第十六章 人々戦争

第125話 人々戦争①

【朱の騎士】ベルレルレンは冷静であった。


 彼自身、【太陽の姫君】レィナス、【珊瑚の女王】イオナの三人で、【火炎山の魔王】ガランザンを取り囲んでいる。


 この戦場は、世界の中心であった。


 後世の全てを決めるであろう中心地にあり、ベルレルレンは激情に身を任せることがなかった。


 その経験と、類まれな冷静さを持って、ベルレルレンは現状を分析していた。


(三人掛りでも、勝てない)


 死人戦争の折であれば、勝てたかもしれなかった。


 あれからレィナス姫は強くなった。


 だがそれ以上に、ガランザンは強くなっている。


 そしてベルレルレンとイオナ女王は、当時と比べてむしろ弱くなっている。


 ベルレルレンには片目がなく、イオナ女王に至っては立っていることすらままならない程の重症だ。


(どうするべきか)


 ベルレルレンは考えた末、最後の手を使うことにした。


 秘中の秘策。


 墓の下まで持っていくべき奥義を持って、勝負をつけることを決意した。


「姫君、イオナ女王。そして魔王ガランザンよ。わたしより提案があります」


 三人が黙ってベルレルレンの言葉に耳を傾ける。


「三対一で戦うなど、騎士の名誉が許しません。しかしこの場に三人がいるのは、我々の明らかな勝利。そこでわたしは、一対一での三連戦を提案します」


「え、なんでだ?」


 疑問を口に出したのはレィナス姫だけであったが、イオナ女王も、敵であるガランザン魔王も、明らかに説明を欲していた。


 それに応じて、ベルレルレンは言葉を続ける。


「まずわたしが魔王ガランザンと戦いましょう。わたしが敗れた時は、姫君がガランザンと戦うのです。そして姫君までも倒れし時は、イオナ女王に参戦を願います。いかがでしょうか?」


「いかがも何も。三人一緒じゃまずいのか?」


 レィナス姫がわかりきったことを聞いた。


 ベルレルレンは、わかりきったことを聞くな、という顔で笑うばかりであった。


「良いでしょう」


 イオナ女王は承諾し、鯨の骨の巨槍を手放してその場に座った。


「珊瑚のお姉様。なぜですか?」


「貴方の騎士、ベルレルレン殿は間違ったことを言う人ではありません」


「いや、そうですが……いや、そうか。そうだな。それが一番なんだな?」


 レィナス姫が念を押した。


「もちろんです」


 内容を一切説明することなく、ただ結論だけをベルレルレンは繰り返した。


「ならば、わたしもそれでいい。ガランザンはどうか?」


「異存、ない」


 ガランザンは無表情のまま頷いた。


 だがその無表情からでも、ベルレルレンにはガランザンの心が読み取れた。


 魔王は明らかに、こちらの意図が読めずに混乱している。


 混乱のまま、一撃必殺で決めてしまえば問題はない。


 ベルレルレンは深呼吸をした。


 これからたった一人で、ドラゴンをも倒した【火炎山の魔王】ガランザンと戦うのだ。


 緊張しない方がおかしい。


 自ら招いた困難でありながら、呪わずにはいられない運命である。


 そこにレィナス姫が近づいて、小声で聞いた。


「一人で、勝てるのか?」


「わたしがかつて、間違ったことを言ったことがありますか?」


「ないけど……」


「ならばご安心ください」


「必ず帰ってこいよ。命がけとかは、なしだぞ」


「もちろん」


「お前が帰って来なかったら、たとえわたしが魔王を倒しても。……次の魔王にわたしがなるかもしれないぞ」


 無視できない一言をレィナス姫が口にした。


 だがその可能性は十分にある。


 強く、美しく、激しい太陽の姫君。


 その直情的な性格は太陽の下にいれば輝いていられるが、一旦、暗転すれば闇の道へひた走る恐れがある。


 レィナス姫は冗談を言ったつもりはなく、ベルレルレンも冗談とは思わなかった。


 双方とも、自身と相手の性格を知り尽くしている。


「騎士の名誉にかけて、必ず戻ります」


「騎士としてではなくて、わたしに誓え」


 ベルレルレンは、ちらりとガランザンとイオナ女王を見た。


 二人とも、動きはない。


 漫然と、その場の成り行きを見学している。


 ベルレルレンは咳払いをした。


「ええ、と。その」


「うん」


「ああと、うん。なんだ」


「うん」


 じっと待つレィナス姫の唇に、ベルレルレンの口がそっと触れた。


「……必ず戻るよ、太陽のお嬢さん」


「うん、永遠に待ってる」


 まるで町娘のような屈託のない笑顔で、レィナス姫はベルレルレンを送った。


 その先には、待ちくたびれたといった様子で、ガランザンが大剣を台風のように振り回していた。




《死ぬ覚悟なんてとっくに出来ています。しかし今は死ぬわけにはいきません》

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