ない』というような顔をしていないぞ」
「そうなんだよ。なんか知らんけど、すげぇ腹が立つんだよ!」
目力がこもったまま、彼は背後の街の方をふりかえる。
「これはさ、こっちの世界に来た時に、なんとなく気がついたことなんだけど。この世の中に、本当は『まったく関係ない人』なんていないってことなんだよね、きっと」
「
いちずも他の2人も、世代の言葉に微笑する。
きっと、
そのことが、みな嬉しかった。
「
「うん。やっぱり、必要だもんね」
「ああ。そうだ。必要……え? 必要?」
「うん! やっぱりさ、ボクの作りだした愛すべきロボットを褒め称える、その他大勢のモブも必要なんだ!」
「……モブ?」
「そう。……ヴァルクを描いた時に思ったんだ。作っても、誰にも見てもらえないことの虚しさ。もちろん、自己満足もいいんだけど、やっぱり自慢してみんなに見てもらいたいんだよ!」
背中を向けながら拳を握りしめて熱く語る
それはいつもと変わらない、
それを見て、いちずの顔が引きつる。
「そんなボクのロボットを褒め称える役割を持つ、大事なモブを殺すなんて……許せない!」
「ちょっ……ちょっと世代!?」
「まあまあ、いちず」
思わず詰めよろうとしたいちずの肩をミカがつかむ。
「とりあえず、今は
「……え?」
ミカの含みのある言葉に、双葉が続ける。
「そうだね。ご主人様は、もうそれでいいよ。理由はどうあれ、今はあたし達と同じか、それ以上に怒ってくれているんだもん」
不安を抑えて微笑する双葉にそう言われては、いちずも笑うしかない。
「……そうだな」
それに、いちずもやっと気がついた。
気にしたくないのに、気になって仕方がない……そんな感じだろうか。
それを無理やり、隠そうとしているのかもしれない。
だが、人間のために動くぐらいなら、
それが今、逆転しかかっている。
「……ああ、もう! やっぱり正義の味方とか柄じゃないよ!」
背中に浴びせられる、3人の視線に耐えられなかったのだろうか。
それをふりはらうかのように、
「とにかく早く
その言葉にうなずき、いちずが
が、ミカの手が伸びてきて、
「その前に……主殿に聞きたいことがございます」
彼女の顔が少し顰められる。
声色もどことなく固い。
「主殿は、人を殺めたことがございますか?」
「……ないよ」
そして、すぐさま彼女は残り2人を見やった。
その視線の意味を理解して、いちずが応じる。
「ああ。私も経験はない」
「あたしもだよ」
2人の返事は予想通りだったのか、ミカはかるくまたうなずいた。
「拙子は、用心棒や賞金稼ぎをやっていたから経験がある。自慢などするつもりはないが、それなりにだ。だから、拙子がメインパイロットになろう」
そう言うと、ミカは世代に片膝をついて頭をさげた。
「いえ。主殿の代わりに、メインパイロット役を拝命できぬでしょうか。今回、敵はテロリストたち。
「…………」
訴えかけられた
いちずも、「殺さなければならない」ということは気がついていた。
もちろん、仕方がないとは思っていた。
でも、決心がついたわけではなかった。
たぶん、心のどこかで、「自分が操作しない」という逃げがあったのだ。
ミカにより、そのことが指摘された気分になり、彼女は恥じて目をそらしてしまう。
それはたぶん、双葉も同じだったのだろう。
彼女も下唇を噛んでうつむいている。
唯一、ミカだけが現実をしっかりと見ていたのかもしれない。
「人の命を取るのは、簡単ではございません。それも初めてならば、罪の意識も強くなおさら。そのためらいは、命取りになることもございます。その点、拙子はもう慣れております。罪の意識で迷うことも――」
「――ダメだよ」
驚いたミカが顔をあげる。
「し、しかし……」
「ヴァルクのすべては、ボクのものなんだから!」
「……はい?」
唖然とするミカをよそに、いちずが持っていた
「愛しきヴァルクのパイロットはボクで、愛しきヴァルクのすべてはボクのものだよ! なに勝手にとろうとしてるの!?」
「い、いや、主殿……?」
興奮気味の
「だいたいね、君たち3人はヴァルクのパーツ……でもないな。もう言うなれば今回は、ヴァルクから見たら使い捨てのエネルギータンクみたいなもんだよ!」
「――ひどっ! 今までで一番ひどっ!」
双葉が、ムキーッという声を上げる。
だが、
「つまり、君らの意志など関係ないの。愛しい相手のものは、すべて欲しくなるものでしょう。だから、ヴァルクが犯した罪もボクのものだよ! ヴァルクが人を殺めても、君たちにその罪は一切あげない! すべてボクひとりのものだ!」
「…………」「…………」「…………」
一瞬、三人とも呆気にとられる。
この非常時に、何を言っているのだ。
誰も、ヴァルクへの愛など聞いていない。
この変態男は、どこまで非常識な変態なのだ。
……そう思って、一拍してから気がついた。
いちずは、急に気持ちが楽になった。
(すべてを背負ってくれる気なのか……)
言い方は、かなり異常だった。
だが、告げられた内容は、男の覚悟そのものだったのだ。
「……わかり申した、主殿。勝手なことを申して失礼いたしました。お許しください」
そう言いながら立ち上がると、ミカは掌を上に向けて腕を前に伸ばした。
そこに重ねるように、双葉も手をだす。
「確かに『愛しい相手のものは、すべて欲しくなるもの』だね。だから、ヴァルクのすべては、ご主人様のものだよ」
「しかし……」
その上に、いちずは
3つの手が重なる。
「……それならば、私たちだって同じ。だから、
「えええぇぇ~~~~ぇ~~~~」
「なんでそんなにイヤそうなのよ! そこは感動する場面でしょ!」
双葉のツッコミは、無視される。
「――
いちずの呪文で、魔生機甲設計書ビルモアが浮き上がる。
いつもと違う呪文だが、同じように最初のページから自動的にペラペラとページが次々とめくれていく。
「――
素材チェックリストが、次々と光を放っていく。
「「「――
三人の声がきれいに重なる。
光の粒子が
スリムなヴァルクとは、まったく別形態とも言うべき姿がその場に作られる。
「…………」
気がつけば、4人は薄暗いコックピットにいた。
中央にいちず。
左後ろに双葉。
右後ろにミカ。
そして真後ろの1段高くなったところに、世代が座っていた。
「……スタンバイモード、レディ! 各部チェック開始!」
世代の命令で、3人がそれぞれの仕事を始める。
「コンディション確認、オールグリーン!」
「ジャイロスコープ、起動。アクティブフェイズドアレイレーダー、起動。探索範囲10,000mに設定。各部電磁誘導バリア、起動。出力80%。自動防御システム、オートパイロット」
「
「オートバランサー、右0.58、左0.34補正。推定稼働時間15分44秒。電力レベル、グリーン。レンジエクステンダー、レディ。モード、デストラクション」
そして今、すべての準備が整った。
世代が操縦桿を握る。
「よし、行くぞ! ……アイ・ハブ・コントロール!」
その声に、3人が応じる。
「「「――ユー・ハブ!!!」」」
スタンバイモードから、アクティブモードに切り替わる。
それは、ヴァルクの目覚め。
その起動の瞬間には、大量の魔力が3人から吸い上げられる。
「あああああぁぁぁ~~~~!!」
「いやああああぁぁ~~~~!!」
「うわああぁぁぁぁ~~~~!!」
同時にもだえ苦しむ3人。
だが、単に苦しいわけではない。
魔力が吸い取られるゾワゾワとした感覚。
その刺激が強すぎるのだ。
「あふっ……。こ、これ……慣れたら……ま、まずいよね?」
「ああ……。怖いな……」
双葉にいちずは同意する。
2人は呼吸が荒くなってしまう。
唯一、ミカだけはそこまで乱れず、普通に話しだす。
「さて。主殿。これからどうなさいますか?」
「まずは、おちょくって街からこっちに誘いだす」
「おちょくる?」
「ああ。後は、任せとけ! ……それでは、いただきます!」
「…………」
コックピットに座った世代は、普段と違う自信あふれる表情を見せるのだった。
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