Act.0034:想定内ね

 世代セダイたちは、対戦試合プグナが終わった後、泊まらずに帰るつもりだった。

 無論、混乱が予想できたからだ。

 絶対に魔生機甲レムロイドのことで、多くの人間が押し寄せてくるだろう。

 宿などに泊まったら、きっと大変なことになる。

 それを予想していたから、強行軍で夕方には帰路につくつもりだったのだ。


 ところが、それを知った長門から、自宅に泊まらないかと招待された。

 三大名工として権力ある長門の家にまで追ってこられる者は、そうそういないはずだ。

 そういう意味で保護できるからと提案されたのである。


 しかし、世代セダイは最初、それに難色を示した。

 保護される理由はないし、彼としてはとっとと帰って、たまりにたまったリビドーを魔生機甲設計書ビルモアにぶつけたかったのだ。

 だから、誰もが光栄に思うであろう、長門の誘いを無碍に断ったのである。


 対して、長門はあきらめなかった。

 保護はおまけであり、本当の目的は世代セダイから魔生機甲レムロイドの話を聞きたいからだと告げてきた。

 一緒に魔生機甲レムロイドの話をたっぷりしないかと、世代セダイが喜びそうな方向で攻めてきたのである。

 そしてさらに餌として、多くの貴重な魔生機甲レムロイドに関する資料を見せることができるとつけ加えた。


 世代セダイは、チョロかった。

 豹変して長門の誘いにのったのだ。

 それはもう、いちずたちが脱力するほどの変わりようだった。


 だが実際問題として、長門の誘いを受けたことは正解だっただろう。

 双葉とミカが世代セダイのところに戻ってきた時には、大人数の野次馬やら魔生機甲設計者レムロイドビルダー、パイロットを引き連れてきていたのだ。

 おかげで、観客席から降りられなくなってしまうぐらいの大混乱となってしまった。


 しかし、長門という大物が側にいたおかげで、不用意に人が近づいてくることはなかった。

 世代セダイたちが、長門の関係者だと思われたのだろう。

 さらに長門が警備の人間を動かしてくれたので、なんとか全員が会場から出ることができたのだ。


「まさか、あそこまでになるとは予想外でした……」


 その時の様子を思いだし、食事をしながらいちずは長門に語った。


「まあ、仕方あるまい。あのインパクトだからね」


 長門が、笑いながら赤ワインを口にする。


 広々とした装飾の施されたテーブルで、長門を上座に世代セダイといちず、そして双葉とミカが席に着いていた。

 それでもテーブルの半分も埋まっていない。


 とにかく、長門の家……というより、屋敷は広かった。

 周囲は高いフェンスで囲まれ、さらに門番もいて警備員が常時立っている。

 庭は魔生機甲レムロイドの試合ができるのではないかというほど広く、さらに屋敷も部屋数がパッと見ではわからないほどのサイズだった。

 なにしろ客間だけでも26はあると言う。

 客人として招かれた世代セダイたちも、1人1部屋をわりあててもらえたぐらいだ。

 長門はまさに、魔生機甲設計者レムロイドビルダーの成功者の鑑のような生活をしていた。


「次はメインディッシュ。ミーシャの得意な肉料理だ。ぜひ食べて欲しくて急遽、用意させたんだよ」


 長門の紹介で、ミーシャと呼ばれた2人目の妻が、白いエプロン姿のままでかるく頭をさげる。

 歳はどう見ても30代で、長門とは年の差がかなりあった。


「デザートは、もう1人の妻である美月が今、懸命に作っておるから楽しみにしててくれよ」


 そのもう1人の妻も、歳は40ぐらいで、子供が一人いるらしい。

 見る限り夫婦仲はよく、4人で上手く暮らしているように見えた。


 甲斐甲斐しく、夫の世話をやく妻。

 魔生機甲設計者レムロイドビルダーを目指す、我が子を自慢する夫の長門。


 その様子を見て、いちずはつい自分が妻になった家庭を妄想してしまう。

 彼女の母親は、幼い頃になくなった。

 そして父親も先日、失った。

 だがらなのかもしれない。

 仕事に打ちこむ夫を手伝う自分。

 たまの休みの日には、家族の時間を過ごす幸せ。

 いちずは、そんな普通の生活に憧れているところがあった。


「どうだね、世代セダイ君。君も妻を娶っては?」


 まるで、いちずの心を読むような言葉を長門が放った。


「……妻?」


 世代セダイが口にほおばった牛肉を呑みこんでから首を捻る。


「ボク、まだ17才ですよ?」


「立派な成人じゃないか。もちろん、収入がない人間はだめだが、君は余裕だろう。家族がいれば、それが張りあいにもなるというもの」


 長門の言葉に、いちずだけではなく、双葉やミカさえも少し身を乗りだし、固唾を呑んで世代セダイを見つめていた。


「ボク、思うんですけど……」


 周りの期待を一身に浴びていた世代は、なぜかため息まじりに重々しく口を動かす。


「ボクみたいな魔生機甲レムロイドのことしか考えない男が、女性と結婚しても幸せにできないのではないでしょうか?」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 本人から語られたことが、あまりに正論過ぎて、誰もその後、そのことに関して口を開けなかった。

 世代セダイは自分のことを意外によく理解していたのだ。



   ◆



 下調べは、日が沈む前に終わっていた。

 迅速で確実な仕事が、回収系の仕事ゴト屋たる彼女の売りだった。


(この【あずまや工房】という店の中に、誰もいない。想定内ね)


 彼女は裏口に回ると、木製のドアに手を当てる。

 そして、後は呪文を唱える。


――ガシャ!


 ドアの向こうで何かが落ちる音がした。

 ためしにドアを開けてみると、抵抗感なく開いてしまう。


(魔法錠など意味がない。想定内ね)


 彼女は、いとも簡単に店内に侵入する。

 そして、世代がいつも作業している工房に入ると、大して迷いもせずにある壁に手を当てた。


(ここだけ、壁の構造が違う。想定内ね)


 そして呪文を唱えると、その壁の一部が動いて、中に棚が現れた。

 そこに合ったのは、2冊の魔生機甲設計書ビルモア

 彼女は、その2冊をペラペラとめくって、暗闇の中でも魔法で内容を確認する。


(1冊は未完成だし、普通のデザイン。ターゲットは、1冊だけ。想定外ね)


 彼女は1冊だけ戻すと、カードを取りだしてその上においた。

 カードにはバラ柄の飾り枠が印刷され、中央にメッセージが書かれていた。



――お宝はいただきました。

――怪盗・魔法少女

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