第127話 人々戦争③
「うわぁ!」
【太陽の姫君】レィナスは悲鳴を上げた。
彼の愛する【朱の騎士】ベルレルレンは、【火炎山の魔王】ガランザンの強烈極まる一撃を喰らい、地面を転がっていった。
レィナス姫は慌てて、ベルレルレンに駆け寄ろうとした。
「おやめなさい!」
それを大声でとめたのは、【珊瑚の女王】イオナであった。
イオナ女王は声を出しただけであった。彼女の顔は、激痛のあまりゆがんでいる。
さすがにレィナス姫は立ち止まり、イオナ女王を心配した。
「珊瑚のお姉様。お姉様も怪我を?」
「貴方の騎士殿はもう気がついていましたよ。三人掛かりで魔王と戦わなかった理由が、わかりましたか?」
イオナ女王は槍を杖にせねば、立ち上がることも出来ない様子であった。
こんな状況でガランザンと戦えば、一瞬で首を飛ばされている。
「お、お加減は?」
「非常に優れません。しかし心配は無用です。貴方には貴方にしかできない仕事が待っています」
「いや、しかし」
レィナス姫は再度、地面を跳ねて倒れたベルレルレンの方を見た。
「彼は私に任せなさい」
「お姉様に?」
レィナス姫は聞き返した。マーメイド族に医学が進歩している話などはない。
「妹よ。私には自慢が一つだけございます」
「はい、なんでしょう?」
「嘘をついたことが、生まれて一度たりともないのです」
それは社会的に生活するに、非常に困難を要する禁則である。
イオナ女王は少しだけ誇らしげに言った。
「そう、なのですか」
「マーメイドを統べる女王にして、神に仕える最高司祭にして、貴方の姉でもあり一度も嘘をついたことのない私が、はっきりと誓約いたしましょう」
「は、はい」
「貴方の騎士殿は、私に任せなさい。必ず生還させます」
レィナス姫は息を飲んだ。イオナ女王の言葉は重い。疑問のはさむ余地すらないほどに。
「では、わたしは……」
「貴方に必要とされること一つ。【火炎山の魔王】ガランザンを倒し、生きて帰ってくることです。さあ、お行きなさい。貴方の戦いが待っています」
「……わかりました」
レィナス姫はピクリとも動かないベルレルレンに背を向け、ガランザンへと向かった。
ガランザンは左手だけで大剣を振って待っている。
魔王の驚異的な生命力の為か、右腕から流れ出る血がもう止まっていた。
「ようやく、ようやくわかった」
レィナス姫はかみ締めるように独り言を呟いた。
ほんの一秒にも満たない時間で、かつてベルレルレンが彼女に叩き込んだ修行の全てを反芻していた。
共に歩んだ放浪の旅。
旅の始めに、レィナス姫は英雄にして欲しいとベルレルレンに頼んだ。
ベルレルレンはその望みを全て叶えてくれた。
英雄となるに十分の修行を施し、名声を集め、舞台を整え、そして最強の敵を用意した。
出来すぎなくらいだ。笑いまでこみ上げてしまう。
「律儀な奴め。お前が英雄になってくれても良かったのに。帰ったら、ひっぱたいてやる」
魔王ガランザンを前に、レィナス姫は最後に一度だけ振り返った。
倒れているベルレルレンの傍に、イオナ女王がいた。
《英雄になる方法
第一条 英雄になりたいと思い続け、努力すること。
第二条 もし英雄になれなかった時は、第一条を参照せよ》
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