第122話 バケモノ戦争⑩

【樹海の苗】ピクラスは大激戦の隣にいた。


【暴君竜】カーンに騎乗した【珊瑚の女王】イオナと、【火炎山の魔王】ガランザンが激しく争っている。


 歴史上に名を残すであろう一戦に、ピクラスは加勢することはなかった。


 ピクラスは弱い。


 こんなバケモノ同士の戦いに混ざっては、すぐに命を落としてしまう。


 足りない力を知恵で補うため、彼は周囲に警戒を続けていた。


 そして動きがあった。


 砦からゴブリンの一団が、魔王への援軍として動き出したのだ。


「珊瑚の女王よ。私の戦いが見つかった。この場はこれで、お暇する」


 ドラゴンに騎乗しているイオナ女王に届くほど、ピクラスは大声で話しかけた。


 イオナ女王はガランザンから一瞬たりとも目を離すことなく、それでも自由な口を動かしてピクラスに返事をした。


「貴方の知恵は私の武に勝ったのです。無様は許されませんよ」


「無様とか、良い生き様とか、そういう観念でエルフは動かない。しかし結果は出そう。それがエルフだ」


 ピクラスは樹木の兵隊、ウッドウォークを率いて敵の迎撃に向かった。

 




【林冠】パヌトゥはゴブリンの軍勢を率いて、魔王の援軍に向かっていた。


 前方には遠目でもわかるほど巨大なドラゴン、【暴君竜】カーンに乗る【珊瑚の女王】イオナが見える。


 その下に、攻撃を受けて苦戦している【火炎山の魔王】ガランザンがいるはずだ。


 一刻も早く、助けなければならない。


 だが敵に動きが見えた。


 樹木の一団が、のそのそと動いてこちらを阻もうとしている。


「ウッドウォーク。ピクラスの軍勢か!」


 エルフ族の大天才、【樹海の苗】ピクラスが指揮しているのに間違いはなかった。


 幼少時からの恨みが募るエルフ族に、こんな場面で仕返しができる場所が与えられるとは思わなかった。


「全軍、ウッドウォークは力が強く丈夫だ。侮るなよ」


「ど、どうするので?」


 ゴブリンがおずおずとパヌトゥに聞いた。


 力が強く丈夫な敵に、正面から突撃するのは嫌なようだ。


「奴らの弱点は、所詮は木であることだ。火矢と油を撃ちこんで、全て燃やしてしまえ!」


 パヌトゥの指揮の下、ゴブリンたちはウッドウォークの一団に向かって火矢と油が撃ちこんだ。


 なすすべもなく燃えるウッドウォークの軍勢。


「よし。あとはウッドウォークを迂回するのだ。敵は勝手に消滅するから、追撃も受けない」


 水も漏らさぬ完璧な作戦である。


 ゴブリンたちも被害のないその作戦に従ったが、先頭を行くゴブリンが悲鳴を上げた。


「パヌトゥ様、ウッドウォークたちが、横に広がっていきます!」


「なに?」


 パヌトゥは聞き返したが、ゴブリンの報告は珍しく正確であった。


 ウッドウォークたちは燃えながらも等間隔で横に広がり、パヌトゥの軍を阻む壁のように居並んだ。


 戦う姿勢は見せないが、逃げる姿勢も見せていない。


「しまった、そういうことか!」


 パヌトゥを阻むように、そこに燃える樹木の壁が出現していた。


 ウッドウォークならば被害はあっても倒すことができる。


 しかし燃えていてはそれもできない。


 そもそも燃えさかる樹木なんて、近づくことが出来ない


 更にこちらの迂回しようとする動きに合わせて、ウッドウォークたちも横に動いてその進路を阻もうとする。


 非常にうっとおしい動きであった。


「弓を射掛けろ。あそこに【樹海の苗】ピクラスがいるはずだ。司令官を殺せば、ウッドウォークは余計な動きができなくなる」


 ゴブリンたちは雨のように矢を降らせた。


 しかしウッドウォークたちは、ゴブリンを阻む壁のごとき横運動をやめない。


 やがてウッドウォークは消し炭となり、動くのをやめた。


 だがパヌトゥは、貴重な時間を労使してしまった。


「くそ、宝石よりも大切な時間を」


 パヌトゥは舌打ちしながらも、消し炭となったウッドウォークを突破しようとした。


 ウッドウォークの燃えカスの付近に、エルフがいた。


 ツルツルとした素材で、燃えにくいであろうことが予測される服。繊維質だが、矢は通さないと思われる傘。


 そのエルフは、パヌトゥの行動を完璧に予想していたことが、その装備から見て取れた。


「お前は、【樹海の苗】ピクラスだな?」


「黒い肌のエルフ。そういう君は【林冠】パヌトゥか」


 互いが儀式的にお互いの名前を確認した。


「お前の足止めは功を奏したぞ。恨みつらなるエルフめが。嬲り殺してやりたいが、その時間も惜しい。すぐに殺してやる」


「まて!」


 ピクラスがその言葉を阻んだ。


「命乞いか?」


「違う。遺言だ」


「聞く義理がないぞ」


「君は【林冠】パヌトゥなのだろう。ならば義理はなくても意味がある。聞き給え」


「なに?」


「君が開発したという、死人の兵についてだ」


「……」


 その言葉はもはや懐かしい。


 長い時間と、膨大な労力を費やし、魔王の悲願成就の為に開発された死人の兵。


 その技術は文字通り、死体を兵士として動かすことができる。


 そのあまりのおぞましさに、魔王ガランザンでさえも難色を示し、マーメイドとの戦争の折、敗戦の代償として研究を破棄させられた。


「それが、どうした?」


「あれはおぞましい研究だ」


「わかっている」


 本質的にわかってはいないが、そう言うほかなかった。


 ともかく研究は廃棄されているのだから、いまさらどうしようもない。


「おぞましいが、素晴らしい技術だ」


 ピクラスの言葉を聞き、パヌトゥの動きが止まった。


「素晴らしい、だと?」


「とてつもない技術だ。常識を超越する発想だ。同じエルフ族として鼻が高い。死体を動かす技が、この世界に存在するとは思わなかった」


 パヌトゥの体は、震えていた。


 それは歓喜の震えであった。


 初めてであった。


 初めて、死人の兵を作り出したことを、褒められた。


「何を、言う」


「君がたった独りでも残っているならば、我々エルフ族がことごとく死に絶えても、エルフ族の技術は止まることはないだろう。エルフ族長老の遺言として、君に伝えておく。知恵こそ全て。心に天秤を忘れぬよう。以上だ」


 ピクラスはそれだけ言って、目を瞑った。


 殺せ、という意味なのだろう。


「何を……」


 何を言うか。【樹海の苗】ピクラスよ。


 お前の生み出したウッドウォークも素晴らしいぞ。


 樹木が動かせるなどと、いったい誰が考えた?


 お前に比べれば、俺の研究など比べるべくもない。


 お前こそがエルフの天才だ。


(その天才、まごうことない天才が)


 俺を認めてくれるのか。


 エルフとして誰も認めてくれなかった俺を。


 魔王様ですら嫌悪したこの技術を。


 ピクラスよ。お前は認めてくれるというのか。


「パヌトゥ様、どうかしましたか。殺さないのですか?」


 おせっかいなゴブリンが聞いた。


 救援は急がねばならない。


 決意して、目を閉じている、ピクラスに弓を向ける。


(考えるな。このエルフは、俺の敵であり、俺はエルフを憎んでいるのだ!)


 迷っている時間はなかった。


 迷えるだけの時間が欲しかった。 


「ええい、時間がない」


 パヌトゥは弓の柄で、ピクラスを殴り昏倒させた。


「だが矢も惜しい。こいつに使う矢など、ありはしない。魔王様の救援に向かうぞ」


「え、殺さないので?」


「エルフは指示を、二度言わない」


 パヌトゥはゴブリンを率いて、魔王の救援に向かった。




《俺は褒めて欲しいのだ。俺の素晴らしさを理解してくれる、俺と同等の優れた人に!》

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