最終話 英雄寓話

 戦乱に一区切りが打たれた。


 しかしトロールはあいわからず粗暴で、エルフは知識誇るばかりで森に閉じこもり、マーメイドは愚鈍で海から出ようとせず、ゴブリンは欲望のままに生き、ドラゴンは全ての生き物を食料として扱った。


 つまり、世界は相変わらずであった。


 そんな中【太陽の娘】リーナスと呼ばれる少女が旅に出た。

 

 リーナスは、粗暴なトロールや、傲慢なエルフや、貪欲なゴブリンや、愚鈍なマーメイドが大嫌いであった。


 なぜ世界はこうまで非常識な者ばかりなのかと、不思議に思っていた。


 旅の途中で、リーナスは年老いた学者と出会った。


 リーナスは自らが抱いている疑問を、老学者にぶつけた。


「学者殿。お聞きしたいのだが」


「なんでしょうか?」


「なぜこの世界は、異常なバケモノたちで満ちているのだろうか?」


 学者はその質問を聞き、なぜかきょとんとした顔をし、数秒後に大笑いをした。


「失礼な奴だ。なぜ笑う」


「申し訳ございません。以前そのような結論をだした学者がおりましたことを、思い出したのです」


「ほう。ではわたしは学者と同等の見識があるということだな」


「はい、左様です」


「ふむ。それでその学者は、どうなった?」


「結論を変えました」


「なんだ変えてしまったのか。一体なぜだ?」


「様々な試行錯誤と、実地調査と、長い研究の末に、でございます」


 老学者は少しだけ遠い目をして、まるでリーナスのはるか後ろを眺めるような瞳で言った。


「自らの結論が誤っていると認めたのか。立派なものだな」


「ですがそのきっかけは、どう見ても学者的見識とは無縁の、無知としか見えない少女からもたらされたものです」


「ふーん。ま、そういうこともあるか」


「その少女について、聞きたいですか?」


 老学者の不思議な問いに、リーナスは首を横に振った。彼女は学者的見識とは無縁の少女なんかに興味はなかったからだ。


「いや、けっこうだ。それよりその学者が得た、新しい結論とやらに興味がある」


「左様ですか」


「それでその結論とはなんだ?」


「……ところで【太陽の娘】リーナス様」


 老学者はリーナスの問いに答えず、話を急に変えた。


「うん? なんだ」


「お母上様はお元気ですか?」


「なんだお前。母を知っているのか? ま、知っていて当然か。【太陽公】レィナスといえばこの国の大英雄だからな。もちろん元気だ」


「さようで。ではレィナス公にご伝言を願います」


「ん?」


「過日のお言葉、確かに正しいと検証できました。感謝しております。以上です。どうぞ宜しくお願い致します」


「なんだと? お前、母上の知り合いか?」


 老学者はその言葉には反応しなかった。リーナス深く礼をして、そしてまた旅を続けるのであった。



《この異常を日常と知るために、私もまた旅に出ます》

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英雄∞寓話 いわたせみ @kabanesemi

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