第106話 トロールの若者

 トロールの族長は、【太陽の姫君】レィナスの苦境を手紙で知った。


 レィナス姫は勇者だ。


 前世は名のあるトロールであったに違いない。


 出来る限り助けたい。


 また彼女のような人間が平原の有力者であることは、山脈に住むトロール族全体の未来の為にもなる。


 トロールの族長は長旅に耐えられる若者を中心に、部族の戦士たちを集めた。


「お前たち。人間の姫、レィナス姫を覚えているか?」


 族長の言葉に、トロールの若者たちは勢いよく頷いた。


 彼らがレィナス姫を忘れるはずがない。


 なにしろ彼女は、トロール族の戦士の目標である族長に対して一騎打ちを申し込み、見事に勝利を収めた勇者である。


 しかも戦った理由も素晴らしい。


 私利私欲の為ではなく、友人のエルフを助ける為というのだ。


 その勇気、武勇、義侠心は、まさしくトロール族の理想であった。


おまけに容姿端麗な未婚の少女となれば、若者たちが忘れるわけがない。


「「「もちろん!」」」


「彼女が今、危機にある」


 族長は簡潔に手紙の内容を伝えた。


 若者たちは騒ぎ出したが、やがて静かになり、一人の若者が手を挙げた。


「族長、質問がある」


「なんだ。人間の国までの距離か」


「いや。レィナス姫は既に結婚しているのか?」


「……それは重要な情報なのか?」


「重要では全くない。ごく些末な情報だ。しかし確認しておきたい」


 族長は戸惑いつつも、記憶の限りで回答した。


「未婚だ」


「許婚者は?」


「おそらくいない」


 族長の返答に、若者たちの目の色が変わった。


「……よし。ならば俺が人間族の助力に行こう。レィナス姫は間違いなく前世がトロール族だ。助けなければ、トロール族の名折れとなる」


 立ち上がった若者の言葉に続き、別の者たちも一斉に動き出した。


「手前では力不足だ。俺が行く」


「君は足が遅い。姫の加勢には僕が相応しいだろう」


「お前は斧の使い方がなっていない。ここは俺の出番だ」


「お前は顔が悪い。俺が代わりに行く」


「か、顔は関係ないだろうが!」


 言い合う若者たちに、族長は一抹の不安を覚えた。


「一つ確認しておくが、お前たちはなぜレィナス姫を助けにいくのか?」


 族長の鋭い質問に、若者たちは声を荒げて反論した。


「勿論、姫君の義侠心に心を打たれたからだ!」


「あれほどの勇者を、むざむざ死なせてなるものか!」


「族長は俺たちを侮辱するつもりか!」


 若者たちのムキになっているようにも聞こえる力強い反論を聞き、族長は頷いた。


「そうか、ならいい」


 若者たちの言葉に嘘はないだろう。


 真実が全てでないことも間違いないが、それを指摘するのは酷というものだ。


 と、トロールの女戦士も手を上げた。


 少女と呼んでもさしつかえない、年若い女戦士である。


「姫様を守る盾と成り得るのは、わたくし以外には考えられない。わたくしが行く」


「……え?」


 妙な視線が若者たちから注がれた。


 少女は羽虫でも追い払うように手を振った。


「誤解するな。姫様の気高い魂を守る為だ。他意は一切ない」


「俺が交際を申し込んだのに断ったのはやっぱり……」


「違うと言っているに」


「ならば、なんで断った!」


「お前様がブサイクだからだ」


「顔かぁ」


 トロール族でもっとも斧使いの達者な、やや鼻の大きいことを気にしている若者が、顔を抱えてしゃがみ込んだ。



 結局、助力を申し出た若者たちは男女あわせて数十人。


 いずれも腕に覚えのある戦士であり、なぜか未婚であった。


 派遣するには適した人数である。


 又、家族がいないことも危険な任務にうってつけだ。


「ではお前たちを人間族への救援に派遣する。【隻腕王】ジョシュアへの手紙はわたしが書く。各自、旅の用意をしろ」


 若者たちは威勢良く返事をした。


 小声で「隻腕王って誰だ?」という不安な呟きも聞こえたが、彼らの目に気迫が満ちていることは疑いようがないので、族長は黙っておく事にした。


 そして三日後。


 若者たちは人間族の王都に向けて出発した。


 旅立つ若者たちの顔は一様に明るく、【火炎山の魔王】ガランザンと対峙する危険な任務であるとは、その者たちの表情からはまったく窺い知れなかった。




《さあ勇気を出して、愛と正義と私利私欲の為に旅立とう。若者には、それが許されているのだ!》

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