第110話 王城の晩餐①
人間、マーメイド、トロール、エルフ、ドラゴンが、魔王軍に対抗するために集まった。
隻腕王は集まった者たちを労い、結束を確かなものにする為、王城の中庭において盛大な酒宴を催した。
皆、明日からは魔王軍の進撃する戦場へと旅立つ。
戦士たちの最期の宴である。
酒宴は立食形式で行われ、礼儀作法も関係なく、ざっくばらんに行われていた。
そんななかマーメイドを統べる【珊瑚の女王】イオナと、エルフの長老である【樹海の苗】ピクラスが対峙した。
「初めまして、と言えば宜しいですか。エルフよ」
「会ったことがあると言えばある。ないと言えばないな。マーメイド」
双方、視線が合った瞬間から、敵意がむき出しであった。
マーメイド族はエルフとの戦争の折、樹海の苗の知恵により壮絶な数の戦死者を出した。ピクラスは史上最も多くのマーメイドを殺した者である。
一方、エルフ族はマーメイド族が神の天啓という訳の分からない理由で攻め込んできて、挙句子供が産めなくなる呪いを受けた。
互いの部族に対し、恨みは骨髄まで染み込んでいる。
「わたしの前に立つ勇気を褒めましょう。貴方は勇敢なエルフです」
イオナ女王が本気を出せば、ピクラスの首は一瞬ももたずに宙に飛ぶ。
普段は飲まない酒が、イオナ女王を珍しく好戦的にしていた。
ピクラスは勇敢ではなかったが、面と向かって喧嘩を売られて、尻尾を巻いて逃げるほど臆病でもない。
それに言葉での喧嘩は得意としている。
「マーメイド族に人を褒める語彙があるとは意外だな。てっきり野獣のように、唸り声だけで意思疎通しているのだと思っていた」
「野獣? それはマーメイド族全体を侮辱する言葉ですか?」
「ああ間違えた。獣ではなく、魚だったな」
「……本当に勇敢ですね。命を粗末にするものではないと、最後の優しさを持ってお伝えしておきましょう」
「謹んで拝聴しておこうか。司祭である女王のお言葉だ」
エルフ族は神を真っ向から否定している。
その彼がわざわざ司祭と言う言葉を使うのは、神を信じるマーメイド族を嘲笑する意図があった。
その意思は体中からにじみ出ており、改めてイオナ女王を不快にさせた。
火花散るほどに緊迫した雰囲気の二人の間に入ったのは、【太陽の姫君】レィナスであった。
レィナス姫は既にトロールの若者たちと飲み比べをして、酔いが回っている。
「食べているか? 飲んでいるか? ピクラス。それに珊瑚のお姉様も」
レィナス姫は陽気に笑いながら割って入ってきた。
だがすぐに二人の間に焼け付くような、それでいて凍えるような、奇妙な空間が存在していることに気が付いた。
「どうした。二人とも、喧嘩しているのか?」
「どうもしません。妹よ。ただ貴方は親友を選んだ方がよいですよ」
イオナ女王は、レィナス姫がピクラスを親友としているのを知って、わざわざと言った。
その告げ口をするような行為が、ピクラスの癇に障る。
「親友よ。義姉は選んだ方がいいぞ」
逆襲するためにピクラスも言った。
「そうか、うーむ。二人とも似たような意見だな」
レィナス姫の指摘に、イオナ女王とピクラスは互いの顔を見た。
「そうですね」
「そのようだ」
確かに言っている内容には、ほとんど違いがない。
「うん。まあともかく、返事だけはしておくこう。断る。わたしは親友も、姉も、選ばない」
遠くでトロールの女戦士が呼んでいた。
「太陽の姉君様、なにやら甘い味の牛肉を確保しました。いっしょに食べましょう」
レィナス姫は手を振りながら「なぜ姫君ではなく、姉君と呼ぶ?」と返事をしつつ、ワインの瓶を抱えて走っていった。
「……」
「……」
しばらくイオナ女王とピクラスは睨み合っていた。
「感謝なさい。我が妹は貴方の親友でいてくれるそうです。妹の親友では、手は出せません」
「そっくりそのまま返そう。親友の姉を侮辱しては寝覚めが悪い」
互いは睨んだままであったが、しかしその空気は先ほどよりは格段に澄んでいた。
「妹の為に、私はエルフに力を貸すことも厭いませんよ」
「親友の為ならば、マーメイドにも知恵を貸そう」
二人は軽く拳をつつき合い、ほんの少しだけ笑って、それをもって休戦協定とすることにした。
《私は貴方の友人の友人の友人の友人の友人の友人……です。信じてくれますか?》
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