第5話

「半目だねぇ」

「は、半目ですね……」

 面接官の前で薄ら笑いでそう答える青。絶対に気持ち悪い顔をしているに違いないが、そもそも人の前で愛想良くした覚えもないのでぎこち悪い感じになってしまうのも当然である。

「この八ヶ月間くらい、何をしてたの?」

 当然のごとく学歴以外は真っ白な履歴書を見た面接官から、そのような質問をされてしまう。

 青は事前に考えておいた台詞を、わざとらしくタメを作りながら答えた。

「実は……その、高校を出てから自分はもっと広い世界を見つめたくて、しばらく旅を――」

「お金持ちなんだねぇ」

 会話のキャッチボール終了――てかちょっと待て。せっかく昨日ネットで良い旅先になりそうな場所を探しまくってたのに。コイツは聞きたくないのか。リオデジャネイロの風景とかアカプルコの青い海を。自分が面接官なら絶対に聞き流さんぞ。

「ま。いいでしょう。合格」

「その……自分は広い世界を眺めてから、勤労の喜びを今一度再確認したくて――って、え? は?」

「合格だよ合格。とりあえず、この書類に書いてあるスーパーがキミの働く場所だから」

 有無も言わさずに面接官のオヤジは青に向かって、ホチキスで留められた数枚の紙を差し出した。

「一応ね、仕事する前にそこの紙の最後に書いてある電話番号に電話ちょうだい。派遣の仕組みってわかるよね?」

 遣唐使みたいなものですよね、とかいうフランクなジョークが真っ先に頭の中に思いついたのだがそんなことを口走って面接官の機嫌を損ねるのもなんだと思い、青は素直に頷いてみせた。割とブラック企業が大好きな手口ですよね派遣って。

「向こうさんで評価が高かったら、年末年始に別の仕事も案内してあげられるから。そんじゃよろしくさんね」

 そうして青はぺこりと頭を下げると、面接会場を後にして近くのコンビニで肉まんとコーヒーを買い、後に面接をする予定である藤原を待つことになった。

「まさか……働くのがこんなに楽だとは」

 白い息を漏らしながらそう呟く。こんな簡単に事が運ぶのならもっと働いてりゃ良かった――とは全く思わないのだが、こんな簡単に採用されるのであれば、わざわざブローカーのように自らのマイコレクションを切り売りする必要もなかったのではないだろうか。

 青はぺらりと渡された書類を眺めてみる。

「本当におせち売りの販売なんだな……」

 簡単な仕事概略には、声がけしてお客さんにどんどん販売していってくださいとある。まさしく藤原の言ったとおりであった。他にすることは何も書いていないが、一応「出先での指導の方に失礼のないようお願いします」とだけ添えられている。

「失礼がないようにって、そんなの常識の範囲内だろうに。わざわざこんなこと書くって事は過去に鼻くそをなすりつける猛者でもいたというのか……?」

「おーい、青ーっ」

 ぶつぶつと独り言を言う青に向かって、藤原が手を振ってこちらにやってきた。青は桃から借りたカバンの中に書類を突っ込むと、藤原に向かって手を上げながら応える。

「なんだかあっという間の面接だったね。ホントにこれでいいのってくらい」

「てことはお前も採用か」

「まぁね」

 満足気に笑う藤原に、青は肉まんの包装紙を捨てるゴミ箱を探しながら言った。

「お前はどこのスーパーだ? 俺は『いちげんや』っていうデパートの中だが」

「僕もそこだけど、多分場所は違うんじゃないかな」

 はい、と言って藤原が渡してきた紙を覗くと、確かに店の名前は同じだったが、場所は青の行くデパートと全く違っていた。どうやら同じ系列のスーパーというだけで、場所は同じではないらしい。

 見ると青が行く予定のデパートと藤原が行くデパートは途中まで行き先が同じで、ハンバーガー屋の道の先から二手に分かれるようであった。

「一応、三十日と三十一日の勤務でどちらも日給は八千円。あとは売れた販売数でちょっと色付けてくれるみたいだね」

 二日合わせて何も売れなくても一万六千円は確保出来るというわけだ。それに自らのブコフ錬金術で得た三千円を足して一万九千円。

「ちょっと待て! これじゃぜんっぜんゲーム機が買えないじゃないか!」

「いまさら?」

 藤原は呆れたように笑う。

「ゲーム機とソフトが入った同梱版は三万五千円……。残りの一万六千円は!? どうすればいいんだよ俺はぁーーっ!」

 ぐおおっと声を荒げながら仰け反ってもだえる青の肩に、藤原はぽんと手を乗せる。

「貸したげるよ」

「……へ?」

 不思議と藤原のニコニコ顔が菩薩のように見えてくる。今まで見えなかった後光が、きらきらと差し込んでいた。

「別に使い道もないからね。青のと合わせて三万二千円でしょ? あとはこの前言ってた三千円を足せば、ゲーム機買えるじゃん」

「ふ、藤原あああっ」

「おーよしよし」

 ひしっと抱きしめた青の頭を藤原は優しく撫でつける。

「よし! 我の道に曇天はもはやない! このまま進軍し、敵を討とうぞ!」

「敵って誰さ?」

「世知辛いこの世間だよ!」

「あーそういう」

「ふふ……ふわはっ、ふわはははははーっ!」

 コンビニの前で恥も外聞もなくそう高らかに笑ってみせる青。

「――あの、すみません。他のお客様のご迷惑となりますので……」

 十秒もしないうちに店員からそう怒られて、青と藤原はそそくさとその場を退散した。


 ***

「へぇー。受かったんだ?」

「まぁな」

 赤に向かって高々と鼻を伸ばしながら、青はぺらぺらと手を広げて話し出す。

「なんていうかさ、俺っちこう見えてオーラみたいなのあるじゃん? 立身出世しそうな、ドデカいことやらかしそうな、言わば石油王的な雰囲気っつーの? カリスマみたいな?」

「明日にでも潰れるんじゃないのその会社」

「しゃーらーっぷ!」

 そんな青と赤のやりとりをこたつに入りながら見ていた桃が笑う。

「でも良かったねぇ青くん」

「桃ねぇのこのカバンが効いたんだなきっと。属性アクセとして面接官に効いたんだ」

「ホント無駄にゲーム脳だなお前」

 赤は桃の入っていたこたつの中に潜り込むと、上に置かれていたみかんを取って皮をむき始めながら青の書類を眺めた。

「ま。いいや。どうせなら、タダでおせちもらってきてよ」

「え。もらえんの? そんなコンビニの廃棄みたいなノリでもらっていいもんなの?」

「働いてんだから、もらわなきゃ損でしょうが」

 言い分はわかるのだが理屈は全く通っていない赤の言葉に、青は思わず安請け合いしそうになる。

「先言っておくけど、栗きんとんとエビとカマボコはあたしがもらうかんね。いやぁ、まさか青が家計を助ける日が来るなんて、今晩はお赤飯かなー」

「今晩はひじきと肉じゃがだよ」

 赤の言葉に、桃は表情を崩さずにそう答える。

「んじゃ、当日はよろしくね。青」

「なにそれ」

「あたしも様子見に行くから」

「へぇ……って、はああああああっ!?」

「あ。ずるい赤ちゃんー。わたしと一緒にいこ? ね?」

 あらかた予想はしていた結果ではあるのだが、舞い上がって話していたためにすっかり失念していた。来ないわけがないのだ。しかもさりげなく赤のヤツ、みかん剥きながらどこのスーパーかまでチェックするとは。

 くそう。思えばタウンワークを眺めていた時からずっと予想していたことではないか。少しの油断を見せた隙を狙ってくるとは、さすがとも言うべきか。

「桃ねぇも来るのかよ」

「え。行っちゃダメかな?」

 青の言葉に顔を曇らせる桃。

「いいけど、その人ちゃんと見張っといてね。履歴書写真の時のように絡んでこられても相手出来ないから」

「なにその言い方。まるであたしがアンタを邪魔しにいくみたいじゃん」

「みたい、じゃなくてしてくるだろ。いつも」

「まぁね」

 へへっといたずらっ子のように屈託なく笑ってみせるが、別に褒めてねぇんだぞこっちは。

 早くも気が重くなってきたこの日、十二月二十八日の夜。

 果たして青は、姉の妨害に耐えてゲーム機を買うことが出来るのであろうか。

「ちゃーんちゃーん……ちゃちゃちゃちゃーん……」

「いきなり何歌い出してんの?」

「自作の次回予告BGM」

 赤の問いにそう答えながら、青は二人の入るこたつに一緒になって潜り込む。その直後に赤からみかんの皮で目つぶしを喰らい、激しく悶絶することになるとはまだこの瞬間には気付きもしないのであった。

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