Act.0042:本当に想定外ね
フォーが、この夢を見るのは久々だった。
2メートル四方の四角い石造棺の6面全てには、複雑な魔法陣が描かれている。
その禁呪と言われる魔法陣が生みだした、【魔生の水】は棺の中を隙間なく満たしていた。
その中に、一糸まとわず漂う自分。
体の大きさは、今と同じぐらい。
1.4メートルぐらいだっただろうか。
その体を2メートル四方の中で適当に動かすことで、体の位置を変えていく。
呼吸もできるし、水が入ってきても何ら圧迫感は感じられない。
だが、常に苦しい。
得体のしれない力が、髪の毛穴、目、鼻、耳、口、指の爪の間、股間、そして足の爪の間……とにかく穴という穴から、流れ込んでくる。
そして、その力は外にでていかず、まるで体を少しずつ少しずつ侵食しているようにさえ感じる。
何度も嘔吐感がわき上がるが、吐くものが胃に入っていない。
生まれてこの方、食事というものをしたことがない。
口にはいるのも、排便も、排尿も、すべて魔生の水が循環しているだけだ。
もし、この世界しか知らない自分ならば、「生きるとは、こういうものだ」と、きっと不満を感じることもなかったのだろう。
しかし、6面の壁の各中央には、ガラスがはまっていて、外の世界があることを否応なしに伝えてくる。
自然に、そして漠然と、今の自分は「まちがっている」と感じていた。
とはいえ、最初は外の世界も大したことがないのかもしれないと思っていた。
なにしろ黒い壁に囲まれて、薄暗くてつまらなそうな空間しかないのだ。
唯一、面白そうだと思えるのは、自分の周りに自分と同じような存在がいたことだろう。
外にも魔法陣が描かれた四角い棺の中に、自分と同じようにガラスの向こうから、一生懸命に外を見ようとしている。
棺は全てで4つ。
つまり、自分を入れて5つある。
たまに、自分以外の4人は何を考えているのだろうと考える。
何を見ているのだろう、何を求めているのだろう……いろいろと考える。
だが最後は決まって、一つの答えにたどりつく。
――他の4人は何を考えているのだろう。
きっとそう、自分と同じように、それしか考えていないはずなのだ。
なにしろ、その頃の自分たちには、それ以外に考える知識がなかったのだから。
だが、ある時から、それは大きく変わっていった。
後から思えば、その時から次のステップに進んだのだ。
遠慮ないどころか、不躾で、強引で、犯すように流れてくる大量の知識。
言葉、学問、世界、そして特に大量なのが魔法学……。
その中には、経験と呼ばれるものまで含まれていた。
どんどん、どんどん流れてくる、それに逆らう術はなかった。
どんどん、どんどん別物にでもされていく恐怖。
ある時、知った。
自分以外の4つの箱にある模様のひとつが、「数字」であることを。
見える数字は、1、2、3、5。
つまり自分は……。
◆
そこまで思いだして、フォーは瞼をゆっくりと開いた。
温かさを感じる明かりにより視界を照らされているが、眩しいほどではない。
視点があってくると、丸太の太い梁が走っているのが見える。
すぐに屋根だとは気がつくが、まだ頭が思考していない。
屋根だ、それでどうした……というように、まるで認識しているものを無視するように流していく。
だから突如、横から女性の顔が現れた時も、フォーはその顔をただただ眺めていた。
まん丸い輪郭に、まん丸い瞳。
瞳は少し茶色がかっていて、茶色い髪と妙にマッチしている。
「おっ! 目が覚めたみたいだよ!」
その女性が嬉しそうに、どこかに呼びかけた。
(なにがそんなに嬉しいんだろう……)
まだよくわからない。
そこに数人の足音がする。
(たくさん来る……ここに……ここ!?)
やっと意識が覚醒してきた。
自分がいる場所はベッドだと知る。
だが、なぜ自分がこんなところに寝かされているのか、まだ思い出せない。
「おっ。怪盗さん、おめざめしたね」
そこに、男の声が聞こえてくる。
フォーは顔を横に向ける。
そこには、数人の女性たちと、一人の男性。
「――!!」
その男性の姿を見た途端に、すべてを思い出した。
「――くっ!」
上半身を咄嗟に起こす。
が、そこに一瞬で細身の刃が、走ってくる。
「動くな、盗人!」
茶色い肌に金髪の髪と明眸を保つ女性が、日本刀を握っていた。
刃が喉元にピタッと当てられる。
この中で最も年上で、そしてかなりの使い手であるということを一瞬でフォーは分析する。
(こいつがリーダーね)
だが、その推理は、あっけなくまちがっていることを知らしめられてしまう。
「ミカ、怖いから狭い部屋で剣をふりまわさないでくれよ」
「しかし、主殿。この者は怪盗と呼ばれる盗人。油断はできませぬ」
リーダーだと思ったミカという女は、あの魔力を持たない男に傅いているようなのだ。
(想定外ね……)
そうだ。目の前の男は、フォーにとっていろいろと想定外だった。
まず、魔力を一切もたない者など見たことはない。
噂にはそういう人物がいるとは聞いたことがあるが、出会ったのは初めてだった。
それに周りにいる女3人。
雰囲気からパイロットだとわかるが、そろいもそろってこの貧弱そうな男を囲むように立っている。
つまり、この魔力もなく貧弱な男は、この女性たちのリーダーであるということだ。
(考えられるのは、この男がとんでもない金持ちか、お偉いさんのご子息様という想定ね)
だが、それほどいい服を着ているわけでもなく、ごく普通の安そうな薄手のシャツに、動きやすそうな布の黒いズボンをはいていた。
とても金持ちのご子息には見えない。
「怪我は魔法で双葉が治したみたいだけど、平気なの?」
呆然と観察していると、男は双葉と呼ばれた女性に尋ねた。
「もち。ばっちりなはずだよ。……ねぇ、痛くないでしょ?」
そう聞かれて、フォーは自分の姿を見る。
見たことのない貫頭衣を着せられ、上から布団がかけられていた。
「…………」
彼女は布団をまくって、チュニックもめくる。
自分の股間がモロに見える。
どうやら血だらけになった、下着が脱がされていたらしい。
さらに上の方の怪我を確認する。
確かに、傷口が魔法でふさがっていた。
鈍い違和感は残っているが、痛みはもうなくなっている。
「……なぜ治療を……」
と男の方を見ると、黒髪の女に両目を後ろから隠されていた。
フォーとしては、裸など見られたところで大したことではないのだが、それが一般的な反応で在ることもわかっている。
「こんな貧相な裸、いくらでも見るがいいね。助けてもらった礼ぐらいするね」
そう言うと、黒髪の女が目隠しを取りながら苦笑いする。
「残念ながら、貧相でも、そうじゃなくても、
「……見るだけでは足らぬと? 想定外ね」
やり取りしながら、フォーは情報として「セダイ」という名前を頭に叩きこむ。
「どうすればいいか? 子供の体だが使い道はあるね」
「別になにもしなくていいよ。……どうして君たちは、すぐに身を投げだしたがるのかなぁ。そんなものより、ボクは
そんな
「
どうやら相手は、こちらから情報を引きだしたいのだと気がついたフォーは、話に乗ることにした。
うまくすれば、この状態からの脱出が計れるかもしれない。
「なんで、ボクの描いた
「……おまえの
「なんのことね……じゃなく、これのことね」
それがわかった途端、フォーは息を呑んで驚いた。
「おまえが、それ……デザインしたのか? おまえが、
あまり普段、表情を表にださないフォーもさすがにトーンを変える。
「……ほれ」
そこにあるのは、デザインした物の名前として【東城
「こんな若造が……想定外ね」
「こんな子供に若造と言われるとは、想定外ね」
口調を真似する
(なんなんだ、こいつ……想定外ね)
貧弱そうなくせに女性パイロット達を従わせ、魔力をまったく持たず、若くして
フォーにしてみれば、とんでもない変人でしかなかった。
「それで話はもどるけど、盗んだ理由を聞かせてよ」
「頼まれた。依頼者はポリシーとして言えない」
「じゃあ、依頼内容は?」
「ここに、価値のある
「かもしれない……か。つまり、どんな
「そのとおりね」
「ふーん。どう思う?」
すると、黒髪の女が口火を切った。
「たぶん、南天での
「最初の推測通り、他にもあるのかと家捜しをしたというところか。すると組織的なものかもしれぬ。あの場にいた者が戻って盗みを依頼して……では、少しタイミングが早すぎる。2台の試合を見た仲間が、この街の中か近くにいると言うことではないだろうか」
ミカと呼ばれていた褐色の肌の女が、続けて補足した。
たぶん、そんな感じなのだろうと、フォーも情報は得ている。
だが、それを簡単に教えたりはしない。
情報は武器になる。
「じゃあ、もうひとつ質問。なんで怪我してまで返しに来たの?」
「……依頼主の依頼に嘘があった。そしてそれは、【怪盗・魔法少女】のポリシーに反することだったね」
「だから、わざわざ取り返して、返しに来たの? こだわっているなぁ~」
「ポリシーは守る。想定内ね」
「ふーん。まあ、ボクはそういうこだわり好きだけどね」
そう言うと、
そして、もう終わりとばかりに部屋を出ていこうとする。
「待つね。この【怪盗・魔法少女】をどうするつもりね?」
「いや、別にどうもしないけど。
「……まぬけじゃないね。魔法少女ね」
「その名前がまぬけだと言っているんだけどね。……まあ、それはおいといて。体調が回復するまで休んで、適当にどっかいけば? ということでいいよね、いちずさん」
「ああ。
思わず、フォーが異を唱えてしまう。
「……いいのか。警務隊に突きだせば、多額の賞金が出るね」
「へぇー」
「なんと1億円。想定内ね」
「ふーん。そんなもんか。まあ、どうでもいいや」
「――えっ!?」
「その代わり、『二度とボクのものを盗まない』と約束してくれればいいよ」
「それは、命まで助けてもらい、見逃してもらう立場。我が名において誓うね」
「じゃあ、想定内ね」
「そ、想定内ね。しかし、それでは礼が――」
と、言っている内に、
思わず呆気にとられてしまう。
「……なんなのね、あの男」
「変な男だろう、
いちずと呼ばれた黒髪が苦笑する。
「変な男。1億円に興味を示さない。想定外ね」
「そりゃあ、あんたが盗んだ
双葉も苦笑する。
「しかし、あれだけの
「数日ではなかったか、あの
そう言いながら、ミカも苦笑する。
「す、数日!? そ、そ、想定外すぎるね!」
フォーはまた目を丸くする。
生まれてこの方、ほぼ無表情で過ごしいるフォーにとって、今日が最も感情が動いた日かもしれなかった。
(……このフォーが興味を持つ人間……。本当に想定外ね)
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