第一章:いちず
Act.0001:いっただきまーす!
密室になったコックピットの中が、自分の熱気で蒸すように暑くなっている。
グリップを握る手に、汗がにじんでいる。
ボサボサの髪の間から、額にも汗が垂れている。
しかし、彼はそれらをすべて無視し、操縦に全神経を傾けた。
「腕部電磁誘導バリア、起動。出力100パーセント!」
音声入力を使い、彼は正しく機能を順番に使用していく。
タイミングを合わせてグリップを離し、正面のキーボードを一瞬だけ操作する。
いくつものペダルをミリ単位で、踏んで、放してをくりかえす。
筋肉が痙攣を起こす少し手前まで、彼は脚を酷使する。
つらい。きつい。
たったひとつのミスで負けが確定する。
絶体絶命のピンチだ。
だが、彼は無意識に口角をつりあげててしまう。
自分の操作で、自分がデザインした相棒の手足が、思った通りに動いてくれる……こんな快感は、ほかにない。
特に今日は、いつもよりも自分の思考と同期したように動いてくれている。
緊張による息苦しさを感じながらも、彼は視界を常に広げ、目の前に次々と表示されるパラメーターを見逃さないようにチェックする。
「――うん、よしっ!」
そして、やっと彼はためていた息をすべて吐いた。
球体コックピットの上半分は、外部の様子を映すモニターになっている。
そこに先ほどまでに大量に映っていた、迫りくる敵ミサイルの姿と、警告音を伴う赤い「!! Emergency!!」の表示が、ひとつも見えなくなっていた。
見えるのは、静閑な限りない宇宙空間。
そこにちりばめられた星々は、地上で見るのと違ってあまりチカチカとしていない。
右手の方には、もやっとした青白い光を放つ地球が大きく姿を見せている。
そして正面には、地球を侵略するためにやってきた宇宙人の巨大ロボットがどっしりと構えていた。
円盤状の頭部に、何本あるかわからない触手のような腕部、脚部はブースターのようなものがついており、脚らしいものはない。
そして胴体は、まるで魚のような形をしていた。
だが、見た目のインパクトは、形よりも大きさにある。
かなり離れているのに、それでも
全長は、3キロメートルほどあるらしい。
もちろん、ただ大きいわけではなく、これでもかと言うぐらいの武装が全身に積み込まれている……いや、
(これで全弾、撃ちつくさせた。あとは近接戦闘のみ。トドメを近距離で
高校のクラスメイトから、「ロボットバカ」と揶揄される【
彼の操る【レムロイド】と呼ばれるロボットは、見事に敵巨大ロボットの霰のようなミサイル、そして豪雨のようなビームの攻撃をすべて回避し、その場に五体満足で浮いていた。
とうとう、死線を乗り越え、前人未踏のレベルまで達していたのだ。
宇宙人の侵略から、地球を守るために。
……だが、レムロイドが破壊されても、本当に死ぬわけではない。
目の前の巨大ロボットも本当に侵略なんてしないし、そもそも彼が宇宙で本当に戦っているわけでもない。
その証拠にコックピットの中では、ずっとBGMが流れている。
それも、まるで危機感を募らせるかのように、威圧的な雰囲気のあるアップテンポの曲だった。
――【BMRS(バトル・マッチ・ロボティクス・シミュレーター)】
これは3年ほど前にリリースされた、体感型ロボットバトルゲームである。
レムロイドと呼ばれるロボットを完全閉鎖型コックピット筐体に乗りこんで操作し、いろいろなミッションをクリアしていく本格的なロボットシミュレーターである。
しかも、自分が乗るレムロイドは、自分でいろいろとカスタマイズやデザインを行うことができるのだ。
それからずっと、彼は狂ったようにこのゲームをプレイし続けていた。
その成果があってか、彼はBMRS世界大会ですでに10連続優勝を果たしている。
月間ランキングでも不動の1位であり、1人プレイのシナリオモードも、全難易度を全国で1番にクリアしてしまった。
そんな彼に、メーカーは異常なほどきつい挑戦状を叩きつけてきた。
今までの限界を突破する難易度【アドバンスドスーパーエクストラハード】というモードだった。
噂によると、最初のうちはテストプレイヤーさえも誰一人クリアできず、攻略を聞いてやっと1名クリアできたという難易度らしい。
そんな難しさのままでリリースするメーカーは、ゲーム雑誌やネットで気が狂っていると叩かれたぐらいだ。
だが、ロボットに対する気の狂い方ならば、
クリアが可能であるならば、「ロボットの愛あふれる自分にクリアできないはずがない」と、彼は信じて疑わなかった。
無論、彼の自信には根拠もあった。
彼はこのゲームに対して、多大な時間と、莫大な金をかけている。
親に文句を言われないよう、勉強もしっかりと頑張り、その他の時間はアルバイトをして金を貯めた。
そして残りの時間と稼いだ金は、すべてこのゲームに注ぎこんでいたのだ。
その甲斐があって、とうとう敵のボスを追い詰めることができた。
体調不良を理由に高校を早引きし、人が少ない時間に連続プレイしていたが、もう後ろに行列ができてしまっているころだろう。
今日は、これが最後のチャンスとなる。
「うん……。いくぞ、【プロト・ヴァルク】!」
彼は自分の駆るレムロイドの名を呼びかけ、猛然と敵に向かって直進させる。
まるで拡大表示されていくかのように、モニターの中で敵の巨体が迫ってくる。
敵の射程内に入った警告が、正面モニターに表示される。
刹那、何本もの触手が真っ直ぐにこちらに迫ってくる。
彼は、プロト・ヴァルクが右手に持っていた、スリムながら巨大なライフルを正面に向ける。
銃口からは弾丸ではなく、ロボットの腕の太さぐらいある眩い光の束が伸びていく。
それを薙ぎはらうように動かし、何本もの触手を消滅させる。
左右のレーダーモニターに接近を知らせるアラートが鳴り響く。
黒字に赤いラインのプロト・ヴァルクは、背中から太刀を抜くと、迫ってきた触手を体を回転させながら斬りはらう。
その瞬間、突破口が見える。
「
背中にある光の翼が全展開されるのと同時に、
ブーストがかかり、敵の胴体に急接近する。
そのまま敵の胴体を鉤爪のような足で蹴って、角度を変えて急上昇する。
とうとう敵の弱点である円盤状の顔面部分に、プロト・ヴァルクがとりつく。
「いっただきまーす!」
奇妙なかけ声と共に、プロト・ヴァルクのパンチが敵の顔面に打ちこまれた。
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