第十三章 それは我らの太陽のため
第103話 隻腕王の秘策
戦いの結末を聞いた人間の国の王、【隻腕王】ジョシュアは嘆息した。
結果として【太陽の姫君】レィナスは魔王軍を撃退することは出来ず、【朱の騎士】ベルレルレンも負傷した。
一方、魔王軍は意気揚々と進撃している。
迎撃する兵団を組織したいが、その予算はない。
王都において動ける兵士は、王の身の回りを警護する近衛騎士団だけだ。
近衛騎士団だけでは数が少なく、とても野戦は出来ない。
打つ手なし、と言いたくなる状況だが、実はそうではない。
ジョシュア王はベルレルレンからの報告書により、魔王軍の弱点を的確に掴んでいた。
この弱点を突けば、倒せなくとも魔王軍に甚大なダメージを負わせることが出来るはずだ。
その作戦は、一言で表現するならば卑劣である。
出来うるならば取りたくない劣悪な下策である。
しかし手段を選べる余裕はない。
ジョシュア王は近衛騎士である、【蒼の鉄壁】ギャラットを呼んだ。
「王、お呼びでしょうか」
「うむ。知っての通り、我が国は魔王軍に攻められて非常に厳しい状況にある。そこでお前に尋ねたいのだが」
「何なりと」
ギャラットはそう応えた。
ジョシュア王は、この作戦がギャラットに向いていないことを承知していた。
ギャラットはかつて最もこの国が強かった先代の王から仕えている。
【黄金王】ヴァンベールに仕える、3名の騎士たち。
【白槍公】ザバラック。【朱の騎士】ベルレルレン。そして【蒼の鉄壁】ギャラット。
勇猛で鳴らす3名のうち、もっとも思考が柔軟なのはベルレルレンであった。便利なので色々な場面で使いまわしてしまう。
年長にして安定感があるのはザバラック。先の戦いで戦死してしまった。
ギャラットは忠実にして誠実、硬さと高潔が持ち味であった。故に【蒼の鉄壁】である。
「お前は俺に忠誠を誓っているか」
ジョシュア王はその点を強調して聞いた。
もちろんギャラットは、その点において誰よりも自信がある。
「無論です」
「他の近衛騎士たちも、同様であるか?」
「答えるまでもなく」
「ならばお前に任務を任せたい」
「結構です。しかし我ら近衛騎士には、王都にて王をお守りする任務があります」
「その任務は、本日を持って解除する」
つまりこの新たな任務は、王の安全よりも優先度が高いと言うことになる。
ギャラットはそれほどまでに重要な任務を授かれたことを光栄に思うと共に、緊張して唾を飲み込んだ。
「新たな任務とは?」
「極秘である」
「はい」
「決して余人に漏らすなよ」
「はい」
ジョシュア王はギャラットを傍に寄せ、例え誰かがこの部屋に潜んでいても聞こえぬように話した。
「魔王軍の進撃する先にある村は、やがて略奪されるだろう。略奪されれば魔王軍はすなわち補給を済ませたことになり、我々は更に窮地に追い込まれる」
「私にそれを守れと?」
「ある意味で、そうだ」
「しかし近衛騎士だけでは、とても魔王軍とは戦えません。数が違い過ぎます」
「魔王軍とは戦わずともいい。奴らが略奪できなくなれば」
「はあ」
頭の固いギャラットはジョシュア王の言葉の意味がわからなかった。
だがジョシュアは深く説明せずに、ギャラット自身が気づくまで待つ。
ギャラットはしばらく考え、長い沈黙の後にようやく王の言葉の真意にたどり着いた。
「私に、村を襲えと?」
ギャラットの言葉が、自然と小声になった。
それに表情を変えず頷くジョシュア王。
「全てを燃やせ。麦の一粒もゴブリンに渡すな」
自国の村を襲撃する、焦土作戦である。
魔王軍が非常に早く再進撃を開始できた理由は、ベルレルレンからの情報で判明していた。
魔王軍は戦争の準備をほとんどしていない。
武装はお粗末で、補給のための食料もほぼ皆無だ。
村々を襲いながら進撃せねば、彼らはすぐに飢えるであろう。
そのためには、魔王軍の進撃ルートにある村を焼いてしまうのが一番手っ取り早い。というかそれ以外に方法がない。
だがジョシュア王の秘策を聞いても、ギャラットの態度は冷ややかであった。
「……お断りします」
それは高潔なる騎士、ギャラットには出来ない行動であった。
部下からの拒絶を聞き、ジョシュア王はなおも食い下がった。
「お前以外に、動ける者はいないのだ」
今動かなければ、国が失われる。
そう言って説得したが、しかしギャラットは首を横に振った。
「そのような不名誉な任務を、騎士は果たすべきではありません」
ギャラットには彼なりに、動かしがたい優先順位があった。
彼にとってジョシュア王の命令は自身の命よりも重い。
だがそれよりも更に、騎士の誇りは重いのである。
そのこともわからぬジョシュア王ではないのだが、今はギャラット以外に動ける者がいない。
「そんなことはわかっている。それを押して命じて、……頼んでいるのだ」
「そのような不名誉な任務を、王は授けるべきではありません」
「お前に……!」
王の道を説かれる筋合いはないと、ジョシュア王は怒鳴りたくなるのをじっと堪えた。
ジョシュア王はまぶたを堅く瞑った。
眉間には自然と深い皺が寄り、彼の苦悩を代弁しているようであった。
「どうしても、どうあっても……。お前は動けんか」
「主命に逆らいたはありませんが、騎士道に外れる行動は私には取れません」
倫理的に正しく、騎士道に忠実すぎるギャラットに、ジョシュア王も諦めるより他なかった。
無理を押して聞いてくれるような騎士たちは、前回の戦争で戦死してしまっている。
彼らを死地へと向かわせたのは、他ならぬジョシュア王なのだ。
「無理を言ってすまなかった」
ジョシュア王は瞳を開き、ギャラットに謝罪をした。
「お分かりになっていただけて何よりです。私は近衛騎士としての任務に従事いたします」
「わかった」
ジョシュア王はギャラットを退室させた。
《手段を選んでいられない? 何でもする? では君のお友達も同じ意見か、聞いてみようか》
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