第126話 人々戦争②
【火炎山の魔王】ガランザンは、【朱の騎士】ベルレルレンと向かい合っていた。
妙な事になったというのが、ガランザンの率直な感想である。
「始めるか」
自身のわだかまりを払拭するように、ガランザンはベルレルレンに切り掛かろうとした。
「待った!」
ベルレルレンは手を上げて静止した。
あろうことかガランザンは、それを見て急停止してしまった。
(な)
なぜ剣を止めたのか、止めてしまったのか、ガランザンにはわからなかった。
しかし止まらないわけにはいかなかった。
一対一の三連戦で勝負をつける。
それはガランザンにとって一方的に都合の良いルールであり、ガランザンはそれを受け入れた。
逆に言えば、三連戦の緒戦が開始されるまでは、動きは取れない。
「鎧を脱ぎたい。ちょっと待っていてくれ」
ベルレルレンはガランザンの返事を待たず、自身を象徴する赤い紋様の入った鎧を脱ぎだした。
ガランザンが問答無用で切り掛かってくるなど、欠片も考えていないようである。
だが敵が鎧を脱ぐなら、これもガランザンにとってもまた都合がいい。
反対する必要はなかった。
聡明な魔王ガランザンは、ベルレルレンが時間稼ぎしているのかとも疑った。
しかし極限まで疲労しているのはむしろガランザンであり、時を稼いで得をするのはこちら側だ。
ガランザンはベルレルレンの意図がまったく読めないまま、呼吸を整えてじっと待っていた。
「まだか」
「もう少し待ってくれ」
まるで親しい友人に対するようにガランザンは聞いてしまい、ベルレルレンは親しい友人に対するように答えた。
(これは、戦争ではないな)
ガランザンは鎧を脱いでいくベルレルレンの様子を見ながら、今更になって彼の考えの一片を知りえた気がした。
戦争ではなく試合で決着をつけたいのだろう。
(だが、どちらでもいい)
戦争だろうが、戦闘だろうが、試合だろうが、競技だろうが、それがなんであろうとも関係はない。
勝利者が相手を殺すことに変わりないのなら、迎える結論に変化もないのだ。
「お待たせした」
「かまわん」
それが戦闘競技を開始する合図だった。
ガランザンは一気呵成に攻め立てるつもりであった。
だができなかった。
ベルレルレンは剣を腰におくように構え、ただならぬ雰囲気でガランザンを睨んでいた。
(これか)
ベルレルレンの申し出のもう一つの理由。
鎧を脱いで身軽になり、絶妙の間合いではなつ必殺の一撃。
これは乱戦中では出せない。一対一の競技のような戦いでなければ不可能だ。
「お初にお目にかかる」
「……なに?」
ガランザンとベルレルレンが初めて出会ったのは、マーメイド国での死人戦争の時だ。
直接、剣も交えている。
「どういう意味だ、【朱の騎士】ベルレルレンよ?」
「その名前ではない」
ベルレルレンは不思議な返答をした。
鎧を脱いだから【朱の騎士】ではないと言っているのかと、ガランザンは強引に結論づけた。
そして一気に剣の間合いに入った。
ガランザンの空間ごと引き裂くような強烈な一撃が、ベルレルレンに襲い掛かる。
「【腕を盗む悪霊】。かつてそう呼ばれていた」
ベルレルレンはそう呟いた。
その名前はゴブリン族の民間伝承に登場する。
夜中に一人で出歩くと、右腕を盗む悪霊に襲われるという。子供を怖がらせるだけの、御伽噺のようなお話だ。
ベルレルレンはガランザンの大剣を紙一重で交わすと、その懐に入った。
「その右腕、貰い受ける」
閃光を走らせガランザンの右腕を切った。
「ぐ!」
利き腕を切られたショックで、ガランザンはトロール族本来の粗野な面が表に出た。
もはや剣技などは使えないほどに、感情が爆発する。
「おおおぉぉ!」
雄たけびで大地が振動した。
ガランザンは激情のままに、前蹴りでベルレルレンの腹を蹴り上げた。
必殺の技を放ち、脱力していたベルレルレンにそれを避ける術はない。
「ぐふ」
鎧を脱いで軽くなったベルレルレンが、上空高くに舞い上がった。
そして落ちてくるベルレルレンめがけて、ガランザンは左手だけで大剣を振り回す。
無造作に振るわれた大剣の腹が、ベルレルレンの体に命中した。
ベルレルレンは空中で三回転ほど縦に回った後、地面に何度も跳ねて転がった。
ベルレルレンは僅かに痙攣した後に、ぐったりと動かなくなった。
《君が一番得意なことを言ってごらん。君の生きていた人生を当ててあげよう》
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