Act.0010:定職に就かないとだめかなぁ……

「なっ、なんちゅーパワー……だ……」


 思わずもれたのであろう柳生の声が聞こえてきた。

 声がうわずっていて、わなないている。


「どっ、どっ、どーなってんだ……。そ、その魔生機甲レムロイドは!」


 その言葉には、想像外の存在に対する恐怖があった。

 同時に、不条理なものに対する怒りまでこもっている。

 だが、不条理なものに対する怒りなら、その時の世代セダイの方も負けてはいない。


「どーなってるか訊きたいのは、こっちだ!」


 世代セダイはコックピットの中で言い返した。

 もちろん、ヴァルクの外部スピーカーから外に声が伝えられている。


「ど、どうなってる?……ははぁ~ん。どうして自分がこんな目に遭うのか、ってことか? それは運が――」


「そんなことは、どうでもいいよ!」


「――って、いいのかよ!」


 思わず突っこむ柳生に、世代セダイは容赦なくたたみかける。


「ボクが訊きたいのは、その肩とか股間とかの球体関節だ!」


「……はぁ?」


 どこか素っ頓狂な疑問符が返ってきた。

 いちずまで「なに言ってんだ?」という顔で上から世代セダイを見つめている。

 だが、世代セダイにしてみれば、「なぜわからない」と苛立ちを感じてしまう。


「いいか? 球体関節は、そりゃ自由度は高いし、フィギュアやプラモでは定番化している。しかし、実際に球体をローラーやリニア駆動させても固定力が弱い。つまり、駆動するには、周囲に油圧シリンダー等の駆動系が必要でしょう!」


「……は~ん?」


「百歩ゆずって、何らかの技術でそれがないにしても、その球体関節を丸出しにするのはどうなんです!? 隠すべきでしょ! 見せるにしてもチラ見せですよ! チラ見せ! そんな堂々と見せていいのは、鋼鉄ジ○グぐらいですよ!」


「……なに言ってんだ、てめぇ?」


 柳生のロボットが、両手を前に突きだす。

 とたん、そこに今までよりも二回りほど巨大な炎の塊が生成される。


「意味わかんねーことばっか言いやがって! 今度は【火弾】ではなく、この【火炎巨弾かえんきょだん】を喰らわすぞ! 戦術二級の魔法だ! 死にたくなければ、すぐに格納ストレージ・インしやがれ!」


「そんなの避ければ……」


「だめだ!」


 世代セダイをとめたのは、背面に座るいちずだった。


「後ろに残りの4冊が……。避けたらあいつは燃やすつもりだ!」


 世代セダイは正面上に浮かぶフローティングモニターで、背後を確認する。

 すると確かに、あのコンテナが真後ろにある。


「オレがぁ、なにも考えずにここに立ったと思ってたのか? バカが!」


 柳生の勝ち誇った声が響いた。

 だが、世代セダイは首を傾げる。

 柳生がなぜ勝ち誇っているのかわからない。


「いちずさん、大丈夫じゃないの? だって、あいつだって4冊も焼いたら大損害でしょ?」


 もともと柳生の目的は、魔生機甲設計書ビルモアだったはずだ。

 それをむざむざ焼いたりするだろうか。

 そんなのは、本末転倒だ。


 だが、いちずは苦虫をかみつぶしたように言葉を吐く。


世代セダイがデザインした、このヴァルクが売れれば、あの4冊ぐらい大したことはないはずだ……」


「……え? まじで?」


 その辺の価値観は、やはりまだわからない。

 自分のデザインに、そこまでの価値があるのだろうか?

 それにヴァルクにそれだけの価値があったとしたら、4冊分は後で買えばいいじゃないか。

 世代セダイはそういちずに提案するが、いちずにダメだと拒否されてしまう。


「さあ、どうする、いちず嬢ちゃん。見たところ、さっきから魔法をまったく使ってねぇ。ってか、使えないんだろう? それだけ強い魔生機甲レムロイドだから、お嬢ちゃんじゃ動かすのが精一杯だと思ったが、その通りみたいだなぁ」


 当たらずとも遠からずだった。

 実際は魔法を使うどころか、動かすことさえできなかった。

 それに動けても、駆動時間を見ると1分程度のようだ。


「くっ……卑怯な……」


 いちずが、また進退極まったように歯ぎしりを混ぜるように声を絞りだした。

 しかし、なぜそれほど苦悩するのだろうかと、世代セダイは頭をまた捻ってしまう。


(……あっ!)


 そして、やっと世代セダイは思いだす。

 いちずは最初、あの魔生機甲設計書ビルモアを「父の形見」と言っていた。

 なるほど。あの4冊もこのヴァルクを描いた1冊も、彼女にとって特別なのかもしれない。

 ならば、失いたくないこともうなずける。


 そうなれば、方法は1つだ。

 というか、世代セダイは最初からそのつもりだった。

 マイク出力を外部スピーカーから、音声入力に切り替える。


「シーケンスプロセス、ブレードビームランチャー・ブルバップバスターモード」


 ヴァルクの両手が、腰にさした剣の柄をつかむ。

 が、それを抜かずに、そのまま柄を上に折り曲げる。

 柄はレールに沿って、鞘に当たる部分の上部で垂直に立ちスライドする。

 そして鞘自体も少し前に突きだされ、それはバレルと化した。


 世代セダイは眼前に現れたフローティングモニターで標的を合わせる。


「――シュート!」


――ウウウオオオオォォォォンー――!!


 唸るような音と共に、バレルと化した両方の鞘から、熱をともなう紅い光となってまっすぐにのびていく。

 その2つの光は、そのまま巨大なフレイムボールを粉砕して貫き、その背後の手、腕、そして世代セダイが嫌った球体関節の肩を融解させ、それでも止らずにそのまま真っ直ぐに空へ呑みこまれていった。


 轟音が収まった時、両腕を失い呆然と立ち尽くしたような、柳生のロボットの姿だけがそこにあった。

 その肩口は、溶解されて液だれしたように崩れている。

 もちろん、フレイムボールもすでに消え失せていた。


「なっ、なっ、なっ……なんなのだ、今のは……」


 腰を上げて、いちずが世代セダイに訊ねてきた。

 その顔は、薄暗くとも蒼白だとわかる。


「いや、別に。ただのビームランチャーだよ。いわゆる『通常必殺技』ね。まあ、この手は隙が多いから、雑魚殲滅かチャンスがある時しか使わない系だけど」


 いちずの驚愕に平然と答える世代セダイは、まだ視線を前の敵に向けたままだ。

 敵を倒しきったわけではない。


 と思っていたら、敵のロボットの頭の先、手の先などが光の粒子に変わってきた。


「ダメージ限界で強制格納フォース・ストレージ・インになった! お願いだ! 柳生を捕まえてくれ!」


 光の粒子が胴体のコックピット部分まで届くと、そこにはやはり柳生らしき髭面の男と、魔生機甲設計書ビルモアらしい本だけが空中に浮いていた。


 世代セダイは言われたまま、ヴァルクを操作して柳生の体を片手で捕まえる。


 柳生の方は、あきらめていたのか抵抗らしい抵抗もなかった。


「すまぬ。私も先に降ろしてくれ。奴を抑えておく」


「え? 魔力源が降りちゃっても平気なの?」


「少しの間は平気だし、近くならば問題ない。……まあ、それにどちらにしても魔力切れで、こちらも強制格納フォース・ストレージ・インされる」


「……なるほど」


 言われたとおり、世代セダイはコックピットを開いた。

 そしてタラップをださせる。

 礼を言いながら出ていくいちずを彼は、黙って見送った。


(親の形見……か。じゃあ、やっぱりあきらめるか)


 助けたお礼に、ヴァルクをくれ……とは、いくら世代セダイでも、口にできなかった。

 こうなれば、やはり金をためて手に入れるしかない。

 だが、魔生機甲設計書ビルモアの値段はいくらなのだろうか。

 これだけ大騒ぎするのだから、高額であることは疑う余地もない。

 それでもヴァルクという夢を手にするため、絶対に手に入れなければならないものだ。


(定職に就かないとだめかなぁ……)


 完全に世代セダイは、この世界に居座る気マンマンであった。

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