Act.0038:あれは危険よね
「あれは危険よね」
ベッドに腰かけた双葉が、いちずとミカの顔を見た。
客室に備えられた執務用の椅子に座ったミカが頷く。
「まったくだ。逆らえん」
そして、双葉の隣で、やはりベッドに座っていたいちずも後に続く。
「ああ、逆らえない。あんな風に言われたら……」
そこまで言ってから、いちずは二人の弓なりになった視線に気がつく。
「――はっ! いや、違うのだ! 私は別に、
「ああ、もう! じれったいよ!」
「まったくだ。もういい加減あきらめろ」
二人に責められ、いちずは「うぐっ」と息を呑む。
わかっている。周りどころか、もう自分さえもごまかせないほどに、いちずは自覚してしまっているのだ。
ちょうど良い機会だと、いちずはすっぱりと覚悟を決める。
「……わかった! 認める! 私も
「やっぱりねぇ~。いちず、好きだもんね、そのタイプ。一種のファザコンだと思うけど」
「うぐっ……」
ランタンの光ひとつしかない部屋でもバレそうなほど、いちずは赤面して話した。
食事も風呂も終わり、いざ就寝となってから、双葉がミカを連れていちずの部屋にやってきた。
曰く「ガールズトークタイム」だそうである。
ベッドが1つに、執務机と椅子が1セット、小型のタンスとクローゼットがある客間で、小さな明かりがひとつだけ。
その中で、全員が寝間着代わりの薄手の服に着替えていた。
下着も着けておらず、今にも隙間から中身が覗けそうだが、どうせ女性しかいないと、胸元がはだけようが、裾がまくれようが気にした様子はなかった。
「しかし、質が悪いのは、ご主人様にまったく嘘がないということだよね」
双葉が、バタンとベッドに寝転がる。
「うむ。主殿は心に嘘がない。誠に愛されていると感じられた」
「しかも、かなり熱烈に……だな」
「でもさ、それって
「しかし、先ほど気がついたのだが、拙子と双葉は、もともと奴隷。つまり、物と変わらぬ存在ではないか」
「あっ! そうか!」
双葉が、バッと上半身をベッドから起こした。
「同じ物扱いなら、愛がある方がいいじゃん! これってレベルアップ?」
「でも、それは
「なに言ってんの! 今まで見向きもされなかったのが、少しでも可能性が上がったってことじゃない」
「まあ、主殿が男性として女性に興味があれば……の話ではあるがな」
「ああ、それ! あたしも不安なんだよぉ~。ご主人様、完全に変態じゃん?」
「その辺は大丈夫みたいだぞ」
いちずは割ってはいる。
「
「えっ!? マジで!? 本人が言ってたの!?」
「ああ。本人から聞いた。双葉のことも、『かわいい』と言っていたしな」
「か、かわいい……はうっ!」
双葉が、ベッドに今度はうつぶせで倒れこむ。
「ただし、それはあくまで絶対的な話で、相対的に
「…………やっぱり変態じゃん」
「うむ。そこはもうどうしようもなかろう。そもそも、その変態を選んでしまったのは、拙子たちなのだからな。変態を好きになった拙子たちも変態かもしれぬし」
「身も蓋もないな……」
「そう言えばさ。さっき服を脱いでと言っていたけどさ、きっと興奮もせずにあたし達の体を観察したんだろうね、ご主人様」
「……いや。どうだろうか?」
ミカが顎に手を置いて、数秒黙考する。
「どういうことよ?」
「うむ。主殿は、
「ああああぁぁぁぁっ!! しまった! 興奮してもらえるチャンスだったかもしれないじゃん! ミーシャさん、なんで止めるのよぉ~!」
「いや、落ち着け、双葉。おまえ、パーツとして興奮されて嬉しかったのか?」
「もうこの際、きっかけなんて気にしてられないでしょう! 突破口がないと進展も期待できないじゃない!」
「うむ。一理あるな……」
「ミカまで、そんなこと……。というか、ミカは
「そう言えば、ミカはよくわからないわね。主として仕えたいだけとか言っていたけど」
「……うむ。最初に主殿とお話しした時、非常に器の大きい方だと感じたのだ。仕えるべき器のある方だと。……だがまあ、今になって考えると、主殿の変態的思考を拙子が勘違いしただけだったんだがな」
「身も蓋もないな……」
「だがな、それに気がついても、不思議と気持ちが変わらなかった。確かに主殿は、大変態ではあるが――」
「おい。パワーアップしているぞ!」
「――それでも、やはり一本筋の通った方で、どこか我らに対する優しさも感じる。それに愛情も深い方だ。まあ、その愛情のほとんどが、
「まあ、超変態ご主人様だしね……」
「とうとう、変態を越えてしまったな……」
「それから、気がついたのだが、なぜかアダラに乗る度に、拙子は主殿への思慕が募っていったのだ」
「ああ! わかる、それ!」
双葉が立ちあがる。
「なんか、カットゥに乗ると、
そう言いながら、双葉は自分の体を抱くように身もだえしてみせる。
「うむ。たぶん、主殿の愛がこめられた
「でも、それは
「もちろん、そうよ。でもね、だからこそなのかも」
双葉はまたベッドに腰を下ろす。
その振動で揺れる体をささえながら、いちずは続きを待つ。
「うーんとね。たとえるなら、すごくおいしそうな匂いに包まれているのに、肝心の料理は別の人が目の前で食べているの。その状態でじらされ続けたら、なんとしてもその料理を食べてみたくならない?」
「なるほど。それはなるな」
「それにね、
「気持ちいい? それは精神的にか?」
「精神的にもだけど、肉体的にも……」
「――なっ!?」
「ち、違うのよ! そういうのとは! ね、ミカ?」
「――ゴ、ゴホンッ!」
ミカはわざとらしいほどの咳払いをして紅潮をごまかした。
睨むいちずの視線から、2人の目線がそっぽを向く。
「……くっ。くやしい! 私も味わいたい! 早く私に作ってくれ、
ガールズトークはその後も続き、次の日は寝不足で3人ともなかなか起きられなかった。
◆
四阿の南にある噴水広場。
多くのカップルが集まり、ベンチや噴水の周りを占拠していた。
暖かい陽射しの中に、多くの熱々カップルとなれば、独り身としては熱中症で死にそうな気分だ。
それでも待ち合わせ場所がここだから、彼女は噴水を囲う御影石に腰かけたまましばらく待つ。
お尻に伝わる御影石の冷たさが、唯一の救いだった。
「……お待たせ」
隣に来た女性は、どこにでもいそうな20代の女性だった。
肩口より少し長い髪を三つ編みにして、丸いメガネをかけている。
一見、大人しい雰囲気の女性に見えるが、彼女はまったく視線を合わせないまま、独り言のように小声を発する。
「わざわざ悪かったね」
「そっちからの呼びだしは、悪い情報。想定内ね」
「……すまん。その通りだ」
まるで赤の他人のように、その三つ編みの女性は景色を眺めながら、少し離れて御影石に座る。
「先日、紹介したゴトだが、依頼主が解放軍の奴らだった」
「――! つまり、テロリストの片棒を担いだということ? 想定外ね」
「すまん。偽装を見破れなかった、こちらのミスだ」
「怪盗・魔法少女は、テロの片棒を担がないね」
「わかっている。詫びにはならないかもしれないが……」
そう言いながら、三つ編みの女性は座っていた横に手を置いた。
そこにコインが1枚置かれる。
彼女は同じようにさりげなく手をつくように、そのコインを受けとる。
「それに、やつらのアジトが記録してある。たぶん、先日の物はそこにある」
「……よく見つけた。想定外ね」
「こちらも仲介屋の意地がある」
「しかし、やはり詫びにはならないね」
「無論だ。この借りは、また別に返す。だが、取り返しに行くなら気をつけろ。わかっているとは思うが、奴らは危険だ」
「そんなの想定内ね」
「……死ぬなよ、フォー。借りは返させろ」
「もちろん貸しは返してもらうね」
三つ編みの女性は、それを聞くとごく自然に席を立って去って行く。
「…………」
彼女――フォーは、コインを握りしめた。
南中にある陽射しを浴びた美しい銀髪が、キラキラと陽射しを返す。
その輝きは、背後の噴水の水にも優る。
透きとおるような真っ白な肌と、グレーの瞳が特徴的な少女。
そう。まさに少女で、丸い輪郭はまだ幼児性が抜けていない。
13、4才にしか見えない子供だった。
しかし、彼女の怪盗歴は、もう10年にもなる。
(今夜は、久々の危険な仕事ね……)
彼女は、小さな体をはねさせるように立ちあがった。
まずは魔術で情報がこめられたコインから、場所の特定をしなければならない。
夜まで時間がない。
(あの
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