第122話 バケモノ戦争⑩
【樹海の苗】ピクラスは大激戦の隣にいた。
【暴君竜】カーンに騎乗した【珊瑚の女王】イオナと、【火炎山の魔王】ガランザンが激しく争っている。
歴史上に名を残すであろう一戦に、ピクラスは加勢することはなかった。
ピクラスは弱い。
こんなバケモノ同士の戦いに混ざっては、すぐに命を落としてしまう。
足りない力を知恵で補うため、彼は周囲に警戒を続けていた。
そして動きがあった。
砦からゴブリンの一団が、魔王への援軍として動き出したのだ。
「珊瑚の女王よ。私の戦いが見つかった。この場はこれで、お暇する」
ドラゴンに騎乗しているイオナ女王に届くほど、ピクラスは大声で話しかけた。
イオナ女王はガランザンから一瞬たりとも目を離すことなく、それでも自由な口を動かしてピクラスに返事をした。
「貴方の知恵は私の武に勝ったのです。無様は許されませんよ」
「無様とか、良い生き様とか、そういう観念でエルフは動かない。しかし結果は出そう。それがエルフだ」
ピクラスは樹木の兵隊、ウッドウォークを率いて敵の迎撃に向かった。
※
【林冠】パヌトゥはゴブリンの軍勢を率いて、魔王の援軍に向かっていた。
前方には遠目でもわかるほど巨大なドラゴン、【暴君竜】カーンに乗る【珊瑚の女王】イオナが見える。
その下に、攻撃を受けて苦戦している【火炎山の魔王】ガランザンがいるはずだ。
一刻も早く、助けなければならない。
だが敵に動きが見えた。
樹木の一団が、のそのそと動いてこちらを阻もうとしている。
「ウッドウォーク。ピクラスの軍勢か!」
エルフ族の大天才、【樹海の苗】ピクラスが指揮しているのに間違いはなかった。
幼少時からの恨みが募るエルフ族に、こんな場面で仕返しができる場所が与えられるとは思わなかった。
「全軍、ウッドウォークは力が強く丈夫だ。侮るなよ」
「ど、どうするので?」
ゴブリンがおずおずとパヌトゥに聞いた。
力が強く丈夫な敵に、正面から突撃するのは嫌なようだ。
「奴らの弱点は、所詮は木であることだ。火矢と油を撃ちこんで、全て燃やしてしまえ!」
パヌトゥの指揮の下、ゴブリンたちはウッドウォークの一団に向かって火矢と油が撃ちこんだ。
なすすべもなく燃えるウッドウォークの軍勢。
「よし。あとはウッドウォークを迂回するのだ。敵は勝手に消滅するから、追撃も受けない」
水も漏らさぬ完璧な作戦である。
ゴブリンたちも被害のないその作戦に従ったが、先頭を行くゴブリンが悲鳴を上げた。
「パヌトゥ様、ウッドウォークたちが、横に広がっていきます!」
「なに?」
パヌトゥは聞き返したが、ゴブリンの報告は珍しく正確であった。
ウッドウォークたちは燃えながらも等間隔で横に広がり、パヌトゥの軍を阻む壁のように居並んだ。
戦う姿勢は見せないが、逃げる姿勢も見せていない。
「しまった、そういうことか!」
パヌトゥを阻むように、そこに燃える樹木の壁が出現していた。
ウッドウォークならば被害はあっても倒すことができる。
しかし燃えていてはそれもできない。
そもそも燃えさかる樹木なんて、近づくことが出来ない
更にこちらの迂回しようとする動きに合わせて、ウッドウォークたちも横に動いてその進路を阻もうとする。
非常にうっとおしい動きであった。
「弓を射掛けろ。あそこに【樹海の苗】ピクラスがいるはずだ。司令官を殺せば、ウッドウォークは余計な動きができなくなる」
ゴブリンたちは雨のように矢を降らせた。
しかしウッドウォークたちは、ゴブリンを阻む壁のごとき横運動をやめない。
やがてウッドウォークは消し炭となり、動くのをやめた。
だがパヌトゥは、貴重な時間を労使してしまった。
「くそ、宝石よりも大切な時間を」
パヌトゥは舌打ちしながらも、消し炭となったウッドウォークを突破しようとした。
ウッドウォークの燃えカスの付近に、エルフがいた。
ツルツルとした素材で、燃えにくいであろうことが予測される服。繊維質だが、矢は通さないと思われる傘。
そのエルフは、パヌトゥの行動を完璧に予想していたことが、その装備から見て取れた。
「お前は、【樹海の苗】ピクラスだな?」
「黒い肌のエルフ。そういう君は【林冠】パヌトゥか」
互いが儀式的にお互いの名前を確認した。
「お前の足止めは功を奏したぞ。恨みつらなるエルフめが。嬲り殺してやりたいが、その時間も惜しい。すぐに殺してやる」
「まて!」
ピクラスがその言葉を阻んだ。
「命乞いか?」
「違う。遺言だ」
「聞く義理がないぞ」
「君は【林冠】パヌトゥなのだろう。ならば義理はなくても意味がある。聞き給え」
「なに?」
「君が開発したという、死人の兵についてだ」
「……」
その言葉はもはや懐かしい。
長い時間と、膨大な労力を費やし、魔王の悲願成就の為に開発された死人の兵。
その技術は文字通り、死体を兵士として動かすことができる。
そのあまりのおぞましさに、魔王ガランザンでさえも難色を示し、マーメイドとの戦争の折、敗戦の代償として研究を破棄させられた。
「それが、どうした?」
「あれはおぞましい研究だ」
「わかっている」
本質的にわかってはいないが、そう言うほかなかった。
ともかく研究は廃棄されているのだから、いまさらどうしようもない。
「おぞましいが、素晴らしい技術だ」
ピクラスの言葉を聞き、パヌトゥの動きが止まった。
「素晴らしい、だと?」
「とてつもない技術だ。常識を超越する発想だ。同じエルフ族として鼻が高い。死体を動かす技が、この世界に存在するとは思わなかった」
パヌトゥの体は、震えていた。
それは歓喜の震えであった。
初めてであった。
初めて、死人の兵を作り出したことを、褒められた。
「何を、言う」
「君がたった独りでも残っているならば、我々エルフ族がことごとく死に絶えても、エルフ族の技術は止まることはないだろう。エルフ族長老の遺言として、君に伝えておく。知恵こそ全て。心に天秤を忘れぬよう。以上だ」
ピクラスはそれだけ言って、目を瞑った。
殺せ、という意味なのだろう。
「何を……」
何を言うか。【樹海の苗】ピクラスよ。
お前の生み出したウッドウォークも素晴らしいぞ。
樹木が動かせるなどと、いったい誰が考えた?
お前に比べれば、俺の研究など比べるべくもない。
お前こそがエルフの天才だ。
(その天才、まごうことない天才が)
俺を認めてくれるのか。
エルフとして誰も認めてくれなかった俺を。
魔王様ですら嫌悪したこの技術を。
ピクラスよ。お前は認めてくれるというのか。
「パヌトゥ様、どうかしましたか。殺さないのですか?」
おせっかいなゴブリンが聞いた。
救援は急がねばならない。
決意して、目を閉じている、ピクラスに弓を向ける。
(考えるな。このエルフは、俺の敵であり、俺はエルフを憎んでいるのだ!)
迷っている時間はなかった。
迷えるだけの時間が欲しかった。
「ええい、時間がない」
パヌトゥは弓の柄で、ピクラスを殴り昏倒させた。
「だが矢も惜しい。こいつに使う矢など、ありはしない。魔王様の救援に向かうぞ」
「え、殺さないので?」
「エルフは指示を、二度言わない」
パヌトゥはゴブリンを率いて、魔王の救援に向かった。
《俺は褒めて欲しいのだ。俺の素晴らしさを理解してくれる、俺と同等の優れた人に!》
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