第111話 王城の晩餐②

 宴のさなか。


【暴君竜】カーンは人を探していた。


【火炎山の魔王】ガランザンが、かつてカーンと対峙したおりに言っていた言葉が、心の片隅で気にかかっている。


 ガランザンは確かに言った。


『俺を負かせた奴は、今まで二人いる』


 あの恐ろしい魔王に勝った者が二人も世界にいるとは、にわかに信じがたい。


 だがその一人ならば想像がつく。


 間違いなく、【珊瑚の女王】イオナであろう。


 イオナ女王は心優しいだけでなく、物理的にも無双だ。


 だがもう一人がわからない。


 ガランザンが戦いを挑んで、撤退を余儀なくされた人間。


 彼らにそれほどの勇者がいるのか?


 カーンはおっかなびっくり牛の丸焼きを給仕してくる人間たちに、その旨を聞いてみた。


「おい。人間」


「ひぃ! 暴君竜様。食べないで下さい」


「恐れるな。聞きたいことがある。かつて魔王を倒した者がいると聞いたことがあるが、それはどいつだ?」


「あ、ああ。それはレィナス姫様です」


 先の戦争の際に、ガランザンと【太陽の姫君】レィナスが演じた一騎打ちは街の語り草だ。



 レィナス姫はトロール族の若者に囲まれてわいわい酒を飲んでいた。


 カーンは少し体を動かし、首を伸ばしてレィナス姫に顔を寄せた。


「おい。人間」


 巨大な爬虫類系の顔面に突如話しかけられ、レィナス姫は驚いて身を震わした。


「おぉ!? ああ、暴君竜か。びっくりした。ドラゴンは、近くで見ると本当にでかいな」


 ドラゴンであるカーンの顔は、縦に計って人間の身長並みにある。


 その顔が音もなく接近して、いきなり話しかけられたら誰でも驚愕するだろう。


「お前が【火炎山の魔王】ガランザンを倒した勇者か?」


「うむ、まあ、そうだ! その通りだぞ!」


 大きく頷き、レィナス姫君を囲むトロールの若者たちから拍手が飛ぶ。


「なるほど」


 カーンはジロジロとレィナス姫を見た。


 確かに強そうだが、彼女が魔王に勝てるとは思えない。


 しかしカーンがここで「それは本当か?」と確かめるのは憚られた。


 レィナス姫も気分を害するだろうが、おそらく姫以上に周りのトロールたちが怒る気がする。



 カーンはレィナス姫のお付の騎士であったという、【朱の騎士】ベルレルレンを探した。


 彼ならば知っているかもしれない。


「おい、騎士よ」


「うぉ! あ、暴君竜殿か。急に話しかけないで欲しい」


 ベルレルレンは驚き、レィナス姫の時とほぼ同じ反応をした。違うのは彼と話していたマーメイドたちが、カーンを怖がってそそくさと離れていったことくらいだ。


「聞きたいことがある。レィナス姫はかつて【火炎山の魔王】ガランザンに勝ったと聞いた。それは本当か?」


「姫君がそう言いましたか?」


「言った」


 だが俺は信じ切れていない、とカーンは言葉に出さないまでも態度で示した。


「まったくしょうがない。……姫君の言葉がすべて真実かと聞かれれば、真実以外の要素も混じっています。ですがそれが嘘かと言うと、そうではありません」


「どういうことか?」


 ベルレルレンは、レィナス姫とガランザンとの一騎打ちの様子を事細かに説明した。


 魔王に戦いを挑み、魔王が受けてたち、魔王を飛び越えて戦いは流れた。


「それは勝ったのか?」


「さあ? しかし姫君は勝ったと思っていますし、我が軍も勝ったと思っています」


「なるほど。主観は重要な要素だな」



 カーンは首を伸ばすのを止めた。


 ガランザンが言っていた、魔王すらも負かせた人間。それが【太陽の姫君】レィナスであるかは疑わしい。しかしこれ以上詮索するのは不可能だ。


 カーンは自分にあてがわれた牛の丸焼きを食らうのを再開した。


「暴君竜様」


 しばらくしてカーンはその名前を呼ばれた。


 貧相な人間が、ワインの瓶を持ってきている。


「遠路はるばるようこそ。今日は大いに楽しんでください」


「ありがたく頂戴する」


 カーンはワインの瓶を舌で巻き取るように受けとると、一気に飲み干した。


「どうやら瓶では小さ過ぎるようで」


 人間にはちょうどいいワイン瓶でも、ドラゴンには唇を僅かに濡らすので精一杯だ。


「おかわりは樽で持ってきてくれ」


「わかりました」


 人間は一本しかない手で頭を掻き、ワイン樽を持ってくるよう手配した。


 それからカーンは暇つぶしにその男と話し続けた。


 世界情勢。種族的な価値観の差異。海と陸との境界線について。


 片腕しかない貧相な男は意外なほど見識が広かった。


 しばらくして男の命令により樽でワインが持ってこられ、カーンは酒を飲むことを再開した。


「それではわたしはこれで」


 男は離れて行った。


 カーンは大いに飲み食いしながら、ふと気が付いた。


(そういえば)


 自発的に酒を注ぎに来てくれた者は、あの貧相な男が始めてであった。

 そして彼以外にはいない。


 皆怖がってきてくれなかった。


 すべてカーンがおこなった過去の残虐な行為が原因なのだが、カーンはそれでも誰かが自主的に話しかけてくれたことに、少し救われた気がした。




《その者の凄いところは、凄まじい人物であることが直接会った者ですらわからないことにある》

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