第十四章 決戦前夜

第109話 集結

 滅亡の危機が迫る人間の王国に、初めにやってきた援軍は巨人の戦士団であった。


「我々は大山脈のトロールだ。勇ましきレィナス姫の窮地と聞き、援軍に馳せ参じた!」


 トロールの若者たちの代表者が、王都の外から大声で叫び、開かれた城門から堂々と入場した。


 巨人であるトロール族の戦士団が持つ威風堂々とした態度は、誰もが頼もしさを覚える姿であった。


 戦士団はトロール族の族長から【隻腕王】ジョシュアに宛てた親書を王宮に提出すると、正式に援軍として向かい入れられた。



 次にやって来たのは動く林であった。


 遠目には木々としか見えないその真の姿は、エルフ族が誇る技術の粋、動く樹木ウッドウォークの集団である。


 率いているのはエルフ族の長老の一人、【樹海の苗】ピクラスだ。


「我が親友よ。エルフ族は恩を返せぬような種族ではないぞ。今日はそれを証明しに来た」


 樹木ばかりの異様な戦士たちであったが、ピクラスが持ち込んだ黄金は、人間の国にとって非常に有用であった。


 空であった国庫に、騎士団を再編できる余裕が生まれる。


 ジョシュア王は喜んでピクラスとウッドウォーク軍を王都に向かい入れた。



 最期にやって来た援軍は、初め友軍とは認識されなかった。


「ドラゴンだ! ドラゴンが歩いて攻めてきたぞ!」


 物見塔から見張りの兵士がそう叫んだ。


 すわ出番かとトロールたちやピクラスが立ち上がった。


 その誰よりも早く、【太陽の姫君】レィナスと【朱の騎士】ベルレルレンは城外に出ていた。


 レィナス姫とベルレルレンは、ドラゴンの前に立った。


 奇妙なドラゴンであった。


 牙もなく、爪もなく、翼もない。


 もはやドラゴンと呼んでいいのか微妙にすら思えたが、小山ほどあるその巨体は、突進するだけで十分な破壊力を生むだろう。


「姫君。まさかドラゴンにまで手紙を書いたのですか?」


 ベルレルレンが確認したが、レィナス姫は手と首を高速で横に振って否定した。


「まさか、そんなはずないだろう。そもそも知り合いがいない」


 レィナス姫はドラゴンへと話しかけた。


「貴方は何処のドラゴンか?」


「暴君竜である」


【暴君竜】カーンは人間族にとって最も恐れられているドラゴンだ。


 視界に入った動く者は、一切の容赦なく皆殺しにされると聞く。凶暴という言葉を具現化したような存在である。


「げげ」


 レィナス姫はその率直な感想を、端的過ぎる言葉で述べた。


 隣にいるベルレルレンは、そんな姫の後頭部をひっぱたくことで自重を促した。


「恐れずとも良い。俺はもう、人間も、エルフも、トロールも、ゴブリンも、マーメイドも食わん」


 意外な告白に、ベルレルレンはカーンの目的を聞いた。


「では暴君竜様は、何用で来られたので?」


「今の俺は偉大なる女王に仕える、臆病なしもべに過ぎん。女王の命により、今日はやって来た」


 カーンの背中に乗っていた者が立ち上がり、レィナス姫に手を振った。


「妹よ。久しぶりです」


「珊瑚のお姉様!」


 その姿は紛れもなく、マーメイドの頂点に立つ【珊瑚の女王】イオナであった。


 よく見ればカーンの口には轡がはめられており、口元からは手綱が伸びていて、背には鞍が乗せられている。


 スケールが大きすぎてわからなかったが、身に付けた装備は軍馬のそれと同じだ。


「妹よ。貴方は約束通りわたしを頼った。わたしも約束通り貴方を助けに来た。ここに姉妹の約定は守られました」


「珊瑚のお姉様、必ず来てくださると思っておりました。少しだけ驚きましたけど」


 カーンを見上げながら、レィナス姫は言った。


 後から城外に出てきたトロールの戦士団やエルフのピクラスも、暴君竜に驚いたが、事の成り行きを聞いて安堵した。


 味方となればこれほど頼もしい者はいない。


 姫君は集まった援軍たちとともに、早々と勝利を確信して歓声を上げた。





 一方その頃。


【隻腕王】ジョシュアの執務室で、近衛騎士である【蒼の鉄壁】ギャラットがドラゴンを王都に入れることに反対していた。


「王よ。トロールやウッドウォークの軍隊だけでも大変なのです。いくらなんでもドラゴンはいけません。王都内が大混乱になります」


 ギャラットの指摘は正しかった。


 ドラゴンはもとより、そもそも異種族がこれほどいっぺんに王国に入って、問題が発生しないはずがない。


 だがその正しい指摘を、ジョシュア王が差し止めた。


「だめだ、すべてを受け入れる。問題はすべて俺のところにもってこい」


「宜しいのですか。とてつもない量になると思われますが?」


「かまわん」


 そう話したところで、ジョシュア王の妹である【太陽の姫君】レィナスが執務室にやって来た。


「お兄様、これで我らは勝てます。魔王軍など、恐れるに足りません!」


 その無邪気すぎる笑顔が太陽のようにまぶしくて、ジョシュア王は思わず目を細めた。


「頼もしいな」


「頼もしいのです!」


「そうか。それは素晴らしい。お前はやって来た者たちと募る話もあるだろう。細かい指示は後で連絡するから、応対をしていてくれ」


「はい。それでは失礼します」


 レィナス姫は、野原をかける少年のような様相で走って出て行った。


「無邪気な」


 ギャラットが吐き捨てるように呟いた。その言葉には二通りの意味がある。


「野ばらのように、逞しく美しいだろう。愛さずにはいられない」


「王は褒めて伸ばす達人ですな。では、まずは」


「うむ、宿泊施設の準備からだ。あと食料。【樹海の苗】ピクラスが持ってきてくれた黄金の市価は計上できたか?」


 ジョシュア王は細々とした指示を開始した。


 そしてその後もやって来た援軍の全てを受け入れ、歓迎した。




《大きな器にはたくさん、小さな器には少しだけ》


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