Act.0044:この家の亭主になるつもりだ!

 和真は、目的の建物の前で呼吸を整えた。

 酒場からここまで、重い荷物を持って走ってきた。

 かなり汗もかいてしまっている。

 いや。そもそも、この街に戻ってくるのに強行軍で2日ほど風呂に入っていない。

 匂いは大丈夫だろうかと、思わず和真は自分の腕の臭いを嗅ぐ。


(少し臭いか……まあ、でも大丈夫かな……)


 和真は、パイロットスーツの上に羽織ったクリーム色のジャケットをはたき、埃を落とす。

 見栄えを気にするが、もう周りは夕闇で、汚れがよく見えないのである程度はあきらめる。


(なんだかんだと20日間ぐらい逢ってないからな……緊張するぜ)


 目の前には、ロッジ風の建物。

 ドアの横の看板には【あずまや工房】の文字がある。

 そして、その横の窓からは、まだ煌々とした明かりがもれていた。


(ん? 魔光石まこうせき? そんなもの買ったのか?)


 窓からもれるのは、ランタンのような少しくらい明かりではなかった。

 魔力を蓄積し、太陽のような光を放つ魔光石の輝きだ。

 魔光石は照度が高く、危険度も少なくて便利ではあるのだが、稀少品で高額な商品だった。

 夜に魔生機甲設計書ビルモアを描きこむことがある魔生機甲設計者レムロイドビルダーには、非常にありがたいアイテムなのだが、高額故にまだ持っている者は少なかった。


(なんか、ずいぶんと奮発したんだな。ってか、オヤジさんが亡くなってんのになんでだ?)


 それに家の中から、賑やかな声が聞こえてくる。


(客? パーティでもやっているのか?)


 そう言えばと、和真は自分の腹を押さえる。

 先ほど酒場に行った時に、本当は夕飯を食べるつもりだったのだ。

 なにしろ強行軍で帰ってきたので、今日の昼から食事をしていなかった。


 だが、和真には企みがあった。

 自分の幼なじみであり、求婚中の【東埜 いちず】に帰宅の挨拶をし、その際にさりげなく空腹をアピールする。


(そうしたら、いちずのことだから、『残り物があるから食べるか』とか『なにか作ろうか』とか言ってくれるはず。これで、いちずの手料理が食べられるし、いちずと話す時間も作れるはずだ!)


 さらにパーティ中なら、料理もいろいろとあるかもしれない。

 久々にいちずに逢える喜びに、にやける顔を引きしめた後、和真はドアをノックした。


「は~い!」


 しばらくして、いちずではない声が聞こえてくる。

 だが、知っている声だ。


「……あれ? 和真じゃん」


 ドアを開けて現れたのは、やはり幼なじみの双葉だった。

 いつものヘソ出しルックではあるが、少し様子が違う。

 タイトに腰から上を包む袖無しの服は、いつもより胸元が開き、その無理矢理押さえられたような大きめの谷間が覗いていた。

 さらにいつもどおり短パンだが、それも妙に短くなっている。

 しかも、爽やかな緑系や青系が多いのに、今日はピンク系だった。


「……おまえ、なんちゅーカッコしてるんだよ」


「ふふん。色っぽいでしょ!」


「ってか、下品だわ」


「うっさいなー! ってか、あんた、帰るの明日じゃなかった?」


「仕事が早く終わったから、急いで帰ってきたんだよ。でも、こんな時間にお前がいるってことは、やっぱパーティでもやっているのか? ずいぶんと賑やかじゃないか」


「あ、ああ……えーっと……。パーティじゃなく、ただの夕飯だけどね」


「ん? お前、朝飯だけじゃなく、夕飯までいちずのところにたかりにきてるのか?」


「人聞き悪いこと言わないでよ! ちゃんとお金、入れてるんだから!」


「ん? 金? なんだよ、どういうことだ?」


 わけがわからず、眉を顰める和真の前に、また新たに人影が現れる。


「どうした。揉め事か?」


 金髪のポニーテールに褐色の肌に、緩いチェニックとズボンの上からでもわかる、ひきしまったボディーライン。

 いつもは青いパイロットスーツ姿しか見たことがなく、その姿が誰なのかわかるまでに数秒かかってしまった。

 そしてわかった途端、和真は気を引きしめた。


「あんた……【みかづき・クリスタル・グロリア】か」


「……ほう。【迅雷の和真】こと【雷堂らいどう 和真かずま】に知られているとは思わなんだ。だが、グロリア姓はとうの昔に捨て申した。我は【朏・クリスタル】……いや、今はそれさえも捨てた身か。ただ【ミカ】と呼んでくれ」


「……どういうことだ? いや、そもそもなんであんたが、いちずの家に――」


「――和真!?」


 そこに、和真が待っていたいちずが、やっと現れる。


「いちず! ただいま!」


 和真は荷物を放りだし、双葉を押しのけるようにして家の中に進む。

 つい先ほど引きしめたはずの顔も、すぐに失ってにやけ顔になっていた。


「お、おお。おかえり。しかし、明日ではなかったのか?」


「早くお前に会いたくて、急いで帰ってきたんだぜ……って、あれ?」


 家の中に入ると、そこは工房の受付スペースだ。

 右横には小さなテーブルが1つ置かれ、その横にはいちずが出てきたダイニングキッチンに続く扉がある。

 和真は、そこから臭いに誘われるようにダイニングを横目で覗く。


 すると、ダイニングにある大きめのテーブルに、彼が知らない女の子が座っていた。

 白銀の髪が美しく、また肌がまさに透けるように白い、まだ13才前後の少女だ。


「おい、いちず。あの子は誰だ? 見たことないな。ってか、なんの集まりなんだよ」


「いや、まあ、話せば長いことながら……」


「……俺がいない間に、いったいなにがあったんだよ?」


 和真が言い終わるか終わらないかのタイミングで、廊下に繋がる扉が開いた。

 一瞬、いちずの父親かと思った。

 だが今、工房から出てきたのは若い男である。

 歳は、いちずと大差ないだろう。

 ほとんど鍛えていないような体つき、疲れ切った顔が、とても不健康そうだった。


「……あれ? お客さん?」


「――!」


 その男の言葉に、和真はカチンッときてしまう。

 彼はミカもいちずも押しのけ、ズンズンと現れた男に近づいた。

 男の正面から、その後ろのドアにドンと手を突く。

 威圧するように、その太い腕を男の顔の真横に置く形になった。


「初めまして。俺は【雷堂らいどう 和真かずま】。お客さんじゃなく、将来はこの家の亭主になるつもりだ!」


「――こ、こら、和真! 私は――」


「――で、お客さん・・・・は、どちらさまですかね?」


 いちずの声を無視して、和真は男を睨みながら顔を近づける。


 困惑した表情の男が、視線をそらして横を向く。

 その視線は、ミカに何かを強く強く訴えかけるように向けられていた。


「……いや、主殿」


 しかし、それを受けたミカは首をふる。


「そんな『男同士の壁ドンなんかより、女の子の絡みの方が需要があるのではないか?』みたいなことを視線で問いかけられても困ります」


「……なに言ってんだ、あんた?」


 意味がわからない和真であった。

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