第107話 エルフの正論

 エルフ族を代表する長老、【樹海の苗】ピクラスは手紙で【太陽の姫君】レィナスの苦境を知った。


(親友よ。レィナス姫よ。わたしは君を今すぐにでも助けたい。だが……)


 ピクラスは悩んだ。懊悩と言ってもいい。


 ピクラスは心の底からレィナス姫を助けたいと思っていた。


 しかしその意思をエルフ族全体で共有するのは至難の業である。


(不可能といっても言い過ぎではあるまい)


 しかしやらねばならない。


 やらねば救援の部隊を送る事ができない。


 彼女はかつて、自分の身勝手な協力要請を、笑顔で受けてくれたのだから。


 ピクラスはエルフ族の長老たちに呼びかけ、緊急会議を開いた。


「我々エルフ族は、【太陽の姫君】レィナスに借りがある。今こそその恩を返す時だと思うのだが、どうだろうか?」


 恩返しという論点でピクラスは人間族への協力を呼びかけた。


 だが他の長老たちは否定的であった。


「レィナス姫に恩があるというが、彼女はエルフ族の正式な協力要請を受けて行動したわけではなかったろう」


 その言葉は正しい。


 レィナス姫は自身の友人であるピクラスを、好意で助けてくれたに過ぎない。正式に依頼は受けていないのだ。


「しかし現実として、彼女はエルフ族を助けてくれたのだぞ」


「結果は正しい。しかし過程と根拠を無視する理論には賛成しかねる」


 長老たちは言った。


 その理屈はピクラスにとっても理解できる。


 ピクラスは恩義を論点とした説得を諦め、別方面に切り替えた。


「すぐ隣の平原で戦争が起こるのだ。我々も無関係ではいられまい」


「いやいや。森の外の出来事に我々エルフ族が関わるべきではないだろう」


 もっともな反論であった。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「こちらの意思と、相手の意図は異なるだろう。こちらが無関係を望んでも、向こうがそうとは思えない」


「その仮説には賛成だ」


「仮にどちらかに肩入れするならば、僅かながらに借りのある人間族に組するのが正しいのではないか?」


「借りとは言っても、些細なことだ。トロール族にとって無価値な鉱石を譲ってもらっただけではないか」


 些細なことと言うが、しかしその瑣末なことすらエルフには出来なかった。


 そして鉱石は、エルフ族の不老長寿の技術に必要不可欠な物質であったのだ。


「レィナス姫の協力がなければ、我々は不老技術に到達できなかったと言っても、言い過ぎではあるまい」


「否、言い過ぎだ」


 別の長老は一言で断じた。会議に出ている他の長老たちも。その意見に賛成であった。


 また理論面での本音を言えば、ピクラスですらそのエルフの反論に賛成であった。


 いくらなんでも不老の技術達成の手柄を、まるまるレィナス姫に授けるのは無理がある。


 ピクラスは更に説得する糸口を変えることにした。


 エルフは合理的思考を至上と考えている。恩義や義理では動かない。


 レィナス姫を助ける合理的理由があればいいのだが、残念ながらそれがない。


 魔王軍と人間族の戦争に、エルフ族が森から出て参戦することは、エルフ族にとって損しかないのだ。


「人間族が滅ぼされて、平原がゴブリンの住処になったらどうする」


「それは煩わしい」


 それが一般的なエルフの考えである。


 人間族に特別な愛着はないが、それ以上に強欲すぎるゴブリンが嫌いである。


「ゴブリンたちは、確実に森を侵害するだろう」


「その推測は正しい。そしてそうなれば追い返せばよいだろう」


「その事前処置として、ゴブリンを叩けば良いとは思わないのか?」


 出る杭を打つのではなく、出てくる前に打つという理屈だ。


 今までで最も説得力があるとピクラスは考えたが、しかしそれでも長老たちは懐疑的であった。


「我々エルフ族は森に強い。森ならば無敵だ。ウッドウォークもいる。わざわざ苦手な平原に出る必要があるのか?」


 その理屈の正しさを、ピクラスは認めざるを得なかった。


 だが諦めるわけにはいかない。


 ピクラスは更に別の論点で説得を続けた。


「火炎山の魔王は世界の滅亡を標榜しているらしい。ならば……」


「いや待て、それは不確実な情報だ」


 別の長老が、説得理由となる前提条件に物言いをつけた。


「しかし可能性はありえる」


「可能性の問題を言えば、森羅万象ことごとく可能性はある。その度合いの問題だ。そもそも世界を滅亡させる目標なんて、常識的には考えられん。敵軍を畏怖させる為のプロパガンダであろう」


 まさしく、もっともな理由による反論であった。


 ピクラスはまた別の理論を用意した。


「現実的に魔王軍が他国を侵略し続けていることは事実だ。我々も防衛のため、人間族と同盟を結ぶのは意味があるとは思わないか」


「思わない」


「なぜだ?」


「人間族は魔王に攻められ、滅亡の危機にあるからだ。同盟するのならば、健在のトロール族かマーメイド族が適切だ」


 これも正しい。滅亡しかけた種族とわざわざ同盟する馬鹿はいない。


 ピクラスはその後も様々な言葉で樹海の苗は言葉を続けたが、しかし長老たちはその言葉に反論し、論破し続けた。


 そして遂に長老の一人が核心に迫った。


「【樹海の苗】ピクラスよ。お前の提案はエルフ族にとって有益ではない。議論を終了させたいのだが、如何か?」


 樹海の苗は長老たちを説得する言葉をもはや思いつくことが出来ず、深く項を垂れた。


 長老会の議決は目前であった。



《嗚呼、世界は不自由だ! 私の心、思い、感情、気持ちの全て言葉にすることができれば、彼らだってきっと説得出来るのに!》

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