第3話
・一色赤は傍若無人である。
・一色赤には双子である妹と、青という弟がいる。
・そのどちらにも、一番手を焼かせている。
駅前までやってきたところで、青の無意識による高感度アンテナセンサーが働いた。
「赤ねえの、微弱な電波を感じる……」
それは酔狂でもなんでもなく、ただ純粋に感じる第六感。姉は言ってしまえばちょっと頭がおかしい。口ではうまく言い表せないが、とにかくところどころで、ちょいちょいネジが外れている人間なのだ。
そんなヤツと会ってはたまらない。ましてや、今から証明写真を撮るというのに。
駅前は人通りが多い。
幾つものすれ違う人達を注意深く見ながら、それでもどうにか証明写真の前に辿り着いた青はふぅっと溜息をもらしながら額の汗を腕で拭った。
「はぁー。ここまでくれば――」
「――青、なにしてんの?」
「おおおおっっおおおおっおお!?」
まるで、どこぞの民族のような奇妙なダンスを踊るように青が振りかえると、そこには一色赤の姿があった。ちょっと待て。いきなりこんなタイミングで現れるとかマジでありえんぞ。
「証明写真って……無職のアンタが一体何を証明したくてそんな写真を撮るわけ? 犯罪未遂者証明とか? ロリコンの気ちょっとあるしねぇ?」
証明写真の機械と青の姿を交互に見ながら、赤は不思議そうな声を上げる。
必死に思考を巡らしながら出てきた言葉は、
「お、おおオレがここに生きてるって証明を、こここ、この機械で撮ってみたくてね!!」
そんな、愚にもつかぬ苦しい言い訳であった。
ついでに大袈裟なサムズアップもしてみたりする。
「ふーん」
見ると、赤の服装はバイト先のパン屋の制服のままであった。こんなクソ姉貴をよくも普通の一般企業が雇ったものだとは思うが、それでもそこそこ続いているのだからきっと家と外とでの性格は百八十度違うのであろう。
なんというか、一番上の姉貴であるこの一色赤は、青から見ても器用な人間だと思う。
弟である自分の前では常に暴君のように振る舞うし、桃よりもおしとやかさに欠け、デリカシーもなければ、半ば常識も欠けている。
ただそれはあくまで家族の中の範疇だけであって、外出先での赤の評価はむしろコミュ障気味な桃よりもずっと良かったりする。たまに遊びに来る赤の友人も、こぞって弟である青に向かって「お姉さんはよく気が利くよね」的なことを言ってきたりする。
だがこれだけは言っておきたい、と青は心の中で思う。
この姉――一色赤は、マジで類い希なバカ姉貴なのだと。
もしかしたらどこでもそういうものなのかもしれないが、少なくとも青はそう思っている。
「んじゃ撮れば?」
「……は?」
「は? じゃなくて。『撮れば?』って言ってんの」
そう言いながらも、赤はじーっと青を見ながらその場に立ち尽くしている。パン屋の仕事はどうしたんだとも思うが、よく見ると手にはチラシが握られており、おそらく外営業か何かの最中だったのだろうとわかる。全く、何から何まで都合が悪く出来ている世の中だ。
「撮らないの?」
赤がニヤニヤしている。何が可笑しいんだコンチクショウ。
「と、撮りますとも!」
青は証明写真の機械に入ると、サーッとカーテンを引いて正面の機械を見た。
『いらっしゃいませ。お金をいれてください』
「ほらほら、金入れろってさ」
「わかってるっちゅーのっ!」
赤に煽られて、イライラしながらも五〇〇円を投入。
『ご希望のサイズをお選びください』
「免許でも取るの? 金も無いくせに」
閉めたはずのカーテンを、いきなり赤がサーッと開ける。
青は強引にそれを閉めると「履歴書用」と書かれているボタンを急いでタッチした。
『履歴書用のサイズ、でよろしいですか?』
「せっかく散々これまで誤魔化してきたのに、機械がそういうこと言うんじゃねーよ!!」
たまらず叫んでしまう。
「なになに? 青、履歴書使うの?」
途端、赤がカーテンの向こうで半笑いしながら告げる声が聞こえた。
「え。まさかバイト? やめなよ。向かないし。大体キミ、結構ダメ人間じゃん」
「赤ねえには言われたくないね」
そう言いながら「はい」と書かれたボタンを押す。
『椅子を調節してください』
「椅子?」
そう言いながら青が椅子を見るも、汚くくすんだ丸椅子がぽつんと一つあるだけ。そもそもが椅子と呼んで良いものかどうか。大体、調節するも何も椅子に調節するようなレバーは一つもない。
『顔を正面にある位置に合わせて調節してください』
「はぁー? 調節するレバーとかどこにあるんだよ!?」
「――教えてあげよか? 報酬はそこにある自販機のドクターペッパーでいいよん♪」
赤が再びカーテンを開けると、最後まで開けきることなく青がそれを閉めきった。
「ちょっと待て。マジでわからんぞ? レバーもなくどう調節しろっていうんだ。オレのパソコンチェアーにはこれでもかってくらい分かり易くぶっといレバーがついてるのに……」
屈んで椅子の下を見るも、丸椅子の下には誰かの食いかけのガムがへばりついているだけであった。汚い。仕方無く青が、狭い空間の中でどうにか身体を起こし、ふと壁を見たその時、
『それでは撮影を開始します』
壁にはしっかり椅子を回転させて調節する説明文が載っていた。
「わっ! いやちょっと待っ――」
無情にもフラッシュが切られる。
「おっ! 撮れた? 撮れたの?」
その途端、またしても赤が無造作にカーテンを開く。
それとほぼ同時に、機械音声の声が証明写真の機械の中に静かに響き渡った。
『この写真で、よろしかったでしょうか?』
その言葉と共に映し出される青の、どアップで映し出されるケツ。
「ぎゃはははははは!! なにアンタ、これで誰かにケツでも貸すの!? ケツを履歴書写真にするとか超ウケるわ!!」
げらげら笑う赤を見ながら、青は顔を赤らめながらカーテンを閉めた。
『撮り直す場合は、いいえを押してください』
迷わず押す。
もうこれで、失敗することはない。
青は椅子を回しながら、顔の位置を壁に書かれた辺りに来るように調整する。これで完璧だ。何も問題はない。そう思いながら正面のガラスを見て、きりっと顔を引き締める。
『それでは撮影を開始します』
今度こそ、どんと来いだ。
そう思って青が、ぐっと顔に力を入れた瞬間、カーテンがさっと引かれた。
「ほれ、おっぱい」
赤がパン屋の制服の胸元をぐいっと広げ、青は条件反射にそれを見つめて――
写真の出来がどうなったかは言うまでもない。
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