第102話 魔王の両成敗

 戦いが終わった魔王軍にて、緊迫した雰囲気が流れていた。


 そこには【火炎山の魔王】ガランザン、その腹心のエルフ【林冠】パヌトゥ、そして今回の戦争を起こした【悪喰】ルーシャムの3人がいる。


 魔王軍の三巨頭だ。


「ルーシャム様はこの度の戦争を、どう始末つけるつもりですか?」


 パヌトゥがルーシャムへ詰問した。


 だが当のルーシャムは、責め立てるパヌトゥの言葉などどこ吹く風だ。

「始末とは、いったいなんのことだい?」


「魔王様の許しもなく、手前勝手に戦端を開いた責任をどう取るおつもりか!」


「おやおや。戦争を起こすことが罪だとは知らなかったよ。そんな決まりがあるなら、事前に言ってもらわないと」


 ルーシャムには、反省の色はまったくない。


 それがパヌトゥの癇に障った。


 本来、今の時期は戦争を起こしてはいけない時期である。


 戦力を蓄え、来年の春が侵攻には最良とパヌトゥは計画していた。


 その時期ならば人間の国の国力が回復しておらず、魔王軍は準備万端となる。


 一気に平原を灰燼に帰さしめることも可能であろう。


 その為に念密な計画を立て、進撃ルートも考えていた。


 それが全て無駄になったのだ。


 もう進む先々で食料を補給して、力の限り前進することしか方法がない。


「常識で考えろ。この大バカの人食者カニバリスト!」


「……。口の利き方に気を付けて欲しいね、森持たずのエルフ殿。食い殺されたいわけじゃないだろう?」


 互いが激しく睨み合い、一種即発の状況になった。


 魔王軍においての実力者の危険極まる雰囲気に、周囲のゴブリンもドラゴン教の信者たちも近寄れずにいた。


 そして皆が期待した目で、魔王ガランザンを見た。


 この2人の調停が出来るのは、魔王軍の頂点に立つ彼以外には考えられない。


 しかし同時に皆が心配していたことは、この争いを好む魔王に、『調停』という概念があるのかであった。


 止めなければ、実力者のどちらかが開戦と同時に味方によって死ぬという最悪の事態になる。


「そもそもなぜ魔王様まで連れてきたんだい。僕が勝手に戦争を仕掛けたんだ。心配などせずに、君は部屋で陰気な実験でもしてれば良いだろう。森なし黒エルフ!」


「誰がお前の心配などするか。お前が連れていった兵が心配なのだ、脳まで胃でできた能無しめ女が!」


 互いの語彙を尽くした罵り合いを皆が固唾を呑んで見守る中。


「おい」


 ゴブリンたちの期待に満ちた視線を浴びながら、ついにガランザンは口を開いた。


「はい、魔王様」


「なんだい、魔王殿?」


「今、思ったのだが……」


 パヌトゥも、ルーシャムも、魔王の言葉に争いを一時休止した。


 魔王軍において私闘は禁止されていないが、流石にこの場合は止められるのだろうか。


 止めるとしたらどういう言葉をかけるのか。


 好奇心にも近い気持ちで、2人は動きを止めたまま、ガランザンの言葉を待った。


「……戦争だというのに、俺はまだ誰とも戦っていないな。お前たちならば、相手に不足はない」


 そう言うと、ガランザンは愛用の大剣を手にとった。


「な!?」


 その両腕の筋肉の盛り上がりを見て、パヌトゥは背筋が凍った。


 冗談でしょう、と声をかけたい衝動に駆られたが、それよりも早くガランザンは行動を開始していた。


「2人同時でいいぞ。かかって来るがいい。もし勝てたら、望み通りお前らで殺し合え。生き残った者を新しい魔王とする」


 大剣で地面ごと抉るように振り回すと、削られた土が礫となった2人に襲い掛かった。


「魔王様、お待ちください!」


「パヌトゥよ。お前と殺し合うのは、初めてか!」


 長年の腹心であるパヌトゥに、ガランザンは言い放った。


 殺される、と本能的に感づいたパヌトゥは、土砂を避けながらすばやく弓を手に取る。


 パヌトゥの連続弓術により、同時に五本の矢がガランザンへと飛んだ。

 全てがガランザンに命中するが、筋肉で阻まれて深手とはならない。


「やるではないか。ではこちらの番だ」


 大剣を担いで、ガランザンがパヌトゥへと近寄る。


 前蹴りで思い切り蹴飛ばされ、パヌトゥは地面に倒れた。


 そして大剣を振りかぶる。


 魔王の大剣の威力は尋常ではない。


 縦に受ければたとえ鎧があろうが兜があろうが、体は肉も骨もなく真っ二つだ。


「なんなんだい、これは!?」


 再び鉄の爪を装備したルーシャムが、その間に分けて入った。


 全身全霊の力をふるい、ガランザンの大剣を横に弾き飛ばす。


 ルーシャムはドラゴンの信者であると同時に、長年の修行を積んだ歴戦の戦士である。膂力だけならば、ガランザンにも負けはしない。


 だが単なる力比べならともかく、接近戦ではルーシャムに勝ち目はない。


 それでも前に出ざるを得なかった。


 このままパヌトゥが切り殺されるのを笑って見ていれば、次に餌食となるのは間違いなく彼女なのだ。


 ガランザンが忠実な腹心であるパヌトゥを殺すのならば、新参者のルーシャムを殺すのに躊躇はないだろう。


 どのような言葉を弄しても生き残ることはできない。


 その果てにあるものは、二つ目の両断死体しか考えられない。


 唯一生き残れるチャンスがあるとすれば、それはルーシャムが盾になり、パヌトゥが剣となってガランザンと対峙するだけだ。


 そして魔王を倒すしかない、生き残る道がない。


「そうくるか。ハハハハハ!」


 一方、ガランザンは自分と互角に戦える敵がいることがうれしくて仕方がない。気分の高揚のあまり哄笑した。


 笑いながらも嵐のように大剣を振り、防戦一方のルーシャムに襲い掛かる。


 要所要所でパヌトゥが矢を放つが、致命傷には程遠い。


 絶え間なくガランザンの哄笑は続き、いったいいつ息継ぎをしているのかと思う程に苛烈な攻撃と、ささやかな逆撃は続いた。


 辺りは段々と暗くなっていった。


 ガランザンの大剣がルーシャムの鉄爪と鍔迫り合いをする。


 魔王の大剣がじわりと押して、ルーシャムの腕力では支えきれなくなる。


 その寸前のところで、ついに太陽が地平線に沈んだ。


 するとまるでゼンマイの切れた人形のように、ガランザンの動きが止まった。


「?」


「ふん、暗いな。ここまでだ。俺は休むぞ。明日もやりたければかかって来い」


 ガランザンは一方的にそう言い残して大剣を担ぐと、自分の休むテントへと戻った。


 パヌトゥとルーシャムはその場でへたり込んだ。


 2人の身体から、一気に汗が吹き出した。


「いったいなんだったのだ。魔王様は気が狂ったのか?」


 パヌトゥがそう聞くが、ルーシャムは首を振るばかりであった。


「僕が知るわけがないよ。ともかく神に等しき魔王殿と戦い、生き残れたんだ。ドラゴン様に感謝するしかないよ」


 2人は言い合った。


 そして気を利かせて篝火を持ってきたゴブリンをぶん殴ると、2人とも翌日もガランザンが自分たちに襲いかかってきた時に備えて対策を話し合った。


 だが次の日もその次の日も、ガランザンが2人に襲いかかってくることはなかった。


 そして当たり前のことであるが、パヌトゥとルーシャムが言い争うこともなくなった。




《人は敵とだって協力し合えるよ。より強大な敵と出会った時はね》


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