エピローグ

姫君日記

○月×日

 戦いも終わったことだし、今日から日記をつけることにした。


 初めてのことだからきんちょーする。


 ええと、何を書けばいいのか。


 とりあえず昨日、火炎山のまおーを倒した。


 わたしこそがさいきょーの騎士だ!





○月×日

 しゅくしょー会が行われた。


 さんごのお姉様がこの場にいない事がすごく寂しい。


 じゅーしょーだとは思っていたけれど、まさか死するまでとは思わなかった。


 ベルレルレンも寂しそうな顔をしていた。


「わたしに気遣って寂しそうにするならやめろ!」


 そう言ったら、もっと悲しそうな顔で頭を撫でられた。


 なぜだ?





○月×日

 じょくん式が開かれ、しゃくいと領土をもらった。


 まおーを倒したほーびだ。


 しゃくいは公しゃくという最高位のものを頂いた。


 もらった領土も、思ってたよりもずっと広大だった。


 お兄様からわたしへの、信頼のあかしだろう。


 このえ騎士をつけられるので、約束通りベルレルレンを指定した。


「え、わたしですか?」


「!」


「冗談です。この身が朽ちるまで、お供いたします」


 ……うい奴、ということにしておこう。





○月×日

 ベルレルレンといっしょに、領地に入った。


 自分の領地だと思うとかんがい深い、のだが……。


「どう見ても荒地だな」


「はい。それもありますが場所も酷い。これはジョシュア王にしてやられましたね」


「うん、場所?」


「ここらは旧『魔王の私領』に隣接する危険な地域です。しかも横に広くて守り難いことこの上ない。体のいい辺境防衛の司令官ですね」


「つまり、どういうことだ?」


「え。わかりません?」


「はっきり言え」


「ええと……姫君の武勇への期待の裏返しとも言えますか?」


 わたしはお兄様に期待されている。


 がんばろう。





○月×日

 領地をしさつした。


 りょー民はわたしのそーぞー以上にひへーしている。


 医者もいないし、食料もまんぞくではなさそうだ。


「思ったよりも大変そうだな」


「そうですね。まずは何をするのにもお金が必要です」


「税金か?」


 殴られた。


 のーてんから思い切り、久しぶりだ。


 ちょっとなつかしい気もする。


 そのあと色々言われたが、よくわからなかったので、とりあえずうなずいておいた。





○月×日

 領主のやかたの建設にとりかかった。


「空いている小さな館でよかったんじゃないか? お金もないし」


「それではダメです」


「お前に贅沢の趣味があったとは思わなかった。わたしも小さいより大きい館のほうが好きだが、民衆が飢えているのにちょっと気が引ける」


「……この間、叱ったことを何も覚えていないのですね。建設には仕事のない大工に行わせるのです。高めの賃金を払い、食事もたっぷりと。次は道路の整備。その次は橋の建設です。民衆に金がまわらなければ、どうすることもできません」


「ああ、ええと。そうだったか?」


 なに言っているか、よくわからん。


「そのために、姫君にはジョシュア王に財政窮乏を告げる手紙を出しまくってください。国庫には樹海の苗の持ってきた黄金が余っています。残らず搾り取るのです」


「あ、うん」


 金がないと手紙を書くのか。


 お金をつかいながら。


 意味がわからん。


 金がないなら、ためた方がいい気がする。


「上が蓄財したら、下に金が回らないのです。地方騎士の領地経営の基本です」


 またクドクドとせっきょーされた。


 めんどい。


 騎士とはたよーな知恵が必要なのだな。





○月×日

 領内の村にゴブリンがやってきた。


 ふっふっふ。


 この領地が誰のものか、知らないようだな。


「討伐する!」


「はい。なるべく派手に、完膚なきまでに叩き潰しましょう」 


 よし、燃えてきた!





○月×日

 ゴブリン退治には兵がひつよーだ。


 でもよーへーをやとう金も、民兵をやとう金も、やしきの建設にむけてしまって無い。


 二人で戦うしかないな。


「公爵様。二人ではありません」


「いや、二人だろう、どう考えても」


「組織です。将軍と、それに従う騎士の、騎士団です」


「二人でか?」


「規模の大小は関係ありません」


「騎士団、か」


 思えば正式な騎士を指揮するのは初めてだな。


「じゃあ騎士団の名前はどうする?」


「太陽騎士団。それ以外には考えられません」


「うん、わたしもそう思っていた!」


 戦いの風を感じる。


 太陽騎士団、しゅつげき!





○月×日

 大勝利! 


 千人ぎりたっせい!


 一日で倒したゴブリンの数をおーはばにこーしんした。


 太陽騎士団、ういじんにて大勝利だ。


「これでもうゴブリンは、我らの領土に進入してこないでしょう。一罰百戒です」


「む、もうこないのか」


 だったらもう少し、てかげんすればよかったな。


 太陽騎士団、ういじんにてお払い箱のきき。


「……何を考えておりますか?」


「い、いや。なにも」


 カンのいい奴だ。

 




○月×日

 やしきの建設がしゅーりょーした。


「ここがわたしたちの新しい城になるのだな」


「城……あっていますが、もうちょっと別の言い方が出来ないのですか?」


 そういえばこのやしき、わたしたちは暮らすんだな。


 これからずっと。


 照れちゃうな。


「別の言い方って、どんな?」


「もっと艶っぽいのを希望いたします」


 あ、やっぱり同じこと考えていた。


 ふふ、いしんでんしんだ。


 よしちゃんと考えよう。


「うん。えーと、んーと。愛の巣とか?」


「……五点」


 ちょっと待て! それは五点満点だよな? 





○月×日

 痛かった。


 やさしくして欲しいとあんなに頼んだのに。


 わたしのだんな様はひどい男だ。もぅ。





○月×日

 おまたがジンジンして、馬に乗れない。


「お前のせいだぞ!」


「はい。わたしのせいです。責任をとります」


 抱っこされた。


 はずかしいだろ、まったく。


 わたしはこーしゃくだぞ。





○月×日

 やしきで働くメイドや料理人をやとうことになった。


「公爵様。邸の使用人はなるべく多く雇いましょう」


「それじゃあ金がかかって仕方がないだろ」


「ですから!」


「わかってる。怒るな。なんとなくはわかっているのだ。蓄財しない、だろ?」


「だいたいは合っています」


 ゴイン!


「合っているなら、なぜ殴った!」


「行動はあっていても動機が抜けているからです。つまり領地経営というものの基本はですね……」


 またくどくどと良くわからない説明をされた。


 それはともかく。


 昔、こんな会話をしたきおくがある。


 ほーろーの旅の時に。なつかしいなぁ。





○月×日

 メイドのぼしゅーを出したら、すごい数のおーぼが来てしまった。


「わたしの名声か。照れてしまうな」


「領内に仕事が少ないのです。慢心しませんように」


 冷や水をかける奴だ。


 ともかくメイドの選別はしっかりしないといけない。


 毎日、やしきで顔を合わせるのだから。


「メイドはわたしが選別するぞ。いいか?」


「……まあ、お好きに」


 ともかく重要なのは一つ。


 顔だ!


 あんまり美人を雇って、だんな様が浮気でもしたら目も当てられない。

 そういったことにも備えるのも、妻の務めというものだ。


 ふふふ。妻か。


 良妻だな。


 おっと良妻としては、夫の好みもはーくせねば。


「お前はどんな顔の女が好みだ?」


「え? ずいぶん唐突ですね。わたしは女性を顔では選びませんよ」


「そんなことは無いだろう。正直に言え。怒らないから」


「無理やりですね。強いて言うなら……金髪を短く切りそろえて、気の強い青い目をギラギラさせた、いつまでたっても子供っぽい、ちょっとお馬鹿な娘が好きです」


「具体的だな。わかった!」


 ぼしゅーをかけたメイドには、事前に伝えよう。





○月×日

 メイドたちを集め、こよーのじぜん説明会を開いた。


「はじめに言っておく。金髪の短髪、碧眼で気の強い、ちょっと子供っぽい容姿の者は採用しないので、そのつもりでおくように」


「……領主様、その選別にはどのような意味があるのでしょうか?」


「ん? まあその、なんだ。良妻の務めというものだ。男は狼だからな」


 メイドたちが何か話し合った後、カガミを持ってきたてわたしの前に置いた。


 カガミの中には、短い金ぱつで、気の強そうな青い目の、ちょっと子供っぽい、みなれた顔の美女がいた。


 あ!


 ああ! 


 そういうことか!


 だんな様ったら、恥かしいことを言って。もぉー、やんやん。


 てれてしまい顔を横にふっていたら、メイドたちがなにやら温かい目でわたしを見ていた。


「!」


 ほんとにはずかしい!


 領内にはじをばらまくわけにはいかないので、じぜん説明会に来たメイドは残らずやとい入れることにした。


 予算をおーはばちょーかだ。


 お兄様にまたお金をねだらないと。





○月×日

 お兄様のそくい五しゅーねん記念のパーティーが王都で開かれた。


 久しぶりの王都だ。


 やっぱり都会は良いな。


「いずれわたしたちの街も、こうなりますよ」


「いや、それは無理だろう」


 あんな荒地が、王都のようになるわけがない。


「……わたしは諦めません」


 商店が延々と続く王都の町並みを睨むようにだんな様が言った。


 わたしのだんな様は、なんてかっこいいんだ!





○月×日

 子供をみごもった。幸せだ。





○月×日

 じゅんちょー。幸福のぜっちょーに、わたしはいる。





○月×日

 じゅんちょー。しあわせだー。


 あと、なんか道ができた。





○月×日

 けーかもじゅんちょー。しふくの時。


 この子が男なら、立派な騎士にしよう。


 この子が女なら、立派な騎士にしよう。





○月×日

 生まれた! ほんとに痛かった。


 玉のように可愛いいわたしの娘。


 愛の結晶。


 この子はきっと美人になる!


 国の宝になる。


 今日この日を、我が領土の祝日にしよう。





○月×日

 すごい量の手紙がやってきた。


「なんだ、これは?」


「縁談です」


「……誰の?」


 聞いたら、だんな様はわたしの宝物を指差した。


「まだ乳児だぞ!?」


「相手も二歳児とかです。つまり親の思惑ですね」


 むぅ!


 こんな世俗にまみれたところに、娘を嫁がせてなるものか!


「娘はやらないぞ。婿に来い!」


「それでもかまわないと、皆言っています」


「だったら……わたしを倒してからにしろ!」


「そんな母親がいますか!」


 怒られた。


 げんこつで。


 もうわたしも一児の母親なのに容赦がないな。


 しかしこの年で何人も男をみりょーするとは。


 わたしの娘はましょーの女だ。


 みりょく的なのは母親ゆずりだな。ふふふ。





○月×日

 ピクラスから久しぶりの手紙が来た。


 娘の出産の祝いの品つきだ。


『同封の手紙は、十年後の未来に開封して欲しい』


 というちゅーい書きがあった。


 親友の頼みでは、断れないな。


 と、思っていたが、酔ったいきおいで開けてしまった。


 手紙にはおどろくべき内容が書いてあった。


『人間族とエルフ族の更なる親交の為、ぜひ君の娘様を嫁に頂きたい』


 十年後? 十年後だと! 


 十歳の娘を嫁にもらうつもりか、あのロリコン!


 そもそもあいつは、いくつ年の下の嫁をめとるつもりだ!


 怒って断りの手紙を書いてやった。





○月×日

 ピクラスこと、幼女しゅみのへんたいがやって来た。


「手紙は十年後の未来に開封してくれと言っただろう!」


 その点を突かれると弱い。


 でもとりあえず用心のため、娘には近づかせなかった。


「我々エルフ族と人間族は、よりよい関係を築くべきだとは思わないのか?」


「思う」


 と、だんな様が口をすっぱくしてわたしに言っていた。


 親友は大切にしたいし。


「だったら!」


「お前はそんなにわたしの娘が嫁に欲しいのか?」


「……本当は……が……欲しかった……」


「うん?」


「なんでもない。ともかく君の娘殿を、私の嫁にくれ」


「うーん、でも一人娘を嫁がせるつもりはない」


「なら次女を」


「……だめ」


「なら三女を!」


「粘るな。そんなにわたしの娘が欲しいのか?」


「欲しい」


 ピクラスのやつめ、性格変わったな。


 直線的というか。


 まあそういう部分は好きだけどさ。


「是非にお願いする!」


「……わかった。もしも三女が生まれたら、嫁にやってもいい」


「よし、わかった。約束だぞ」


「う、うん」


「絶対だぞ!」


「わ、わかったってば。でもお前が結婚していたらだめだぞ。第二夫人なんて認めないからな」


「承知した。未来の人間族とエルフ族の友好関係の為、清い体で待っていよう」


「……」


 ピクラス、ほんとーにイメージが変わったな。


 なんだか真性のへんたいに思えてきた。


 すごく重大な約束をしてしまった気がしないでもない。





○月×日

 知らないうちに街がどんどん発展していた。


 まさか我が領内に宝石店ができているとは思わなかった。


「いつの間にこんなに発展したのかな」


 すごく自慢したそうな顔でだんな様がいたので、話を振ったらあんのじょー、ものすごい勢いで話を始めた。


「初めに道路整備を行ったのがまず大成功でした。商人が行き来するようになり流通が発展しました。付随して行商人が根付くようになり、後はお分かりでしょう。領主の館を中心に町を発展させることができたので、他国の者もどこが中心地かわかりやすいのも成功です……」


 娘が泣き出したので、きょーせー的に話をやめさせた。


 この子はわたしに良く似ている。





○月×日

 子供をまたみごもった。


「うん。この子は男の子だ」


「……わかりますか?」


「間違いない」


 男の子ならうんと栄養をあげないと。


 いずれえーゆーになるのだから。


 ああ、幸せだ。





○月×日

 街のはってんを祝いに、お兄様がしさつでいらっしゃることになった。


 とてもきんちょーする。


「大丈夫です。お金は使いましたが、間違ったことはしていません」


「わかっている」


「緊張しすぎです」


「緊張してちぇなどいない」


 舌が回らなかった。


 わたしはすごくきんちょーしているようだ。


「落ち着いて。戦場に必要な武器を言うのです」


「え、なぜだ?」


「まず剣。次は?」


「うーんと、槍、斧、弓、石弓、破城槌、攻城カタパルト……あと、なにかな?」


「落ち着きましたか?」


「え?」


 いつの間にか、わたしは落ち着いていた。


 すごい!


 だんな様は本当の天才だ!





○月×日

 お兄様のしさつの当日。


 やかたはハチの巣をつついたような大さわぎになっていた。


 それこそ戦場のようになっているちゅーぼーで、わたしは言ってやった。


 昨日得た知恵を、今こそひろーする時だ。


「みんな忙しいだろうが、緊張しないように。緊張したら、まず戦場でつかう武器を言うのだ」


「は? 領主様。突然なにを?」


「まず剣、その次は、なんだ?」


「……領主様」


「うん?」


「邪魔ですので、お外でやって下さいませ」


 メイドにつまみ出された。


 だんな様と同じようになったつもりだったのに。


 なぜだろう?


 お兄様が来るまで何もすることがないので、ずっと娘と遊んでいた。


 お兄様にこのことを話したら、とても優しい目をしてうなづいていた。





○月×日

 男の子が生まれた。


 玉のように可愛いわたしの息子。


「この日を記念して今日を祝日に……」


「いくつ祝日を作るおつもりですか!」


 だんな様にげんこつをもらった。


 出産直後なのに。


 もっといたわれ!





○月×日

 あとつぎの子が生まれた記念に、王都にあいさつにやってきた。


 お兄様はとてもお疲れで、どう見ても休息を必要としていた。


 休まないと、死んでしまう。


 そう思った時、もうわたしの体は動いていた。


「なるほど。よくわかりました」


「わかってもらえたか?」


「……で、気がついた時にはジョシュア王を殴って気絶させて、連れて来てしまっていたのですね?」


「うん。もう身体が反射的に動いていた。……もしかして、まずかったかな?」


「かなり」


 やっぱりか。


 ちょっと問題かなと、帰りの馬車でも思っていたんだ。


 バカンスに誘うにしても、少しだけ強引だったかなって。


「控えめに言って、国家反逆罪です。国王を誘拐したのですから」


 うーん。


 すごく人聞きが悪い。


 わざわざ悪い表現を使うのは、だんな様の悪いくせだな。


 でも、どうしよう。


 下の子が泣き出したので、今日はこれまで。





○月×日

 今日はお兄様をバカンスにお誘いした初日だ。


 さすが世界一のどきょーを持つお兄様。


 わたしのちょっとだけ強引なお誘いにも、れーせーに対処してくださった。


「確かに国の行政は、俺に頼り過ぎている状況だった。強制的にでも俺が抜けて、俺が倒れた際に備えるのも悪くはない」


「よかった。お兄様だったらそう言ってくれると思っていました」


 それに引きかえ、うちのだんな様の心のせまいこと!


「ただ王宮では大騒ぎだろう。手紙を出すから紙と筆をくれ。あと早馬の準備を」


「はいはい」


「それと、くれぐれも言っておくが」


「はい?」


「もう絶対にやらないでくれ。心臓に悪い」


「……はい」


「あと、もう一言だけ」


「…………はい」


「ありがとう。せっかくの機会だから、十分に休暇を楽しませて頂く」


 お兄様は喜んでくれているようだ。


 良かった。





○月×日

 再びにんしん。


 お兄様がバカンスで館にいてしばらくご無沙汰だったのが、だんな様を燃えさせたのかも。


 わかりやすいなぁ、もぅ。





○月×日

 マーメイドの国で戦争がぼっぱつした。


 ゴブリンの国が、戦争を仕掛けたらしい。


「おのれ。珊瑚のお姉様がいないのをいいことに。許せん!」


「妊婦が何を言っているのですか」


「むー。わたしが妊娠している時期を見計らって……」


「そんなはずないでしょう」


「むー!」


「ご安心を。マーメイドの国にはわたしが救援に行きます」


「行ってくれるのか?」


 やっぱりだんな様は素敵だ。


 一心同体だな。


「むしろわたしが行かねばならないのです。義理はわたしの方が多い」


「なんで?」


「……まあ、色々と」


 だんな様がマーメイドの国に旅立って行った。


 がんばれ!





○月×日

 だんな様から手紙が来た。


 マーメイドとゴブリンの戦争がしゅーけつしたそうだ。


 でもちょっとだんな様は戻ってくるのが遅れるそうだ。


『珊瑚の女王の後を引き継いだ【真珠の代行者】テスラという青年がいるのですが、ちょっと頼りなさ過ぎます。マーメイド族の未来の為に、少しだけ強めの教育で知識と力を詰め込むことにしました。帰国は遅れますが、出産には間に合わせますので、ご心配なきよう』


 強めの教育か。


 会ったことないけど、テスラとやらもかわいそーに。


 かろーで死んでしまわないかが心配だ。


 テスラ宛に、えーよーのある果物を送っておこう。


 これも妻のつとめだ。





○月×日

 だんな様が帰ってきた。


「テスラとやらは、どうだった?」


「頑固者ですが、まあまあですね」


 だんな様の評価はからいからな。


 真実を知るには、もう一つ聞かないと。


「そいつと比べて、わたしはどうだ?」


「……まあまあです」


 うん、ならえーゆーだ。


 マーメイド族の未来はあんたいだな。


 さんごのお姉様も天上でお喜びのことだろう。





○月×日

 三度目の出産。


 なんと双子だった!


 びっくりだ。


 可愛い娘が二人も増えた。


 これで息子が一人、娘が三人だ。大家族だな。


 ……あれ?


 なにか昔に約束をしたような、ないような。


 三人目の娘と関係があるような、ないような。


 なんだっけ?





○月×日

 思い出した!


 ピクラスに、三人目の娘を嫁に上げると約束していたのだ。


 どうしよう。


 双子だけど、どっちかをお姉さんにしないとだし、妹にした方は嫁に出さないといけないのか。


 困ったな。





○月×日

 だんな様がみょーあんをくれた。


「非常の事態です。とりあえず一時凌ぎをしましょう」


「どうやって?」


「この子たちは、玉のように可愛い、男の子です」


「……へ?」


「良い子が生まれました。三人も男子がいれば、この公爵家も安泰ですね」


 だんな様は強いくちょーでそう言い切った。


 なるほど。


 この娘たちを男の子として育てれば、お嫁に出さなくても済むか。


「いつか物心がついた時に、娘たちに決めさせましょう。エルフの森に嫁に行っても良いと言うならば嫁に出しましょう。生まれた時から婚約者が決まっているのは可哀想です」


「そうだな。でも娘を息子として育てるのは、親の身勝手な気も……」


「誰のせいでそうなったのだと思っているのですか!」


 ほっぺを引っ張られた。


 四児の母にすることじゃないだろう。





○月×日

 お兄様がやってきた。 


「ずいぶん急ですね。バカンスにこられたので?」


「ん、いや。ちょっとお願いがある」


「はい?」


「双子の男子が生まれたそうだな」


「え!」


「……違ったか?」


「いえ。合っています。玉のように可愛い男の子で。にゃははは」


「誠にめでたい」


「は、はい」


「翻って我が身の不運なこと。息子には先立たれ、もう新たな子が出来る予兆もない」


「はぁ」


「身勝手なお願いだが、伏して頼む」


「はい? なんでしょう」


「双子のどちらかを、俺の養子にくれ。立派な跡継ぎに育ててみせる!」


「えええ! や、困ります」


「そこを何とか」


「お兄様の申し出でも、この子を国王には出来ません」


「そんなことはない。聡明で逞しい男子に育つだろう。育ててみせる!」


「きょ、教育ではどうにもならない部分があるので。その、女王ならともかく……」


「なに?」


「あ、いえ。そうじゃなくって」


「なんとか、なんとか頼む! 跡継ぎがいなければ、国が混乱するのだ。次期王位継承権の問題もある。お前の子ならば、誰もが納得する」


「い、一番上の子なら問題は……ないのです」


「いいのか、長男を貰って?」


「あ、ああ。そ、その」


「お願いだ。一生に一度、最初で最後のお願いだ。国の未来の為なのだ。頼む!」


「は、はい。わかりました」


 言っちゃった……。


 わたしは押しに弱いみたいだ。





○月×日

 だんな様にすごく怒られると思ったけど、そんなことはなかった。


「わたしの子が未来の国王になるというのです。祝福こそすれ、非難は出来ません」


「ありがとう。実はすごく怖かった。怒られるのじゃないかって」


「ジョシュア王も本気でお困りだったのでしょう。困っている人を捨ておけないのは、公爵様の数少ない美点です」


「うん、ありがとう」


 あれ? 数少ない美点って? 


 少ないの?


 いや、わたしの聞き間違いか。


「で、わたしは困っているのですが」


「ん?」


「この公爵家の跡継ぎは、どうするおつもりで?」


 一人息子をよーしに出してしまった。


 どうしよう。


「が、頑張る!」


「……頑張りましょう」


 がんばった!





○月×日

 もっとがんばった!





○月×日

 がんばっても無理なことはある。それもうんめーだ。





○月×日

 娘と息子二人(?)はじゅんちょーに育っている。

 それで良い事にしよう。


 わたしも女だが、こーしゃくとして領主がつとまっているわけだし。


 問題ないな。





○月×日

 子供たちによばれた。


「お母様、質問があります」


「ます」


 かわいいかわいー双子の子供たち。


 そばにはそーめーなお姉さんもいる。


 みんな愛らしすぎてしかたない。


「はいはい?」


「なぜ僕たちは、男の子として育てられているのですか?」


「のですか?」


「……」


 まだ八さいなのに、もう気がついたか。


 さっしが良すぎるのはだんな様の血だな。


「えーと、それには深い深い理由があるのです」


「教えてください」


「ください」


 ……どうしよう。


 なんとなく勢いでエルフの親友とこんやくさせちゃったけど、断るよちを残したかったから男装させているって言ったら、怒るかな。


 これがきっかけで性格が曲がらないか、ママ心配。


「俺から答えよう」


 だんな様が助け舟を出してくれた。


「お前たちが男装している理由はもちろん、この公爵家の跡継ぎになる為だ」


 ええ、なにそれ? 


「そうだったのですか!」


「のですか!」


 そうだったのか!


「ではなぜ私は女性のままなのです?」


 長女の娘が聞いてきた。


「……わからないか?」


「はい」


 うん、けんとーもつかない。


「長女のお前まで男装させてしまったら、嫡男継承で相続に疑問の余地はないだろう」


「そうですね」


「姉妹とはいえ互いに競い合い、切磋琢磨して、立派な跡継ぎになって欲しいという、父と母からの切なる願いがこもっているのだ。それがなぜわからん?」


「なるほど。そのような理由があったのですか」


 そうだったのかぁ。


「娘であっても、この家を相続する権利は全員にある。たとえ長女であっても三女であっても、年長者であっても年若くても、能力を優先して平等にする。その為の男装なのだ」


「よく理解できました。流石は英雄と名高いお父様とお母様。今日は深遠なるお考えを教えて下さり、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


「ました」


 娘と息子たち(?)はなっとくしてくれたみたいだ。


 しかしそんな考えがあったなんて、ぜんぜん知らなかった。


 だったらあんなにがんばらなくても、娘たちをあとつぎで良いじゃないか。


 なぁ? 


 あ、もしかして、楽しんでいたな。


 スケベな奴め。


「そんなはずないでしょう」


 え! 楽しくなかったのか? 


 わ、わたしがもうみりょく的じゃなく……。


「そうではなくて。口からでまかせです。跡継ぎのことなんて、そう言うほかないでしょう!」


 そうだったのか。


 なんだかすらすら言うから、てっきり初めからそういう考えだったのかと思った。


 うっかりわたしまでダマされるところだった。





○月×日

 わたしの息子が、次期王位けーしょー者第一位にしめーされた。


 かんむりょーだ。


「わたしの息子ではないでしょう」


「あ、うん。わたしたちの息子が」


「そうではありません。ジョシュア王の息子です」


「…………そうだな」


 さみしさはある。


 でも王宮にいる息子は笑っていた。


 お兄様もうれしさそうだ。


 たいちょーもよさそうに見える。


 ならばこれでよかったのだろう。


 うん、そうだ。


 そうに決まっている!


「鼻が出ています」


「……涙の方を言え。かっこ悪いじゃないか」


 ウレシイやらサミシイやら楽しいやら悲しいやら。


 もう何がなんだかわからない。


 なみだが止まらない。


「鼻をかんでください」


 ちーん。

 




○月×日

 ○○○○○○○○○○○○。


「そろそろ出かけますよ」


 旦那様に言われて、私は準備を急いだ。


 今日は家族で、【樹海の苗】ピクラスのいる大森林に行く日だ。


「ピクラス殿と会うのは久しぶりですね」


「十五年ぶりだ」


 つまり長女が十五歳になった。


 私が放浪の旅に出た年と同い年だ。


「もう分別はついているな」


「そうですね」


「双子たちも、もしかしたらエルフの森を気に入るかもしれない」


「経験は大切です」


「うん。じゃあ行こうか」


 ご飯と着替えをもって、旅行に出かけよう。


 大森林ではなにかすごい事件が起こる気がする。


 その確信がある。


 でも楽しいことも沢山起こるだろう。


 ああ、楽しみだ。


 今日よりも明日が、明日よりも明後日が楽しみで仕方ない。


「さあ、お手を」


「うん」


 旦那様の手をとって、私は初めての家族旅行に出かけた。




《良い日とは。それは明日の方がもっと良い日になる今日のことをいう》

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