第4話
・一色家の青が住むマンションには親はいない。
・一色家は3LDKの購入マンションである。
・そのどちらも、そこそこ事情がある。
「赤ねえ」
「なんだ?」
「金を出せ」
「は? 死ねば?」
なんて理不尽なんだこの世の中は。
青はばらりと先ほど撮った写真をこたつ机の上に並べながら叫ぶ。
「誰のせいで、こんなバカみたいな写真になったと思ってるんだ!!」
「キス・マイアスってことで、これを面接官に突きつけてやりなよ」
けらけらと赤が笑う。何がおかしいというのだ。つか、おかしいのはお前だお前。キス・マイアスって『オレのケツにキスしろ』って意味だぞ。汚いだろ、おできがあるのに。
「で? どこのなんの面接だよ? おねーさんに教えてみ? ほら。ほーら?」
孫の手をぐりぐりと鼻先に押しつけてくる赤の手を払って、青は言った。
「頼むよ赤ねえ。このバイトが、俺のゴミクズみたいな人生の転機になるかもしれないだろ? 姉ちゃん達はいいよ。大学通ってるし、それなりに就職も安泰だろうさ。でも俺はニートだ。このまま放っとけばどんどんニートだ。ニートのレベルだけが上がるってそれ、すっぴんジョブだけが上がり続けるファイナルファンタジーⅤじゃないか。そんなんじゃエクスデスに勝てないっつーの。わかる?」
「わからん。もっとわかりやすい形で説明しろ。露骨にパロるな」
そういうと思った。
あえてパロディめいて説明してみたけれども、そもそも青はこういう浅はかに他作品をパロッた表現の使うのは大っ嫌いな人間であった。
なんていうか、あまりにも低レベル過ぎる。
自らでもついそれをやってしまうほど、それは安易で作りやすい展開なのだろうなと思う。
その中でも特に大嫌いなのは、ジョジョネタをやたらと使うバカだ。
ジョジョ自体はめちゃくちゃ好きだし、単行本も文庫本も買ってイラスト集まで買うほど大好きなのだが、露骨に、これ見よがしに『だが断る』とか、『そこに痺れる憧れる』だとか、そういった誰もが使いやすそうな部分だけを、バカみたいに多用しているゴミクズ作品は本当に不快で不愉快で不誠実で大嫌いだった。
作品に対する何のリスペクトもなく、ただ使ってみただけの作品。
それはただの冒涜とも言えよう。ついでにそれを乗っかってただはしゃぐ馬鹿も今すぐ死ね。
パロディネタを使うのであらば、パロディネタの元を愛すればこそだ。つか第八部をちゃんと見てんのかっつー話である。こちとら最新刊をずっと追いまくりだっちゅーの。オレェ?
青はニートである。
ニートは誰彼問わず、等しく均等に扱える時間が非常に多い。
これはほとんど宿命と言っても良い。
だからこそ、世にある無駄に多くの漫画やラノベを、ブコフで非常に多く読み漁っているわけだ。酸いも甘いもじっくりしっとり、ねっとりと、噛み分けている。
だって宿命だから仕方がないんだもん。宿命なんだもん。
だから、そんな宿命を背負った人間こそ、その程度の低レベルなパロディネタを使っている作品を毛嫌いするのは必然とも言えるべき行為で、いわば必然とも言えよう。
なぜならこの情報社会におけるニートとは、すなわち『フィクション・ソムリエ』だからだ。
ニートはフィクション作品を読み漁る時間が多すぎる。故に自然と、フィクションの上等さをかぎ分ける術を身につけてしまうのだ。
その上で、
――これをパロっておけば大概の読者は喜ぶだろ?
――どうせ、読者なんてみんなバカだから。
そのような浅薄な考えだけで生み出された作品は『フィクション・ソムリエ』にとって、暴虐の限りを尽くしているほどの怒りを覚えるにふさわしい愚作だと断言出来よう。
全く愚考であること甚だしい。
現に、まさに今のこの世の中、パロディ天国ではないか。
どいつもこいつもパロパロパロ。ぱろぱろエブリディだ。ちょっとパクって乗っかれば、アホで浅薄な知識の浅い読者を騙せると思っていやがる。
言っとくけど、舐めんな。
そんな気概で、軽々しく余所の名作を堂々とパクりまくるクソ作者は死ね。
我々は腐っても読者だ。読者は、そんな気概で、世の中を舐め腐った作者を見下している。
読者を舐めるヤツこそ読者に殺される。つか、死んでる。どいつもこいつも。
安易にパクるな。パクった表現でドヤるな。
読者もそんな下らぬ共感ごときで作者と距離が近付いたと思うな。エサだと思われるぞ。
端的に、死ねと言いたい。
そんな安易なパクリ撲滅運動に従事したい。
とにもかくにもオレは最大限に読者の立場として、世に蔓延る多数のパロディクソ作品に物申したい。
読者を舐めるなよ――と。
「ちょっと! 人の話、聞いてる?」
赤にそうやってどんと机を叩かれるまで、青はずっと両手を広げながら支配者のポーズを取っていた。あかん。これ以上この姉を待たせると手が出てくる姉だ。ついでにここぞとばかりに安易な表現をしたが許してくれ、世の中のお兄様達よ。
「とにかく、俺の社会復帰の邪魔をしないでくれ。そして金をくれ」
っていうか、なんの話だったっけコレ?
金が欲しいのだけは本能的に理解しているのだけれども。
「言っとくけどね。姉のあたしとしちゃ憐れなもんよ。弟のアンタが、たかが証明写真如きにうちら姉妹に金をせびらにゃならんほど困窮してるなんて」
「そのこころは? って聞きたくならない?」
「ならん! そもそもアンタが金が無い理由は、単に無職だからだしね!」
そうですね。仰る通りでございますなのわよ。
「でもさ。だとしたら、この押し問答は無駄だよ」
「なんで?」
「だって、ケツ見せたままの写真を履歴書に貼って持って行っても、社会復帰は出来ない」
そう告げる。
もっともな意見だと、青は自分自身でもそう思っていた。どちらにせよもう一枚写真を撮って綺麗に上半身を見せねば、バイトの応募には使えないわけであって。
「結局、金がなけりゃ証明写真は撮れない。俺は金がない。だから、先ほど赤ねえがやった行為は、単に兄弟資産の無駄遣いだったわけだとしか言いようが無い」
「ぐぬぬ……」
赤ねえが唇を噛みしめる。やった。
なんだか、初めてこの女に一矢報いてやったような気分だった。いつも虐げられていたから。
「……わかったよ。んじゃ撮って来いよこれで」
そう言って、赤ねえが千円札を取り出す、
夏目……じゃない! 野口である。お札の野口さんを久しぶりに見たような気がした。
「今度は綺麗に撮って来いよ! 無駄遣いしたら、許さんからな!」
「わかってるって! 行ってきまーす」
赤ねえは一つ、ヘマをやらかした。
このお金に、お釣りを持ってこいとは言わなかったことだ。
***
『それでは撮影を開始します』
「任せろ!」
渾身のシリアス顔でキメた瞬間、フラッシュが焚かれる。
そうして出てきた青の初めての履歴書写真は、顎を過度に引いた半目状態の写真であった。
当然帰った後に赤に笑われたのは言うまでも無い。
おまけにお釣りで漫画を買ってパロスペシャルをキメられたのも言うまでも無い。
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