第123話 バケモノ戦争⑪
【林冠】パヌトゥは【火炎山の魔王】ガランザンへ救援に向かっていた。
前方には山ほど大きい【暴君竜】カーンと、その上で巨大な槍を振るう【珊瑚の女王】イオナが見える。
無敵のガランザンとはいえ、これを相手にしては苦戦しているに違いなかった。
「一刻も早く、魔王様に合流するのだ!」
パヌトゥは、配下のゴブリンたちに叱咤した。
その後方で、猛烈な勢いで接近してくる軍勢があった。
「パヌトゥ様、敵が来ています!」
隣にいたゴブリンが叫んだ。
「敗れたのか。ルーシャム」
その軍勢は、人間の義勇兵団であった。
率いているのは【太陽の姫君】レィナスと、【朱の騎士】ベルレルレンであろう。
彼らがこちらに来ているということは、おとりであった【悪喰】ルーシャムが敗戦したということだ。
「どうしましょう?」
ゴブリンと問いに、パヌトゥは深く思考した。
このまま進めば、敵よりも僅かに早く魔王様と合流できるだろう。
だが合流できたとしても、敵はかまわず突っ込んでくるに違いない。
珊瑚の女王の軍と、太陽の姫君の軍から、挟撃されてしまう。
(ならば迎え撃つか?)
レィナス姫とベルレルレン。名高い勇者の二人を同時に倒せるのか?
一人だけならともかく、二人一緒では極めて難しい。
(こうなるのだったら、悪食様と合同で軍を動かせばよかったか)
しかしそれでは援軍に間に合わない。
(……いや、違う!)
パヌトゥは、自分が優先順位を誤っていることに気がついた。
必要なのは援軍ではない。勝つことなのだ。
今、勝利するために必要なことを、順番通りにやればいい。
「迎え撃つぞ。陣を敷け!」
パヌトゥはゴブリンに命令を出し、レィナス姫の軍勢を迎え討った。
パヌトゥは弓を撃った。
弓を撃ち続けた。
レィナス姫の軍勢が、接近してくる。そのままがゴブリンと正面からぶつかった。
ゴブリンは弱く、蜘蛛の子を散らすように敗走する。
パヌトゥは弓を撃ち続けた。
ゴブリンたちは倒れ逃げて行く。
ついにレィナス姫とベルレルレンが、パヌトゥの正面までやってきた。
それでもパヌトゥは弓を撃ち続けた。
「黒い肌のエルフ。お前が【林冠】パヌトゥだな。貴様、こちらを向け!」
レィナス姫が叫んだ。
パヌトゥは弓を撃ち続けていた。
遠い前方で魔王ガランザンと戦っているドラゴン、【暴君竜】カーンに向けて。
「魔王様、遅くなりましたが、援軍をお届けします。矢を十六本ほど」
この戦場で唯一、魔王様を倒せそうな敵を排除する。
それがパヌトゥの任務だ。
敵はレィナス姫を殺すことではない。ベルレルレンを屠ることでもない。
ドラゴンに騎乗したイオナ女王、これだけが危険だ。
逆説的に、彼らさえいなければ魔王様に勝てる者などいない。
パヌトゥの剛弓は、カーンの首を狙い、正確に打ち抜いていた。
超長距離から長い首に矢を打たれ続け、さすがのドラゴンもよろめいているのが遠目にもわかる。
「これで我々の勝利だ。魔王様の元へ行き、首をはねて貰うといい」
パヌトゥはレィナス姫など一切見ず、次なる矢を矢筒から取り出しながら言った。
「【林冠】パヌトゥよ。その忠節と執念を、他に向けられなかったのかと強く思うぞ」
レィナス姫の言葉に、パヌトゥ矢を持ちながら笑った。
「【太陽の姫君】レィナス。自国を守らんとするお前は正しい。世界を滅ぼさんとする魔王様は誤っている。そんなことなどわかっている」
賢いエルフ族でなくとも、どちらの主張が常識的に正しいかなど、自明である。
「だが俺はお前とは違う」
はっきりと、しかし一切の感情をこめずに、パヌトゥは続けた。
「俺が心の底から苦しんでいた時に、狭い世界を粉々に破壊して、俺を救いだしてくれたのは魔王様だ。お前ではない」
同族のエルフから虐めを受けた記憶と、燃えさかる森でのガランザンとの出会い。
目をつぶらずとも、鮮やかに脳裏によみがえる記憶だ。
「今更、魔王様以外と世界を見ることなど、俺にはできない」
パヌトゥは矢をつがえた。
「……急ぎの用がある」
搾り出すように、そうレィナス姫が言った。
「こちらの急ぎの用がある。いつまでも話している暇はない」
パヌトゥが弓を引き絞った。
レィナス姫はパヌトゥの首筋に向かい、思い切り鉄球を打ち下ろした。
立ち上がることすらできないであろう、強烈な一撃。
パヌトゥは一切の防御をしなかったので、なすすべもなく倒れた。
最後に一本、矢が飛んだ。
矢はカーンの首に刺さった。
「十七本目の援軍です。少ないですが、お届けできる最大の兵を魔王様に……」
倒れ伏しながらパヌトゥは搾り出すように言い、そして動かなくなった。
「姫君」
ベルレルレンが心配になって聞いた。
「急ごう。珊瑚の姉様が待っている」
レィナス姫とベルレルレンは、最後の戦場へと走っていった。
《あの時助けてもらった恩を、わたしは一生忘れません。一生忘れませんでした》
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