第112話 王城の晩餐③

 【暴君竜】カーンはワイン樽を10個も空にして、ほろ酔い加減で様子を眺めていた。


 宴も終わりに差し掛かり、【太陽の姫君】レィナスが雛壇へと上がった。


「今日を持って我らは巨大な塊となった。何者も寄せ付けず、何者にも侵されない、何よりも硬い塊である。もはや魔王とて恐れるに足らず。一撃を持って粉砕せしめるだろう!」


 演説をするように語るレィナス姫が、会場のボルテージを上昇させていった。


 すっかりレィナス姫に心酔しているトロールの若者と、招集された騎士たちが、姫君に呼応して乾杯をした。


「歴史上一度もなくなった事のない、誰もが大好きなことは何か?」


「戦争だ!」


「争いだ!」


「闘争だ!」


「猛々しき姫君に、我らが勝利を捧げん!」


 会場は大変な盛り上がりであった。


 カーンはそんな大騒ぎを気にも留めずに、ぼんやりとアクビをしていた。


「カーン」


 その様子に眉をひそめながら、【珊瑚の女王】イオナがやって来た。


「偉大なる我が女王。なに用か?」 


「人が演説をしている時くらい、アクビをするのを止めなさい」


「それが礼というものか?」


 ドラゴンであるカーンにとって、社会的な礼儀は縁遠いものだ。


「レィナス姫は、私の義理の妹です」


「なるほど。女王の忠実なるしもべとしては、敬意を示さねばな」


 カーンが視線だけ姫君に向けた時、ちょうどもう姫君の演説は終わってしまった。


「タイミングが良いのか悪いのか」


 カーンは言い訳がましい顔でイオナ女王を見た後、バツが悪くなり時間を潰すためにまた食物をたべることを開始した。


「次はジョシュア王の閉幕の挨拶です。ジョシュア王はレィナス姫の兄です。どのようにすれば良いかはわかりますね?」


「承知した」


 カーンは食べるのを中断して、雛壇の方を見た。


 先ほどカーンにワイン樽を持ってきた貧相な男が、演壇に上った。


「……あれが【隻腕王】ジョシュアか?」


「開会にも挨拶したでしょう。見ていなかったのですか?」


「ふむ、あいつがか」


 武人が集まる会場で、一際目立つ片腕の小男を、カーンはまじまじと見つめた。


「あの男は、全く理解が出来ないな」


「なぜそう思うのです?」


「あいつはこの場で、たぶん一番弱いだろう」


「そうかも知れません。ジョシュア王への非礼を承知で肯定しましょう」


「にもかかわらず、この場で最も恐れられている俺に、あいつは平気で話しかけてきた」


「そうですか」


「あいつはなぜ俺が恐ろしくないのだろう? あいつはなぜ俺を恐れないのだ?」


「恐怖とは、それぞれの心に住みますから」


 カーンの質問に、イオナ女王は明確な回答を避けた。


「俺はこの場で最も臆病だ。世界で最も臆病なドラゴンだ」


「そうです。しかし臆病であることを認めるのは素晴らしいことですよ」


「だが誰よりも強かった」


「そうでしたね」


「強く、そして世界が恐ろしかった。俺はあいつがわからない」


「……」


「女王よ、この愚かな俺に答えてくれ」


 聞かれたイオナ女王は、しばらく考えた。


 カーン、ジョシュア王、レィナス姫。そして女王自身のことも脳裏に浮かべた。


「カーンよ、しばし待ちなさい。挨拶中の会話は、発言者への不敬にあたります」


 やがて雛壇の上で、ジョシュア王が閉幕の挨拶を始めた。


 決して目立とうとはしない、無難な挨拶だ。


 聞き流すものも多い。


 しかしカーンは足をそろえて座り、堂々とした態度でジョシュア王の方を向き、彼の言葉に耳を傾ける態度をとった。


 それは衆人の人気を一身に集めるレィナス姫に対してもなかった行動だ。


 挨拶が終わり、晩餐会は終了となった。


 そしてようやく、イオナ女王は口を開いた。


「カーンよ。貴方はジョシュア王を弱いと言いながらも、彼へ敬意を払おうとしています」


「……ふむ」


 カーンは自身の心も掴みかねていた。


「私ですら、ジョシュア王と同じ立場で、彼ほど堂々と出来るかは自信が持てません」


「女王ですら、そう思うか?」


 暴君竜の問いに、女王は無言で頷いて肯定した。


「私は私以外のなに者にはなれません。ですが彼のようにもなりたかった。少しだけ隻腕王が羨ましい」


 宴が終わり、戦いが始まる。




《彼はあんなにも未熟なのに、私が持っていないものを全て持っている》

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